ジブリ・アニメで学ぶ役割語(ことば文化特設サイト)
ことば文化に関する気になるトピックを短期連載で紹介していきます。
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- 2021年12月28日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 12. 『千と千尋の神隠し』 金水 敏(大阪大学)』
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図1: 青蛙、ハク、千尋(クリックして拡大) 図2: 釜爺(かまじい)(クリックして拡大) 図3: リン、千、湯婆婆(クリックして拡大) 図4: 坊ネズミ、湯バード、千、カオナシ(クリックして拡大) 図5: 油屋の人々と千尋(クリックして拡大)1. 作品概要
個別作品の第6作目は『千と千尋の神隠し』である。本作品の製作・上映情報は下記の通りである。
原作・監督・脚本:宮崎 駿
製作:鈴木敏夫
製作総指揮:徳間康快
製作会社:スタジオジブリ
制作会社:徳間書店・日本テレビ放送網・電通・ディズニー・東北新社・三菱商事
音楽:久石 譲
主題歌「いつも何度でも」 作詞:覚和歌子 作曲・歌:木村弓
配給:東宝(2001年)
(叶 2006等参照)
神々の住む異世界に迷い込んだ少女・千尋の成長を描く2001年公開の本作は、日本映画の歴代興行収入記録第1位となり*1、世界各国でも大ヒットした。ベルリン国際映画祭の金熊賞や、アカデミー賞長編アニメーション映画部門賞など、国内外で数多く受賞。
(スタジオ・文春文庫 2016カバーより)。
2. 粗筋
2.1 引っ越し〜トンネルの奥へ
千尋と両親は、父の運転で都心から郊外の町へと引っ越しする車中にいた。道を間違えて突き当たった謎の建物とトンネル。好奇心に駆られた父はその奥へ奥へと進んでいき、母と千尋も不承不承付いていった。草原を抜けた先には奇妙な無人の町が広がり、建物はほとんどが食べ物屋だった。千尋が止めるのも聞かず、両親はおいしそうな匂いに釣られて店の食べ物を無断で食べ始める。千尋が町の奥へと進んでいくと、橋の向こうに巨大な旅館風の建物があり、「油屋」と看板が出ていた。橋の上には、美しい少年がいて、千尋を見ると血相を変え、「ここへ来てはいけない! すぐ戻れ!」と追い返す。
2.2 豚に変わる両親〜千、油屋の従業員に
両親のもとへ戻ると、二人は豚に変身し、店の人にむち打たれていた。パニックになった千尋は油屋に戻ると、草原は水で満たされ、多くの船が着岸し、見たこともない異形のものたちが油屋へと吸い込まれていった。千尋は自分の体が透明になっていくのを見て驚くが、さきほどの美少年が千尋を見つけて肩を抱き、「口を開けて、これを早く。この世界のものを食べないとそなたは消えてしまう」と食べ物を差し出した。少年は術を使って油屋の従業員の目をくらまし、千尋を店の中へと導き、地下のボイラー室に行って釜爺(かまじい)という老人に会い、ここで働かせてくれるよう頼めと言った。この店は湯婆婆(ゆばーば)という魔女に支配されていて、働かないものは動物にされるとも伝えた。少年は「ハク」と呼ばれていた。
千尋がボイラー室に辿り着くと、釜爺がススワタリたちを手伝わせて風呂の釜炊きをしていた。千尋がここで働かせてくださいと頼むと、ここには仕事はないと断られる。そこに、リンという少女が釜爺たちの食事を持って入ってくる。リンは、人間の千尋がいることに驚く。釜爺は、リンに湯婆婆の所に連れて行ってくれと頼む。
リンがエレベーターを使って最上階の湯婆婆の住まいへとリンを連れて行く。油屋は、八百万の神々が疲れを癒やしにやってくる湯屋であり、客である神々と大勢の湯女と従業員たちで賑わっていた。湯婆婆は魔法で千尋を引き寄せ、豚か石炭にしてやろうと脅す。千尋が「ここで働かせてください」としつこく頼むと、湯婆婆の子供である坊が暴れ出した。湯婆婆は坊をあやしつつ、しぶしぶ湯婆婆は契約書を作り、「千尋」という名前を「千」に変えて従業員に加える。ハクに、千を皆に紹介するよう命令する。千は、ハクの視線が鋭く、言葉もきついことが気になった。従業員に「人臭い」といやがられながら、千は新入りとして、リンの手下となる。リンは皆の前では嫌がって見せたが、二人きりになるとうまく入り込めたことを喜んでくれた。
2.3 両親との再会
明け方、ハクが千を起こしに来て、こっそり畜舎まで連れて行って両親の豚に会わせてくれた。もとの優しいハクに戻っていた。ハクは千に来たときに着ていた服と、引っ越しの送別会でクラスでもらったカードを渡してくれて、「いつもは千でいて、本当の名前はしっかり隠しておくんだよ」とアドバイスをする。また自分は本当の名前を忘れてしまって、帰り途が分からないとも言う。ハクは千にお腹がすいただろうとおにぎりをくれた。
リンと千は大湯番を言いつけられ、厳しい掃除仕事に励む。中庭に水を捨てにきたとき、カオナシと呼ばれる妖怪がたたずんでいるのを見て、千はカオナシのために、廊下の引き戸を開けてやる。カオナシは、番台から薬湯の札を盗んで千に渡してやる。
2.4 オクサレ神を助ける〜カオナシの暴走
その夜、オクサレ神と呼ばれる、すさまじい悪臭をただよわせる神が客としてやってくる。湯婆婆は千とリンにオクサレ神の対応を押しつける。千はカオナシにもらった札で薬湯をふんだんにオクサレ神に注ぎかける。その時、オクサレ神の体にトゲのようなものが刺さっていることに気づく。そのことを湯婆婆に伝えると、湯婆婆はロープをそのトゲに引っかけて、油屋の従業員全員で引っ張り出した。すると、河に投棄された自転車その他のガラクタやヘドロなどがオクサレ神の体から吹き出してきた。実はオクサレ神と見えたのは、名のある河の神で、浄化された神は一言「よきかな」と発して龍のような姿となり、大戸から虚空へと飛び去っていく。浴場には砂金の粒が残され、また千の手には薬草を丸めたような団子が握られていた。
2.5 カオナシの暴走〜千の夢
夜中に、従業員の青蛙が砂金を探して大湯にやってくる。そこにいたのはカオナシで、砂金を出して見せて寄ってきた青蛙を一呑みにした。青蛙を呑み込むとカオナシは青蛙の声で「兄役」と呼ばれる従業員に、金の粒を出して「前金だ、受け取れ。わしは客だぞ、風呂にも入るぞ。みんなを起こせぇっ!」と叫ぶ。そうして、飲めや歌えの大宴会が始まる。
千は夢で、川の神にもらった団子を食べさせようとするが、どの豚が両親か分からなくなる。目が覚めると、リンが「気前がいい客が来ているからいかないか」と誘う。千が部屋に戻ると、遠くから竜の姿になったハクが白い紙の鳥に襲われながら飛んで帰ってくるのを目撃する。竜はのたうち回って千の部屋に入ってくる。竜は多量の血を流してして苦しんでいる様子であったが、千の部屋を飛び出して湯婆婆の部屋に戻っていった。ハクを助けようと飛び出す千に、紙の鳥が一枚貼り付いた。
宴会場ではカオナシがご馳走を食い散らかしては金をまき散らすという騒ぎの最中であったが、千は上の階を目指して上がっていく。千を見つけたカオナシは金をいっぱい出してやるが、千はいらないと言い、「わたし忙しいので失礼します」と去って行く。カオナシは激昂し、兄役や湯女も丸呑みにする。宴会場は一転、パニックになる。
2.6 銭婆が坊らを変身させる
千は窓の外のパイプをつたって最上階に登っていく。坊の部屋の窓を開けようとしていると、紙の鳥が隙間から入り込み、鍵を外して千を部屋に入れる。
湯婆婆は、宴会場の騒ぎの元がカオナシであることを見抜く。また、血だらけで帰ってきたハクを見て「あぁあ~、敷物を汚しちまって。おまえたち、ハクを片づけな! もうその子は使いもんにならないよ!」と言う。千が慌ててクッションの中に隠れると、そこに坊がいた。騒ぎを静めようと湯婆婆が階下に降りていくと、坊が千を捕まえるので、千が手についた血を見せて坊を恐がらせる。「頭」たちがハクを捨てようとするので必死で止める千。そこに坊がやってきて、「遊んでくれないと泣いちゃうぞ」と脅す。すると神の鳥が湯婆婆と似たおばあさんの姿になる。それは湯婆婆の姉の銭婆(ぜにーば)であった。銭婆は、ハクを引き渡せと言う。ハクは大事な判子を盗んだので死にかけていると言うのである。坊や湯婆婆の手下の湯バードが騒ごうとするので、銭婆は魔法で坊をネズミに、湯バードをハエに変える。また、「頭」のお化けを坊に変身させ、身代わりにする。
2.7 ハクの前身
千はハクをかばって、坊ネズミやハエ鳥(湯バード)とともに落とし穴からボイラー室へと落ちていく。苦しむハクに、千は両親にあげようと持っていた薬草の団子(ニガダンゴ)をハクに食べさせる。するとハクは、判子とともに黒い虫のようなものを吐き出し、千はそれを踏みつぶしてしまう。
虫の息のハク。釜爺は、ハクが油屋にやってきて湯婆婆の弟子になったいきさつを語る。千は、ハクを助けるために銭婆の判子(魔女の契約印)を返して来ると言う。釜爺は引き出しから電車の回数券を渡し、これで油屋の地下から出てくる電車(海原電鉄)に乗り、六つ目の駅の「沼の底」で降りろと言う。
2.8 千、カオナシを拒絶する〜ハク、意識を取りもどす
リンがやってきて、皆で千を探していると言う。千が宴会場に行くと、カオナシが千にご馳走や金をやって気を引こうとする。千は「あなたは来たところへ帰った方がいいよ。私がほしいものは、あなたにはぜったい出せない」と言い、カオナシにニガダンゴを食べさせる。カオナシはのたうち回り、呑み込んだ兄役や湯女、そして最後に青蛙を吐き出す。
千は、リンが漕ぐたらい船に乗って電車の駅に行く。坊ネズミ、ハエ鳥、そしてカオナシも付いてくる。
ハクが意識を取りもどす。カオナシの騒ぎが収まって湯婆婆は千に腹を立て、両親を「ベーコンにでもハムにでもしちまいな」と言うが、青蛙たちは千に恩義を感じてかばおうとする。そこにハクが現れ、坊がすり替わっていることを湯婆婆に告げる。ハクは千を両親とともに人間の世界に帰してほしいと頼む。
2.9 銭婆と対面〜油屋への帰還
電車には、亡霊のような顔のない人々が乗っては降りていく。沼の底で降りて歩いて行くと、一本足の街灯がぴょんぴょん跳びはねて近づいて来て、千たちを銭婆の家に連れて行く。
銭婆は、案に相違して、千たちをやさしく出迎える。契約印にかけたまじないは消えており、千が踏みつぶした虫は湯婆婆がハクを操るために忍び込ませたものだと教える。また坊たちの魔法も解けているはずだと言う。ハクを助けたいという千に対し、自分でやるしかないと諭す。また糸紡ぎを手伝ってほしいと言い、みんなで紡いだ糸で髪留めを作って千に与える。
表にハクが竜の姿で迎えにやってくる。千たちはハクに乗って油屋に帰ろうとする。帰路、千は自分が幼い頃川でおぼれかけ、ハクが助けてくれたことを思い出す。その川の名前は「コハク川」であった。それを聞いて、ハクは自分の名前が「ニギハヤミコハクヌシ」であることを思い出す。今は埋め立てられてもうないその川の神であったのだ。ハクは少年の姿に戻り、千とハクは手を取り合って空を飛んでいく。
2.10 再び人間の世界へ
油屋の前では、湯婆婆が契約書を持ち、豚を12頭並べて千を待っていた。坊ネズミは坊の姿にもどり、湯婆婆は一人で立っている坊を見て驚く。湯婆婆は千に、この豚の中から両親を見つけ出したら契約を破棄して人間の世界に帰してやると言う。千は、この中には両親はいないと言い、その瞬間、豚たちは湯女の姿になり、契約書が消えてなくなる。ハクは千の手を取って、元来た道へと連れて行く。トンネルをくぐるとき、決して振り返ってはいけないと教える。
トンネルの手前で待っている両親。3人でトンネルをくぐって車まで戻ると、きれいだった入口の建物はすっかり古びてツタがびっしり絡まっており、車はほこりだらけである。トンネルを振り返る千の髪には、銭婆からもらった髪留めが光を放ったが、千は何も覚えていない表情。
3. 主要登場人物とセリフの分析(女性キャラクター)
以下のセリフの分析については、金水 (2019) も参照されたい。
3.1 千尋〜千
声優:柊瑠美
引っ越しがいやで、車中では無気力で、文句ばかり言っていたが、両親が豚にされ、油屋で働き始めると、がぜん積極的な言動が出てくる。両親やハクや、濡れているカオナシを気遣うなど、優しい心根を持っている。リンや釜爺に助けられながら、懸命に働き、河の神を救ったり、カオナシに呑まれた青蛙たちを吐き出させたりなどして、次第に油屋の従業員たちの信頼を得ていく。
一人称代名詞は「わたし」を用いる。「〜だわ」(2)「〜の」(5) といった文末表現は女ことばの特徴を示すが、「〜もん」(3) など子供っぽい言葉づかいが混じる。要所要所で、お願いする場面(1, 6) では丁寧体が出るが、年上に対してもすぐに普通体になるところが子供らしい。
(1) あのー……ここで働かせてください!(チャプター9)
(2) ちひろって……わたしの名だわ(チャプター12)
(3) わたしもう取られかけてた。千になりかけてたもん(チャプター12)
(4) 返してあやまって、ハクを助けてくれるように頼んでみる(チャプター18)
(5) おねがい。ハクはわたしを助けてくれたの。わたし、ハクを助けたい」(チャプター18)
(6) 銭婆さん、これ、ハクが盗んだものです。お返しに来ました(チャプター21)
3.2 リン
声優:玉井夕海
美しい少女であるが、気が強く、はっきり強くものを言う。スタイルはほぼ男ことばと言ってよい。丁寧体は一切用いない。
中心的な一人称代名詞は「あたい」であるが、「おれ(たち)」も用いる。終助詞に「〜ぞ」「〜さ」を用い、指定の「だ」を落とすことはない。また命令形を用いる。「〜じゃん」「やなこった」「〜ちまう」「〜かよ」といった、ぞんざいな文末表現を用いる。
(7) 人間がいるじゃん! やばいよ。さっき上で大さわぎしてたんだよ(チャプター8)
(8) やなこった! あたいが殺されちまうよ(チャプター8)
(9) エーーッ、あたいに押しつけるのかよ(チャプター10)
(10) ここがオレたちの部屋だよ/食って寝りゃ元気になるさ……(チャプター10)
(11) 必ず戻ってこいよ!(チャプター19)
(12) セーーン!/お前の事ドンクサイって言ったけど取り消すぞーー(チャプター19)
3.3 湯婆婆(ゆばーば)・銭婆(ぜにーば)
声優:夏木マリ
魔女の双子の姉妹。妹の湯婆婆は神々の巨大な風呂屋である油屋の経営者として辣腕を振るっている。従業員に対しては強面で残忍であり、魔法を使って名前を奪うことで支配している。ただし、時にいい客が来て儲かると、従業員にも褒美を与えるようなキップのいい面もある。罵倒表現や命令表現が多い。ただし息子の坊にだけは甘く、猫なで声で話しかける。派手好きで、生活空間を極彩色で飾り立てている。
姉の銭婆は、物静かで質素な生活を好み、ふだんは人里離れた小屋でひっそりと暮らしている。魔女の契約印を盗んだハクに対しては厳しく当たる、厳格な一面も持っている。わざわざ尋ねてきた千や坊ネズミ、湯バード、カオナシには優しく接し、特に行き場のないカオナシを引き取って仕事を与える。
二人の口調は大変異なるが、スタイルとしては極めて近似している。「〜あたし(は)〜だよ」というパターンを多く用いる、「〜ちまう」のような下町風の言葉遣いも出る。若いおばあさん語と分析できる(金水他 2011のうち、三好敏子担当分)。一人称代名詞は「あたし」、二人称代名詞は「お前」「あんた(たち)」である。ただし湯婆婆は坊に対しては自分のことを「バーバ」と称し、「おネンネしててね」等、マザリーズ(幼児をあやす母親の言葉遣い)を用いている。文末表現の「〜の」、「だ」の脱落(「厄介の元ね」(18))等、女ことばの面も持つ。命令表現は真正の命令形(湯婆婆)(13) の他、「お」+連用形(16)、連用形+「な」(18, 19) の形式が用いられる。
【湯婆婆】
(13) だァーーーまァーーーれェーーー!!!(チャプター9)
(14) なんであたしがお前を雇わなきゃならないんだい(チャプター9)
(15) つまらない誓いをたてちまったもんだよ(チャプター10)
(16) 窓をお開け! 全部だよ!(チャプター13)
(17) ああごめんごめん/いい子でおネンネしてたのにねェ/バーバはまだお仕事があるの/いい子でおネンネしててね(チャプター17)
【銭婆】
(18) お前はカオナシだね。お前も座りな(チャプター21)
(19) オヤあんたたち、魔法はとっくに切れてるだろう。戻りたかったら戻りな(チャプター(チャプター21)
(20) ほら、あのヒトハイカラじゃないじゃない/魔女の双子なんて厄介の元ね(チャプター21)
(21) お前を助けてあげたいけどあたしにはどうすることもできないよ。この世界の決まりだからね(チャプター21)
(22) あたしたち二人で一人前なのに気が合わなくてね(チャプター21)
3.4 千尋のお母さん
声優:沢口靖子
娘の気持ちに寄り添う様子が薄く、自分の感情を大事にする人柄のようである。都会育ちのお嬢様育ちの気質が見える。
「だ」の脱落、「〜じゃない」、「〜てちょうだい」、「〜わ」等、典型的な女ことばと言える。夫のことは「あなた」、娘には名前で「千尋」と呼びかける。命令形は用いず、「〜て」「〜ないで」の他、連用形+「な」を用いる。
(23) やっぱり田舎ねー。買い物は隣町に行くしかなさそうね(チャプター4)
(24) 結構きれいな学校じゃない(チャプター4)
(25) 窓開けるわよ。もうしゃんとしてちょうだい! 今日は忙しいんだから(チャプター4)
(26) あなた、いいかげんにして!(チャプター4)
(27) 千尋、そんなにくっつかないで。歩きにくいわ(チャプター4)
(28) 千尋も食べな。骨まで柔らかいよ(チャプター4)
3.5 湯女たち
湯女たちは、全員なめくじの化身として設定されている。時代劇風の女ことばであるが、俗っぽく、上品さに欠ける(時代劇のことばについては、金水・田中・児玉 2018を参照)。
一人称代名詞には「あたし」「あたい」を用いる。
(29) いらっしゃーい、お久しぶりね。お待ちしてましたよ(チャプター6)
(30) あたしらのとこへはよこさないどくれ/ヒトくさくてかなわんわ(チャプター10)
(31) うるさいなー。なんだよリン?(チャプター10)
(32) じゃまだねぇ。/すごいのぉ(チャプター12)
(33) ますます大きくなってるよ/あたい食われたくない(チャプター19)
4. 主要登場人物とセリフの分析(男性キャラクター)
4.1 ハク
声優:入野自由
稚児姿の美少年だが、湯婆婆に操られて悪事を働くときは竜の姿となり、言語を失って獣のような気質となる。千の記憶が蘇ったおかげで、自分の前身を思い出す。既に埋め立てられた「コハク川」という川の神であり、「ニギハヤミコハクヌシ」と呼ばれていた。釜爺の記憶によれば、「ハクはな、千と同じように突然ここにやってきてな。魔法使いになりたいと言いおった。ワシは反対したんだ、魔女の弟子なんぞろくな事がないってな。聞かないんだよ。もう帰るところはないと、とうとう湯婆婆の弟子になっちまった。」(チャプター18)とのことである。柳田国男『妖怪談義』(1956)で言うところの、「零落した神」の姿と重なる。竜は日本では川や池など、水辺とのつながりが深い。オクサレ神として現れた名のある河の神も、去り際には竜の姿となって飛び去った。
男ことばではあるが、神としての威厳と気品を感じさせる言葉遣いである。一人称代名詞は「わたし」を、二人称代名詞は「そなた」を用いる。「そなた」は時代語であり、神様風のことばとも言える。油屋で大勢といるときは、命令形、禁止形「〜な」を用いて千にもきつく話すが、千と二人でいるときは「〜だよ」を多用し、優しい口調となる。
(34) こわがるな。わたしはそなたの味方だ(チャプター5)
(35) ムダ口をきくな/わたしのことはハクさまと呼べ(チャプター10)
(36) 湯婆婆は相手の名を奪って支配するんだ/いつもは千でいてほんとうの名前はしっかり隠しておくんだよ(チャプター12)
(37) わたしも思い出した。千尋が私の中に落ちた時の事を。クツを拾おうとしたんだよ(チャプター23)
4.2 釜爺(かまじい)
声優: 菅原文太
年中、ボイラー室で風呂の鎌炊きをしている老人。長い手が6本、長い足が2本あって、ボイラーのレバー等を器用に操作しながら食事もできる。ススワタリ(『となりのトトロ』にも登場した)を子分として使っている。リンと仲がいい。職人気質で気むずかしい面もあるが、優しくロマンチストの一面もある。最初の出会いで千尋にはつっけんどんに接したが、ハクも含めて何かと気遣いをしており、千(千尋)が銭婆に会いたいと言ったときには電車の回数券を出してきて与えた。「愛」とか「グッドラック」とか、洒落た言葉も使うちゃめっけがある。
一人称代名詞は「わし」、二人称代名詞は「おめえ」である。人の存在は「おる」で表し、アスペクト表現は「〜とる」である。また打ち消しは「〜ん」または「〜ねえ」である。以上の特徴から、老人語と認定できる。ただし指定表現は「〜じゃ」ではなく「〜だ」を用いる。顔も言葉遣いも気質も、『天空の城ラピュタ』の老技師(ハラ・モトロ)に似ている。
(38) わしゃあ釜爺(かまじい)だ 風呂釜にこきつかわれとるジジイだ(チャプター7)
(39) いくらでも代わりはおるわい(チャプター7)
(40) おめえ、湯婆婆んとこへ連れてってくれねえか(チャプター8)
(41) グッドラック!(チャプター8)
(42) 判らんか/愛だ、愛(チャプター18)
4.3 坊(ぼう)
声優:神木隆之介
顔つきや言動、表情、裸に腹掛けという服装は1〜2歳くらいの赤ん坊であるが、巨大な体躯を持ち、力も強い。湯婆婆の息子らしいが坊は湯婆婆のことを「ばーば」と呼んでいる。湯婆婆が溺愛し、甘やかして育てているため、わがまま放題である。油屋の最上階の一室にクッションや玩具に囲まれて暮らしている。最初ははいはいしかできなかった。赤ん坊に見えて、実はもう大人かもしれないと疑わせる面もある。
銭婆に魔法でネズミに変えられると言葉を失うが、むしろ部屋を出て冒険をすることに積極性を見せ、帰ってきたときは自立歩行ができるようになり、湯婆婆にもしっかりとした意見が言えるようになった。
自分のことは代名詞ではなく「坊」と称する。二人称代名詞としては「おまえ」を用いる。また「おんも」「泣いちゃうぞ」等、赤ちゃん言葉を用いるが、子供の発話にありがちな音転倒や母音・子音の訛り等はない(cf. 岡﨑・南 2011)。敬語を用いないところも子供っぽい。
(43) おまえ病気うつしに来たんだな/おんもには悪いバイキンしかいないんだぞ(チャプター17)
(44) 血なんか平気だぞ/遊ばないと泣いちゃうぞ(チャプター17)
(45) とってもおもしろかったよ、坊/千を泣かしたらばーば、嫌いになっちゃうからね(チャプター24)
4.4 青蛙・番台蛙・父役・兄役他
声優:(青蛙)我修院達也・(番台蛙)大泉洋・(父役)上條恒彦・(兄役)小野武彦
油屋の従業員はすべてカエルの変化であるとされる。湯婆婆に対しては従順であるが、目下には厳しく辺り、小ずるく立ち回って利をせしめようとする傾向が強い。皆、時代劇の下っ端役人風の言葉づかいをする。
一人称代名詞としては「おれ」(青蛙)が見える。二人称代名詞は「おまえ」「おぬし」が用いられる。「おぬし」「早う」「しずまれ」「滅相もない」「ご無礼」「〜ぬ」(打ち消し)「動詞連用形+おる」等、時代語がしばしば用いられる。
(46) 【青蛙】お主何者だ!? 客人ではないな/そこに入ってはいけないのだぞ(チャプター15)
(47) 【案内係】なんかにおわぬか/におう、におう/うまそうなにおいだ/お前何か隠しておるな」(チャプター8)
(48) 【兄役】はよぅ行け!(チャプター10)
(49) 【番台蛙】判らんやつだな/アッ……よもぎ湯ですね/どうぞごゆっくり……(チャプター13)
(50) 【兄役】エエイしずまれ/しずまらんか/さがれ、さがれ/これはとんだご無礼をいたしました(チャプター16)
(51) 【兄役】めっ、めっそうもない(チャプター16)
(52) 【父役】あぁああ、汚い手で壁に触りおって!(チャプター13)
4.5 千尋のお父さん
声優:内藤剛志
奥さんや子供である千尋の言葉にはあまり耳を貸さず、独善的で無謀な行動を取りがちな、マイペースな性格が強い。神様のための食べ物を自分の判断で勝手に食べ始めて、魔女の呪いで豚にされてしまう。
千尋に対して、自分のことは「お父さん」と称する。典型的な男ことばで、「すげー」のような俗語も用いる。
(53) なーんだ。恐がりだな千尋は。ねっ、ちょっとだけ(チャプター3)
(54) 平気だよ、カギは渡してあるし、全部やってくれるんだろ?(チャプター3)
(55) 大丈夫、お父さんがついてるんだから。カードも財布も持ってるし(チャプター3)
(56) すげー……あっ、中もほこりだらけだ(チャプター24)
5. まとめ
千尋(千)、お父さん・お母さんの言葉遣いが現代語であるのに対し、油屋の人々が時代語を用いることによって、世界の違いを言葉の面でもはっきりと示している。またハクの言葉の神様らしい気品の示し方も興味深い。坊の赤ちゃん言葉、湯婆婆・銭婆のおばあさん語、釜爺の老人語、少女リンの男ことばなど、的確な役割語の配置により、キャラクターの個性が分かりやすく示されていると言える。
(この項、終わり)
参照資料:
DVD『千と千尋の神隠し』(販売元: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ASIN: B00005S8LI)
画像提供
スタジオジブリ公式サイト:https://www.ghibli.jp/works/chihiro/
参考文献
岡﨑友子・南侑里 (2011) 「役割語としての「幼児語」とその周辺」金水(編) (2011) pp. 195-212.
叶 精作 (2006) 『宮崎駿全書』フィルムアート社.
金水 敏(編) (2011) 『役割語研究の展開』くろしお出版.
金水 敏 (2019) 「第六章 アニメキャラクターの言葉」田中牧郎(編)『現代の語彙—男女平等の時代—』シリーズ〈日本語の語彙〉7, pp. 72-83, 朝倉書店.※『千と千尋の神隠し』を題材にしている
金水敏・田中さつき・小島千佳・津田としみ・中川有香里・中野直也・三好敏子・東雅人・伊藤怜菜(著)岩田美穂・藤本真理子(要約) (2011) 「大阪大学卒業論文より(2002〜2010)」金水(編) (2011) pp. 249-262.
金水敏・田中ゆかり・児玉竜一 (2018) 『時代劇・歴史ドラマは台詞で決まる! : 世界観を形作る「ヴァーチャル時代語」』笠間書院.
スタジオジブリ・文春文庫 (2016) 『文春ジブリ文庫 ジブリの教科書12 千と千尋の神隠し』文藝春秋.
*1 『鬼滅の刃 無限列車編』が2020年10月16日に日本で公開され、日本国内で約404.3億円の興行収入を記録し、『千と千尋の神隠し』の興行収入を抜いて、日本歴代興行収入第1位を記録した。また全世界の興行収入は5億300万ドルを記録し、2020年の年間興行収入世界第1位を記録した。
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- 2021年12月21日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 11. 『もののけ姫』 金水 敏(大阪大学)』
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図1: タタリ神、アシタカ、ヤックル(クリックして拡大) 図2: サン(クリックして拡大) 図3: サンとエボシ御前(クリックして拡大) 図4: ジコ坊(クリックして拡大) 図5: モロの君(クリックして拡大)ジブリ・アニメで学ぶ役割語 11. 『もののけ姫』 金水 敏(大阪大学)
1. 作品概要
個別作品の第5作目は『もののけ姫』である。本作品の製作・上映情報は下記の通りである。
原作・監督・脚本:宮崎 駿
製作会社:スタジオジブリ
制作会社:徳間書店・日本テレビ放送網・電通
音楽:久石 譲
主題歌「もののけ姫」 作詞:宮崎駿 作曲・編曲:久石譲 歌:米良美一
配給:東映(1997年〜1998年)
1980年来、宮崎駿が温めてきた本作の構想は紆余曲折を経て1994年8月、正式に準備に入ることとなった。前作『耳をすませば』(1995) から一転、スタジオジブリは歴史活劇の製作へと舵を切った。成功を危ぶむ関係各社を説き伏せ、大量の資本を投じて完成した本作は、「難解」との評価にもかかわらず、当時の日本映画の歴代収入トップとなる配給収入123億円、観客動員数1420万人をたたき出し、宮崎駿は国民的アニメ作家としての地位を不動のものとした。美輪明宏の声の出演、カウンターテナーの米良美一が歌う主題歌など、話題にも事欠かない大作である。
もののけとは、古代から森に住まう巨大な獣の神様で、お互いにことばを使って話すことができる。森の生き物の命を司るシシ神を敬っている。
(以上、叶 2006、スタジオ・文春文庫 2013参照)。
2. 粗筋
室町時代と思しき日本。ある日、北方にあるエミシの隠れ里に突如タタリ神が襲い、王族の血を引くアシタカはこれを打ち倒すが、右腕に呪いを受けて痣となった。呪術師のヒイ様は、この痣はやがて死をもたらすが、タタリ神がなぜ生まれたかという謎を曇りのない眼で見てくれば、あるいは助かるかもしれぬと告げる。アシタカは夜明け前に、ヤックルに乗って里を出立する。
旅を続けるアシタカの前に、地侍に追われる農民を助けたところ、そこにジコ坊も交じっていた。ジコ坊は命を助けられた礼にと、アシタカに西の森に向かえと助言する。
エボシ御前らが荷物を運ぼうと峠越えをしているところに、山犬と、仮面を被った一人の少女が襲いかかり、石火矢で応戦するが、何人かの牛飼いが谷に落ちて捨て置かれる。そこにアシタカが通りかかり、コダマに導かれながら、牛飼いらを森の中のタタラ場に届ける。その道すがら、山犬の傷の血を吸って治療するもののけ姫のサンや、シシ神を目撃する。
タタラ場は、エボシ御前が不幸な男女を集めて製鉄をする集落であり、特に女たちはタタラを踏んで活き活きと暮らしていた。また庭の奥の小屋では、全身に包帯を巻いた病者の集団が石火矢の改良に当たっていた。アシタカは、イノシシのナゴの守がタタリ神になったのは、エボシ御前が放った石火矢の弾が原因であることを知る。タタラ場は森を削り取ることによって森の主であるもののけたちの恨みを買い、山犬のモロの君らと、彼女が育てた人間の少女サンは、執拗にエボシ御前の命を狙っていた。タタラ場を急襲したサンを救おうとしてアシタカは石火矢に撃たれるが、サンを抱えてタタラ場を出て行く。
サンを救い出した後、気を失ったアシタカを、サンはシシ神の森の池に浸す。折しも、鎮西の乙事主がイノシシがイノシシたちを連れてシシ神の森に押し寄せてくるところを、イノシシの皮を被ったジコ坊とジバシリたちが目撃する。また彼等の目の前にシシ神が現れ、夜の姿であるデイダラボッチへと変身していった。ジコ坊らは、朝廷の命を受けた師匠連の一人として、石火矢衆やジバシリを使役しつつ、エボシ御前にシシ神殺しを実行させようと策動していた。シシ神の首は不老不死の力を持つと信じられていたのである。一方で、大侍のアサノ公方もタタラ場を攻略しようとしていた。エボシ御前は、女たちにタタラ場を守るよう言い残して、ジコ坊らとともにシシ神殺しをするべく森の奥へと入っていく。
盲目の乙事主は、森を人間から守ろうとしないシシ神に業を煮やし、一気に人間を攻め滅ぼそうといきり立つが、モロの君は短慮を諫める。また意識を取りもどし、サンに食物をもらって回復したアシタカは、モロの君にサンを解き放てと詰め寄るが、モロの君は一蹴する。侵攻する乙事主たちは石火矢衆の放つ地雷火によって、タタラ場の男たちもろとも、全滅させられる。乙事主は錯乱し、タタリ神へと変じようとしていた。乙事主の目になろうと、行動をともにしていたサンはタタリ神に呑み込まれる。
タタラ場に戻ったアシタカは、アサノ公方らの襲撃でタタラ場が危機に陥っていることを知り、エボシ御前に知らせようとして森に入っていく。そこでタタリ神に飲まれようとしていたサンを助けるべく飛びつくが、二人とも池に押し出される。そこにシシ神が現れ、乙事主とモロの君に死を与える。エボシ御前は石火矢を放って、デイダラボッチに変じようとしていたシシ神の首を打ち落とす。死んだと思われたモロの君は、首だけが動いてエボシ御前の右腕を食いちぎる。首を失ったデイダラボッチはドロドロの姿になって触れるものすべての命を奪いながら、人々に襲いかかる。ジコ坊は首桶にシシ神の首を入れて逃げ惑い、アシタカとサンは、シシ神に首を返すようジコ坊を説得する。デイダラボッチの体はタタラ場にまで及び、タタラ場は燃え落ちてしまう。退路を断たれたジコ坊は首をアシタカらに差し出すが、シシ神は朝日を浴びて消え失せてしまう。陽の光のもと、枯れ果てた山々は、たちまち緑の芽吹きを蘇らせる。サンは、シシ神のいない森は元の森ではないと悲しむが、アシタカはタタラ場と森に分かれて生きよう力づける。エボシ御前はタタラ場の男女に、一からやり直そうと話す。ジコ坊はバカには勝てんとつぶやく。
3. 主要登場人物とセリフの分析(男性キャラクター)
3.1 アシタカ
声優:松田洋治(『風の谷のナウシカ』アスベル役)
エミシの王族の血を引く、思慮深いひたむきな青年であり、本作品の主たる視点人物である。常に、品位を失わない折り目正しい話し方をする。全体としては男ことばで、時代語の要素が交じる。ヒイ様やジコ坊やタタラ場の人には丁寧な話し方をするが、戦いのシーンや荒ぶる神に対しては毅然とした格の高い話し方をする。「わが名」「わが村」「押し通る」「くもりなきまなこ」など古風な言い方も混じる。
一人称代名詞は「わたし」、二人称代名詞はもののけ達、サン、エボシ御前には「そなた」を、またヤックル、山犬には「おまえ」を、エボシ御前、ジコ坊、タタラ場の女には「あなた」を用いる。
(1) さぞかし名のある山の主と見うけたが なぜそのようにあらぶるのか?(チャプター2)→タタリ神となったナゴの守に。
(2) わたしもだ。いつもカヤを思おう(チャプター2)→エミシの里の娘に。
(3) 押しとおる! 邪魔するな!(チャプター4)→地侍に。
(4) イノシシの身体からでてきました。巨大なイノシシにひん死の傷をあたえたものです(チャプター4)→ジコ坊に
(5) わが名はアシタカ。東の果てよりこの地へ来た。そなたたちはシシ神の森にすむときく古い神か?(チャプター5)→もののけに
(6) よかったら、あなたたちの働くところをぜひ見せてください(チャプター8)→タタラ場の女たちに
(7) そなたの中には夜叉がいる。この娘の中にもだ(チャプター11)→エボシ御前に
(8) この死者たちの世話になった者だ。いそぎ伝えたいことがある。エボシ殿に会いたい(チャプター20)→石火矢衆に
(9) おまえはみんなといきな(チャプター20)→ヤックルに。
3.2 ジコ坊
声優:小林薫
僧侶であるらしいが、善人か悪人かよく分からない、複雑で謎めいたキャラクターである。僧侶らしい難しい表現を時々用いるが、かといって品位は必ずしも高くなく、時に「ごうつくだ」「やってもらわにゃ」「やばいぞ、やばいぞ」等、俗っぽい話し方を交える。「まいった、まいった」が口癖。丁寧語を用いず、老僧にありがちなように、人には常に高い位置から話す。
一人称代名詞は「わし」、やや改まった時に「拙僧」を用いる。二人称代名詞はアシタカに「そなた」「おぬし」を、ジバシリなどには「おまえ(たち)」を用いる。三人称を指し示すのには「あいつ」「どいつもこいつも」などを用いる。
存在動詞は「おる」、アスペクト表現は「〜とる」、打ち消しは「〜ん」等、老人語の特徴を示す。また見下げ表現として「来おる」など、時代語風である。ただし断定表現は基本的に「だ」であり、時に「じゃ」を交える。
(10) まてまて拙僧がみてやろう。これは砂金の大粒だぞ!(チャプター4)→行商の女に。
(11) いや礼などと申す気はない。礼を言いたいのは拙僧のほうでな。(チャプター4)→アシタカに。
(12) まことに人の心のすさむこと麻のごとしだ(チャプター4)→アシタカに。
(13) なにをしとる早く見んか! なんのためにこんなクサイ毛皮をかぶってたえてきたんじゃ(チャプター13)→ジバシリに。
(14) やんごとなき方々や師匠連の考えはワシにはわからん 分からん方がいい(チャプター16)→エボシ御前に。。
(15) やばいぞ、やばいぞ いそげー(チャプター24)→石火矢衆の部下に。
(16) おお おぬしも生きとったか。よかった(チャプター25)→アシタカに。
(17) わからんやつだな、もう手おくれだ(チャプター25)→アシタカに。
3.3 甲六
声優:西村雅彦
タタラ場に暮らす牛飼いの一人で、気の強いトキの夫。臆病で意気地がないが、人はいい。アシタカに命を助けてもらって以来、感謝を込めてずっと「ダンナ」と呼びかけている。
一人称代名詞は「わし(ら)」「おれ」。 [ai]の発音が[ee]になる訛りを持つ(例「おっかねぇ」「おねげぇ」「帰さねぇ」等)。「やばい」「どんぴしゃ」等、俗語を多く用いる。終助詞は「〜ぜ」を多く用いる。品位、格ともに低い人物と言える(定延 2020)。時代劇の農民風の話し方と言える。
(18) ちがう! もっとおっかねぇ化物の親玉だ(チャプター6)
(19) ダンナ……こんどこそヤバイですよ。ここはあの世の入り口だ!(チャプター6)
(20) このダンナがずっとおぶってくださったんだ。礼を言っとけ(チャプター7)
(21) もうだめだ! タタラ場が燃えちまったらなにもかもおしまいだ(チャプター25)
3.4 ゴンザ
声優:上條恒彦
エボシ御前に仕え、番頭格としてタタラ場を取り仕切っているが、空威張りでいざというとき役に立たないと、女たちには軽く見られている。
一人称代名詞は「おれ」「われら」である。二人称代名詞は「おまえ」「きさま」を用いる。「そこの者」という呼びかけも用いる。「神妙にしろ」「たたっきるぞ」「あんずるな」「ええい、騒ぐな」等、時代劇の武士風の言葉づかいが目立つ。エボシ御前にだけは丁寧体で話すが、それ以外は普通体で、命令口調が多く、高圧的な荒っぽい言葉づかいとなる。
(22) おれが字を書いてるときはしずかにしろ!(チャプター7)→タタラ場の男たちに。
(24) ケガ人をとどけてくれたことまず礼を言う(チャプター7)→アシタカに。
(25) きさま!……正直にこたえぬとたたっきるぞ!(チャプター8)→アシタカに。
(26) はっ、よほど追いつめられたと見えます。エボシさまをねらってのことでしょう(チャプター10)→エボシ御前に。
(27) エボシさまのことは案ずるな! このゴンザ、かならずお守りする(チャプター17)→タタラ場の女たちに。
(28) ええい、騒ぐな。傷にさわる!(チャプター26)→タタラ場の衆に。
3.5 乙事主
声優:森繁久弥
鎮西(九州)から大勢のイノシシたちを引き連れてきた巨大なイノシシのもののけ。イノシシたちの長として、優しく穏やかな話し方もするが、人間に対しては主戦派であり、戦闘に当たっては威厳のある格の高い時代劇的な口調で話す。人間を滅ぼそうとしないシシ神に不信感を抱いている。
一人称代名詞は「わし(ら)」である。「わが一族」という言い方もする。二人称代名詞は、アシタカに「お前」を用いる。また「お若いの」とも呼びかける。
(29) どいておくれ。喰いはしない(チャプター15)→アシタカに。
(30) モロ、わしの一族を見ろ! みんな小さくバカになりつつある。このままではわしらはただの肉として人間に狩られるようになるだろう……(チャプター15)→モロの君に。
(31) 山犬の力を借りようとは思わぬ。たとえ、わが一族ことごとくほろぶとも人間に思いしらせてやる!(チャプター15)→モロの君に。
(32) シシ神よ、いでよ! 汝が森の神なら、我が一族を蘇らせ、人間を滅ぼせ!(チャプター21)→シシ神に。
3.6 アサノ公方の使者・地侍
いわゆる時代劇の侍言葉を話す。侍の格や場面によって、威厳のある言い方になったり、乱暴な言い方になったりする。石火矢衆、唐傘連などの男たちも同様の話し方をする。
(33) タタラ者・エボシとやら、さきほどの地侍あいての戦さみごとなり!(チャプター16)
(34) 女ども、使者への無礼ゆるさんぞ!(チャプター16)
(35) 何者かぁ!?(チャプター19)
3.7 猩々たち
サルの仲間のもののけ。森の中では知恵ある存在として、「森の賢者」と称えられている。タタラ場の衆が森の木を刈り取ると、そこに木を植えにやってくる。人間を食べて人間の知能を得たいと思っている。人間であるサンを育てるモロの君、あるいは人間を排除死よとしないシシ神に対しては不信感を持っている。
格助詞「が」「を」や主題助詞「は」がほとんど抜け落ち、片言的な話し方で表現されている(表現としては、西部劇の吹き替えのアメリカ・インディアンを思わせる)。これは、猩々たちが動物と人間の中間的な存在であるという、周縁性を言語的に表現したものと見られる。
一人称代名詞は「わしら」「われら」を、二人称代名詞は山犬やサンに「おまえたち」を用いている。
(36) イケイケ……オレたち人間くう。その人間くう……その人間くわせろ(チャプター12)
(37) 人間喰う……人間の力もらう(チャプター12)
(38) 人間やっつける力ほしい、だからくう(チャプター12)
(39) 木植えた……木植え……木植えた……みんな人間抜く、森もどらない。人間殺したい(チャプター12)
(40) ここはわれらの森。その人間よこせ。人間よこしてさっさと行け(チャプター12)
(41) シシ神さま戦わない。わしら死ぬ。山犬の姫、平気。人間だから……(チャプター12)
(42) おまえたちのせいだ。おまえたちのせいでこの森おわりだ(チャプター21)
(43) おまえたち破滅つれてきた! 生きものでも人間でもない者つれてきた!(チャプター21)
(44) きたーっ! 森のおわりだ!(チャプター21)
4. 主要登場人物とセリフの分析(女性キャラクター)
4.1 サン
声優:石田ゆり子
かつて、人間がモロの君に生け贄として投げ与えた女児を、モロの君が育てたもの。自分自身を山犬と信じ、森を切り取るエボシ御前を憎み、殺そうと付け狙っている。顔に刺青を入れ、仮面を付けて戦う。アシタカに「そなたは美しい」と言われて、自分の人間性に気づかされ、狼狽する。もののけ(動物)と人間の間でアイデンティティが揺れ動く様子が身なりや言葉づかいに現れている。
一人称代名詞には「わたし」を用いる。二人称代名詞としては、アシタカやヤックルなどには「おまえ」を用い、また猩々たちには「あなたたち」を用いる。命令形(「だまれ」等)、断定の助動詞「〜だ」、疑問文「〜か」など、男性的な要素の使用が目立つ。終助詞「よ」は少なく、「ね」は皆無、また一カ所に「ぞ」があり、全体として男性的で非共感的で、子供っぽさも感じさせるが、「〜の」(51) や「〜て」(52)(命令表現)、また「〜ちゃう」(48) のような女性的な表現も見られる。
(45) おまえ射たれたのか。死ぬのか(チャプター12)
(46) 死ぬ前に答えろ! なぜわたしの邪魔をした?(チャプター12)
(47) 死などこわいもんか! 人間を追い払うためなら生命などいらぬ!(チャプター12)
(48) いけない、人間を食べても人間の力は手に入らない。あなたたちの血がけがれるだけだ。猩々じゃなくなっちゃう(チャプター12)
(49) おやめっ! 平気……気にしない……おまえたち先に帰りな。この人間のしまつはわたしがする(チャプター12)
(50) この人を食べてはだめ(チャプター15)
(51) 何か来る! 乙事主さま様子がおかしいの……(チャプター21)
(52) 乙事主さま、心をしずめて(チャプター21)
(53) いやだ! おまえも人間の味方だ! その女をつれてさっさといっちまえ!(チャプター24)
4.2 エボシ御前
声優: 田中裕子
巨大な要塞のようなタタラ場を強烈なリーダーシップで取りまとめる女性。もののけや侍衆に対しては徹底抗戦で臨む強い心を持つ一方で、不幸な女たちや、人々に忌み嫌われる病者を集めて仕事と衣食住を与えるなど、篤い慈悲の心をも持ち合わせる魅力的な人物。古風で男性的な時代劇風の表現を多く用いる一方で、「もらいたいのさ」「ザマァなかった」「手を引くもんかね」「しっかりやりな」など、江戸町人の女ことばを思わせる言葉づかいが混じる。これは出自が高貴な女性ではなく、芸能者など下賤な身分の者であることを言葉づかいの面から暗示する働きを持っている。
一人称代名詞は「わたし」である。二人称代名詞としては、アシタカや女たちには「そなた(たち)」を、またサンには「おまえ」を用いる。三人称代名詞として、時代語の「きゃつ」を用いる。
(54) きゃつは不死身だ。このくらいでは死なん!(チャプター5)
(55) トキも堪忍しておくれ。わたしがついていたのにザマァなかった(チャプター7)
(56) 旅のお方、ゆるりと休まれよ(チャプター7)
(57) そなたを侍どもか、もののけの手先と疑う者がいるのだ。このタタラ場を狙う者はたくさんいてね。旅のわけを聞かせてくれぬか(チャプター8)
(58) この者たちが考案した新しい石火矢だ。明国のものは重くて使いにくい。この石火矢なら化物も侍のヨロイもうち砕けよう(チャプター9)
(59) シシ神の血はあらゆる病をいやすと聞いている。業病に苦しむあの者たちを癒やしそなたのアザを消す力もあるかもしれぬぞ(チャプター9)
(60) ざまぁない。わたしが山犬の背で運ばれ生きのこってしまった。礼を言おう、誰かアシタカを迎えに行っておくれ。みんなはじめからやり直しだ。ここをいい村にしよう(チャプター27)
4.3 モロの君
声優:美輪明宏
シシ神の森に住むもののけのリーダー格である山犬。2頭の息子たちの母親であり、サンの育ての親でもある。思慮深く、狡猾であり、エボシ御前を深く憎んでいるが、一方で人間であるサンを娘としていること、人間を駆逐しようとしないシシ神を擁護し続けること等が原因となって、猩々や乙事主たちとの間に軋轢が生じている。
時代劇風の男性的なことば遣いで、品も格も大変高い印象を与える。ただし「〜のさ」という文末や「お行き」という命令表現に、女性性が伺える。 一人称代名詞は「わたし」、二人称代名詞は「おまえ」を用いる。アシタカに呼びかける時は「小僧!」と言う。三人称代名詞に「きゃつ」を用いるところは時代劇風である。
(61) 穴にもどれ小僧! おまえには聞こえまい。猪どもに喰い荒される森の悲鳴が……わたしはここで朽ちていく身体と森の悲鳴に耳をかたむけながらあの女を待っている……あいつの頭をかみくだく瞬間を夢見ながら……(チャプター17)→アシタカに。
(62) だまれ、小僧! おまえにあの娘の不幸がいやせるのか。森をおかした人間がわが牙を逃れるために投げてよこした赤子がサンだ! 人間にもなれず山犬にもなりきれぬ哀れで醜い可愛い我が娘だ! おまえにサンを救えるか!?(チャプター17)→アシタカに。
(63) ただの煙じゃない。わたしたちの鼻をきかなくしようとしているのさ(チャプター18)→サンに。
(64) おまえたちはサンとお行き! わたしはシシ神のそばにいよう(チャプター18)→息子たちに。
4.4 ヒイ様
声優:森光子
呪術を事とし、エミシの集落を精神的に束ねる存在。神を祭り、さだめを見据えてしきたりを守り、未来を見通す深い知恵を持っている。アシタカにミッションを与えて旅立ちを促す役割を果たす。
一人称代名詞は本編では用いられていない。二人称代名詞は「そなた」。三人称の表現として「かのシシ」が見られる。呪術師としての重々しく古語的な表現に特徴があるが、女性としての優しさも、「おやり」のような「お」+連用形の命令表現、終助詞「よ」や「〜かい」といった文末表現等に見える。
(65) みな! それ以上近づいてはならぬぞ!(チャプター2)
(66) この水をゆっくりかけでおやり(チャプター2)
(67) いずこよりいまし荒ぶる神とは存ぜぬもかしこみかしこみ申す。この地に塚を築きあなたの御霊(みたま)をお祭りします。恨みを忘れ静まりたまえ(チャプター2)
(68) さて困ったことになった。かのシシははるか西の土地からやって来た。深傷の毒に気ふれ身体はくさり走り来る内に呪いを集めタタリ神になってしまったのだ。(チャプター3)
(69) アシタカヒコや そなたには自分の運命(さだめ)を見すえる覚悟があるかい(チャプター3)
(70) そのアザはやがて骨までとどいてそなたを殺すだろう(チャプター3)
(71) 誰にも運命は変えられない。だが、ただ待つか自ら赴くかは決められる。見なさい。あのシシの身体に食い込んでいたものだよ。骨を砕きはらわたを引き裂きむごい苦しみを与えたのだ。さもなくばシシがタタリ神などになろうか……西の土地で何か不吉なことが起こっているのだよ。その地に赴き曇りない眼で物事を見定めるならあるいはその呪いを断つ道が見つかるかもしれぬ(チャプター3)
(72) 掟に従い見送らぬ。健やかにあれ(チャプター3)
4.5 トキ
声優:島本須美
元気で勝ち気なタタラ場の女たちの中でも特に活発な、小さいボス的な存在。甲六の妻。話し方は下町の女性風で、口汚く、品位は低い。例えば「〜ちまう」 (73, 77)、「〜やがる」「〜さ」(74, 75)、「〜てやる」(73)、「おい」(77) などが見られる。エボシやアシタカにだけは丁寧語で話すが、あとは非丁寧体である。他のタタラ場の女たちもだいたい同じ話し方である。
一人称代名詞は「あたし」、二人称代名詞は「あんた」を用いる。
(73) いっそ山犬にくわれちまえばよかったんだ。そうすりゃあたしはもっといい男を見つけてやる(チャプター7)
(74) なにさ。えらそうに。ケガ人をすててきやがって(チャプター7)
(75) なんのための護衛なのさ。ふだんタタラのひとつもふまないんだ、いざというときは生命をはりやがれ(チャプター7)
(76) いいえ。男たちだけだったら今頃みんな仲良く山犬の腹ん中に収まってますよ(チャプター7)
(77) アシタカさまはきっとやってくれるよ。もうそのへんに来てるかもしれないよ。あーあ、だらしない顔しちまって、おい甲六(チャプター35)
4.6 カヤ他、エミシの集落の女の子たち
民族風の装束をまとい、エミシの集落で働く少女たちである。カヤはリーダー格で、タタリ神に立ち向かおうとする気概も見せる。
カヤは、アシタカに対し自分のことを「カヤ」と称する。アシタカのことは「兄(あに)さま」と呼びかける。やや品位を感じさせる若い女性の言葉づかいと言える。文末の「〜の」が目立つ。
(78) じいじもそう言うの(チャプター2)
(79) 鳥たちがいないの(チャプター2)
(80) おしおきはうけます。どうかこれを。私のかわりにお伴させてください(チャプター3)
(81) お守りするよう息を吹きこめました。いつもいつもカヤは兄さまを思っています。きっと、きっと(チャプター3)
5. まとめ
武士言葉、下町ことばなどをベースにした時代劇風の言葉づかいが基盤となっている。中でもジコ坊の話し方は、僧侶のようないかめしい表現と俗語的な表現が入り交じり、謎めいたキャラクターにふさわしいスタイルとなっている。またエボシ御前の話し方も、男性的な表現で強いリーダーシップを表す一方で、「ざまあない」等、俗語的な表現で、出自の低さを暗示している。
(この項、終わり)
参照資料:
DVD『もののけ姫』(販売元: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ASIN: B00005Q4I3)
画像提供
スタジオジブリ公式サイト:https://www.ghibli.jp/works/mononoke/
参考文献
叶 精作 (2006) 『宮崎駿全書』フィルムアート社.
切通理作 (2001) 『宮崎駿の〈世界〉』ちくま新書.
金水 敏 (2003) 『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店.
定延利之 (2020) 『コミュニケーションと言語におけるキャラ』三省堂.
スタジオジブリ・文春文庫 (2015) 『文春ジブリ文庫 ジブリの教科書10 もののけ姫』文藝春秋.
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- 2021年12月14日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 10. 『魔女の宅急便』 金水 敏(大阪大学)』
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図1: 先輩魔女(クリックして拡大) 図2: おソノさん(クリックして拡大) 図3: 老婦人とキキ(クリックして拡大) 図4: トンボとキキ(クリックして拡大) 図5: ウルスラとキキ(クリックして拡大)1. 作品概要
個別作品の第4作目は『魔女の宅急便』である。本作品の製作・上映情報は下記の通りである。
監督・脚本:宮崎 駿
原作:角野栄子(『魔女の宅急便』福音館書店刊)
制作会社:スタジオジブリ
製作会社:徳間書店・ヤマト運輸・日本テレビ
音楽:久石 譲
配給:東映(1989年) ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ(1998年)
『風の谷のナウシカ』のヒットのあと、『天空の城ラピュタ』『となりのトトロ』と、興行的な不振が続くなか、本作は持ち込み企画として製作が始まった。85年12月、映画監督瀬藤祝が率いる映画企画会社「グループ風土舎」が、角野栄子の児童文学『魔女の宅急便』の長編アニメーション化の企画を立ち上げ、最終的にスタジオジブリに製作が依頼されたのである。宮崎氏は若いスタッフの教育もかねて製作をスタートしたが、次第に熱が入り、最終的には宮崎氏自身の監督作品となった。公開に至るまでの数々のトラブルに見舞われながらも、『魔女の宅急便』は、日本アニメーション映画の興行記録を更新する大ヒットを記録する。
物語は、13歳になったら一人で修行の旅に出るという魔女の家のしきたりにならい、生まれ育った村を離れて旅立ったキキと、相棒の黒猫ジジが、美しいコリコの街で奮闘し、成長する姿を描く。宮崎監督は原作からキャラクター設定を借りながら、クライマックスの飛行船事故を付け加えるなど、原作を大きく改編している。
(以上、切通 2001、叶 2006、スタジオ・文春文庫 2013参照)。
2. 粗筋
空を飛ぶことしか出来ない、魔女コキリと夫オキノの娘のキキは、13歳のある日、ラジオの天気予報を聞いて、急に旅立ちを決意する。両親は驚きながらも準備を手伝い、村人たちに温かく見送られてキキは旅立ちを果たす。
途中、空で行き会った先輩魔女に厳しくも実質的なアドバイスをもらったり、嵐に遭って貨車に避難したりしながら、生まれ育った村とは大きく違った都会の街コリコの街を見いだし、そこを修行の地と決める。
警察官に職務質問されたり、泊まろうとしたホテルで冷たくあしらわれたりと冷たい洗礼を受けたキキとジジであったが、偶然知り合ったグーチョキパン店のおかみのおソノさんの好意で、店の2階の空き部屋に住まわせてもらうことになり、そこで宅急便を始めることを思い付く。
人力飛行機を作って空を飛ぶことを夢見る少年トンボや、最初の仕事をくれたファッションデザイナーのマキさんと、マキさんの甥っ子ケットの一家、森に落としたぬいぐるみを拾ってくれた若い画家のウルスラ、孫のパーティーにニシンのパイを届けて欲しいと頼んだ青い屋根の家の老婦人と、次第に人間関係が広がっていくが、思うように仕事が進まず、またトンボが誘ってくれたパーティーに間に合わなかったりと、落ち込む出来事も重なる。
意気消沈しているキキをおソノは励まし、近所のコポリさんにお届け物をするようキキに依頼する。コポリさんとはトンボの家であった。トンボは、自分が作っている人力飛行機の機関部である、プロペラ駆動の自転車に試乗して、不時着した飛行船を見に行こうとキキを誘う。途中、あわやの事故で海岸に転落した二人であったが、このことをきっかけにキキはトンボにほのかな好意を抱く。しかし、車で飛行船に行こう、とトンボを誘いに来た友だちの男女を見て気後れと嫉妬の気持ちが押さえられず、キキはトンボに別れを告げて歩いて帰宅する。
キキはその日から後、魔法が弱まって飛べなくなった上に、ジジとも話せなくなる。絶望の底にあったキキのもとにウルスラが訪れ、森の製作小屋に来ないかと誘う。小屋にあった絵を見て感動するキキ。そこに描かれた、空飛ぶ少女のモデルになって欲しいとウルスラがキキに頼む。製作に付き合いながら、ウルスラはキキに自らの苦悩を語り、立ち直りのヒントを与える。
森からの帰り、キキがおソノに電話をすると、青い屋根の家の老婦人がうちによって欲しいと連絡してきたことを伝える。キキが老婦人を訪ねると、夫人はキキのためにケーキを焼いてくれていた。ところが、お手伝いのバーサが見ていたテレビのニュースで、飛行船が突風で事故を起こし、トンボが巻き込まれて空中にロープ1本で宙づりにされたことを伝えた。
現場に駆けつけたキキは、掃除夫のおじさんのデッキブラシを借りてまたがり、魔法の力でふらつきながらも空に飛びたち、危機一髪のところでトンボの救出に成功する。キキはたちまち、街の人気者となる。後日、キキは両親に手紙を書き、「仕事の方も何とか軌道に乗って少し自信がついたみたい。落ち込むこともあるけど、わたしこの町が好きです。」と告げる。
3. 主要登場人物とセリフの分析
○女性キャラクター
3.1 キキ
声優:高山みなみ
両親の愛をいっぱいに受けて育った13歳の健康な少女。コリコの街に辿り着くまでは、ひたすら楽観的で明るい面しか見えなかったが、街での生活の中でさまざまな人と出会うなか、豊かな喜怒哀楽の表情を見せる。
年齢の割に大人びた、気取った女ことばを好んで用いるが、両親やジジや村の友人、またおソノなど親しくなった人には非丁寧なスタイルで話す。また年相応の子どもっぽい話し方をすることもある。
1人称代名詞は「あたし」「わたし」。終助詞の「わ」(1)、「わよ」(10)、「かしら」(4)、また「だ」の脱落(5, 7) など、女ことばの特徴がよく見える。またふだん命令形は用いず、テ形の依頼形を使う(3)が、緊急の場面でデッキブラシに対しては命令形を用いている(10)。
「〜よーだ」(2) や、「おばあさんになるまで毎日毎日まーいにち」(8) といった大げさな表現などで、子供っぽさを感じさせる。
(1) あたしは贈り物のフタをあける時みたいにワクワクしてるわ(チャプター2)
(2) そんな事になりませんよーだ(チャプター2)
(3) ジジ ラジオつけて(チャプター4)
(4) 大きな町! あの町に魔女いるかしら?(チャプター5)
(5) それに、きちんと紹介もされてないのに、女性に声をかけるなんて失礼よ(チャプター6)
(6) この町の方は魔女がお好きじゃないみたいですね(チャプター7)
(7) ええ、いい匂いね。手伝っていい?(チャプター8)
(8) ジジ、このままずーっとお客さんが来なくて、おばあさんになるまで毎日毎日まーいにち ホットケーキばっかりだったらどうしよう?(チャプター12)
(9) 薪のオーブンならわたしもお手伝いできます(チャプター13)
(10) 飛べ! まっすぐ飛びなさい! もやしちゃうわよ!(チャプター22)
3.2 おソノ
声優:戸田恵子
寡黙なパン職人の夫(フクオ)とともに、グーチョキパン店を切り盛りしている。臨月の妊婦である。快活で豪快な面がある一方、まわりの人々のことによく気がつき、親切で面倒見がいい。
一人称代名詞は「あたし」。二人称には「あんた」を用いる(14)。映画の中では丁寧語は用いず、お客様や初対面の人を含め、誰に対してもタメ口で話す。キキに対して命令表現である連用形+「な」の形を用いる(15)。「〜ちゃった」(12)、「寄ってかない」(13) 等、俗語的な表現をよく用いる。
(11) お客さん、わるいけどちょっと待ってて(チャプター7)
(12) 驚いちゃったよ。あんた空飛べるんだねぇ(チャプター7)
(13) ねえ、ちょっと寄ってかない? お礼もしたいしさ(チャプター7)
(14) でも あたしはあんたが気に入ったよ(チャプター7)
(15) さあ 冷めないうちに食べな。おきられる?(チャプター15)
(16) 偉いよ、キキ。よくやったねぇ(チャプター22)
3.3 ウルスラ
声優:高山みなみ(キキと二役)
キキと同じ声優が声の出演に当たっているが、スタイルと声質を巧みに変えていて、それと気づかせない。
スタイルはおソノさんに似ていて、丁寧体を用いず、また男性的、あるいは俗語的な表現をよく用いて、強さを感じさせる。命令表現は連用形+「な」である(19)。女性的な「〜かしら」を用いる発話もある(20)が、やや冗談めかした表現である。また女性的な表現として「だ」の脱落も見られる。
(17) あんた美人だねぇ(チャプター10)
(18) 任せとけって(チャプター11)
(19) さあ いそいでジジ君を助けに行きな(チャプター11)
(20) なによ、この美人が目に入らないのかしらねぇ?(チャプター19)
(21) 魔女の血か……いいね、あたしそういうの好きよ(チャプター20)
3.4 青い屋根の家の老婦人
声優:加藤治子
穏やかで上品な雰囲気の老婦人。お手伝いのバーサが同居している。
一人称代名詞は「あたし」、二人称代名詞は「あなた」である。「〜だこと」(22)、「〜かしら」(26)、「〜のよ」(23, 24)、「〜わ(ね)」(25, 27) 等の使用、また「だ」の脱落(29)など、典型的で古いタイプの女ことばを用いている。「お仕込み」(27)というような、古風な表現も見られ、老人らしさが感じられる。
(22) まあまあ、かわいい魔女さんだこと……(チャプター13)
(23) それがねえ、とどけてもらうはずのお料理がまだ焼けてないのよ(チャプター13)
(24) 孫のパーティに温かいお料理を届けてもらおうと思ったのよ。あたしの自慢の料理、“ニシンとカボチャの包み焼き” (チャプター13)
(25) あなたにはムダ足をさせてしまったわね(チャプター13)
(26) そうお? じゃあ お願いしようかしら?(チャプター13)
(27) お母さまのお仕込みがいいのね。段取りがいいわ(チャプター13)
(28) ついでにその子のお誕生日を聞いてくれるとうれしいんだけど。またケーキを焼けるでしょう(チャプター21)
(29) こうなると、ただの風船ね(チャプター21)
3.5 バーサ
声優:関弘子
老婦人と同居するお手伝いさん。老婦人と同様の、上品な女ことばを用いる。魔女の箒や飛行船など、新規なものへの好奇心が豊かである。使用人であるので、すべて丁寧語である。
(30) 時間どおーりでしたねぇ(チャプター13)
(31) 黒猫にホーキ……ほんとにひい婆ちゃんの言ったとおりだわ(チャプター13)
(32) ハイハイ奥さま、飛びましたか? 冒険が好きなんですよ(チャプター21)
3.6 コキリ(キキの母)
声優:信沢三恵子
一人称代名詞は現れない。二人称は、キキに向かって「あなた」(33) と呼んでいる。女ことばの特徴として、「〜のよ」(34)、「〜ませんわ」(35)、「〜ですわ」(36) 等が見られる。特に丁寧語+「わ」は現実にはほとんど用いられなくなった、古いタイプの女ことばの要素と言える。
(33) キキ、あなたまたお父さんのまたラジオ、持ち出したの?(チャプター2)
(34) 昔から魔女の服はこうって決まってるのよ(チャプター2)
(35) でも、あの年で独り立ちなんて今の世に合いませんわ……(チャプター2)
(36) この薬も私の代でおしまいですわ(チャプター2)
3.7 先輩魔女
声優:小林優子
キキが家を出て最初に、空中で出会った女性。とてもおしゃれで、自信に溢れた態度で、いくぶんキキに強く当たるが、「魔女として認められるためには特技が必要」という、実質的なアドバイスを与えてくれる。
一人称代名詞は「あたし」である。女ことばとして、「あら」、「〜の」、「〜わね」、等が見える。また「特技あって?」という表現は、明治時代の女学生ことばに由来する、お嬢様ことばと言える(金水 2003:第5章)。キキに対し、「とめてくださらない?」など、尊敬語は用いるが丁寧語はまったく使用しないなど、定延 (2020) の用語で言えば、「品」も高いが「格」も高い、貴婦人的な発話スタイルと言える。
(37) あら……あなた新人?(チャプター4)
(38) その音楽とめてくださらない? あたし静かに飛ぶのが好きなの(チャプター4)
(39) でも、私、占いができるのでまあまあやってるわね(チャプター4)
(40) あなた、何か特技あって?(チャプター4)
3.8 マキ
声優:井上喜久子
グーチョキパン店の近所に住んでいる、ファッションデザイナーの美しい女性。飼い猫は白猫のリリで、後日、ジジと結ばれる。キキに最初に仕事をくれた人で、甥っ子のケットへのプレゼントを運んでくれるよう依頼する。その後もキキに好意をもって、店の前を通りかかるといつもキキに挨拶をしてくれる。
「〜のよ」(41)、「〜かしら」(42)等、典型的な古いタイプの女ことばを用いる。「いかほど」(43) など、近年ではあまり用いられない、大変丁寧な表現も用いる。
(41) 甥の誕生日のプレゼントなんだけど、急に仕事が入って……いけなくなっちゃったのよ(チャプター9)
(42) ちょっと遠くないかしら?(チャプター9)
(43) お礼はいかほど?(チャプター9)
3.9 ケットの母
声優:土井美加
マキの姉にあたる。コリコの街から森を隔てた郊外の家に家族と、飼い犬のジェフとともに住んでいる。
「〜わ(よ)」(44, 45)やテ形による命令表現(45) 等、典型的な女ことばを使用している。
(44) ケットーっ 早く おフロに入りなさい お客さんがじきに見えるわよ(チャプター11)
(45) ケット ジェフが出たがってるわ 開けてあげて(チャプター11)
○男性キャラクター
3.10ジジ
声優:佐久間レイ
キキと話すことができる。前半のキキは、何事にも楽観的で、即断即決の傾向があるキキに対して、常に批判的な態度で接し、皮肉的な発言も多い。独り立ちをするキキのよき相棒として心の支えとなっていると言える。キキがマキから預かったネコのぬいぐるみを森に落としてしまった時は、ぬいぐるみのフリをして危機を救った。物語の後半からはキキと話さなくなり、仕草や表情も普通のネコを思わせる描写となる。キキと話をするジジは、言ってみればキキの“イマジナリー・フレンド”を象徴しているのであり、キキの成長に伴ってただのネコになってしまったと言える。
一人称代名詞に「ぼく」を用いる。全体として男の子の話し方をする。気取ったネコが苦手で、「べーっ」と子供っぽいあかんべえをする。
(46) どうなることやら心配だね。決めたらすぐの人だから(チャプター2)
(47) ぼくもお母さんのホーキがいいと思う……(チャプター3)
(48) ちょっと大きすぎるよ、この町(チャプター5)
(49) ぼく、ホットケーキ好きだよ。焦げてなきゃ(チャプター12)
3.11トンボ
声優:山口勝平
「コポリ」という姓を持ち、グーチョキパン店の近所に住んでいる元気な少年。空を飛ぶことに憧れを抱いており、「飛行クラブ」というサークルを作って、自転車の機構を応用した人力飛行機を試作している。空飛ぶ魔女のキキに一目見たときから強く惹かれ、何度もアプローチをかけるてくる。キキには最初、トンボの友だちも含めて、郷里にはいないタイプの軽薄で無礼な男の子と映り、拒絶的な態度を取るが、へこたれない。
一人称代名詞に「ぼく」、二人称代名詞に(キキに対して)「きみ」を用いる。男ことばとして、終助詞「〜ぜ」(50)を用い、また「寄ってかない」(52)、「オフクロ」(53) など俗語表現が見られるが、表情や声質が明るく、下品な印象はない。
(50) ねえねえねえ、うまくいっただろう? ドロボーって言ったの、ぼくなんだぜ(チャプター6)
(51) 飛行クラブっていうんだけど、ぜひきみに来てほしいんだよ(チャプター12)
(52) ねぇ、ちょっと寄ってかない。見せたい物があるんだ(チャプター15)
(53) オフクロがさ、よく言うんだ。 “この不良息子! 空ばっかり見てないで勉強しろ!”ってね(チャプター17)
(54) そうかなあ。才能をいかした仕事だろ? ステキだよ(チャプター17)
3.12 ケット
声優:渕崎ゆり子
10歳前後に見える、マキの甥。動物好きで、家にはカナリヤと、老犬のジェフがいる。
一人称代名詞に「ぼく」を用いる幼い男の子風の話し方。
(55) お母さん、カナリア移してもいい?(チャプター10)
(56) コラッ! ダメだよ、逃げちゃ(チャプター10)
(57) ほんとにジェフって変わってるよ(チャプター11)
(58) いいんだ。ジェフにあげるんだよ、ぼく(チャプター11)
3.13 オキノ(キキの父)
声優:三浦浩一
穏やかで人が良さそうな男性で、キキには甘い、優しい父親である。
一人称代名詞は「わたし」で、男ことばであるが、「いかん」のような古風な書生ことばを用いる。
(59) こりゃ、いかん!(チャプター2)
(60) どれっ、わたしの小さな魔女を見せておくれ(チャプター2)
3.14 時計番の老人
声優:西村知道
街のシンボルである時計塔を管理する老人。キキがコリコの街で最初に会った人間で、最後の飛行船事故では、必死でトンボを助けようとする。
「つかまれぇ」という命令形を用いるところが男性的。「見かけんなあ」という、打ち消しの「ん」に老人語らしさが感じられる。
(61) ああ 魔女とは珍しいな(チャプター5)
(62) いやあ 近ごろは とんと見かけんなあ……(チャプター5)
(63) オーイ、こっちへ来いよー! つかまれぇ(チャプター22)
4. まとめ
女性キャラクターが多く、多彩な女ことばのヴァリエーションが現れる。キキのことばは、相手によって、また感情の起伏によって話し方が大きく変わる。また同じ声優が演じるキキとウルスラの対話が、スタイルと声質を巧みに変えていて見事である。
(この項、終わり)
参照資料:
DVD『魔女の宅急便』(販売元: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ASIN: B00005J4ST)
画像提供
スタジオジブリ公式サイト:https://www.ghibli.jp/works/majo/
参考文献
叶 精作 (2006) 『宮崎駿全書』フィルムアート社.
切通理作 (2001) 『宮崎駿の〈世界〉』ちくま新書.
金水 敏 (2003) 『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店.
定延利之 (2020) 『コミュニケーションと言語におけるキャラ』三省堂.
スタジオジブリ・文春文庫 (2013) 『文春ジブリ文庫 ジブリの教科書5 魔女の宅急便』文藝春秋.
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- 2021年12月07日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 9. 『天空の城ラピュタ』(その2) 金水 敏(大阪大学)』
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5. セリフ分析
主要な登場人物の話し方について、役割語の観点から以下に分析していく。
5.1 パズー
声優:田中真弓
一人称は「ぼく」である。〈男ことば〉だが、目上の人にもあまり丁寧体を遣わない点で子どもっぽい。唯一、ドーラにお願いをする時だけ丁寧表現が用いられる(4)。
(1) ぼくはパズー。この小屋でひとり暮らしをしてるんだ(チャプター3)
(2) お腹減ってるだろ? ご飯にしよう。あそこで顔洗えるよ(同上)
(3) 出てけ! ……ここはぼくのうちだぞ!(チャプター9)
(4) おばさん、ぼくたちを船に乗せてください(チャプター12)
5.2 シータ
声優:横沢啓子
一人称は「わたし」、時に「あたし」となる。〈女ことば〉の特徴を持つ。すなわち動詞+「の」(5)、上昇調の「わ」(6)、「だ」の脱落(6, 9)、「かしら」の使用(7)が見られる。また命令形は用いず、テ形が用いられる(8)。全体に上品な印象を与えるが、大人に対しても丁寧体を用いることは少ない。そのことによって子供っぽい印象を与える点はパズーと同様である。声質でいうと、勅使河原 (2007) で言う息混じり声(善玉 1型)に当たる。
(5) ありがとう。助けてくれて。わたし、シータっていうの(チャプター3)
(6) あの人達海賊よ。飛行船を襲った人たちだわ(チャプター4)
(7) ひどい目にあってないかしら……。親方さんや、機関士さんたち……(チャプター6)
(8) そんな! あたしなんにも知りません! 石が欲しいならあげます! あたし達をほっといて……(チャプター8)
(9) パズー来ちゃだめ、この人はどうせあたし達を殺す気よ! (チャプター. 22, コミックス 4)
5.3 ムスカ
声優:寺田農
一人称「わたし」で、「ぼく」「おれ」を用いない。これは誰に対しても心を開かない性格を感じさせる。「〜たまえ」(11)、「きみ」(12)、「〜かね」(12, 17)、「〜がね」(15) 等、上司語としての特徴を持つ。
物腰は一見紳士的だが、基本的に階級意識が強く、本心では周りの人間すべてを見下している。丁寧語を用いることは少なく、(10)のように上官である将軍に話すシーンと、(11)のようにシータの機嫌を取ろうとするシーンに限られる。将軍に対しては、本性を現した後は(14) のように非丁寧語にしている。(前回の図3参照)
(10) 制服さんの悪い癖だ。事を急ぐと、元も子もなくしますよ、閣下(チャプター8)
(11) はやりの服は嫌いですか? ……彼なら安心したまえ。あの石頭は、私のより頑丈だよ。……来たまえ。ぜひ、見てもらいたいものがあるんだ(チャプター8)
(12) きみは、ラピュタを宝島か何かのように考えているのかね(チャプター8)
(13) わたしも、古い秘密の名前を持ってるんだよ。ルシータ(チャプター20)
(14) 君のアホ面には、心底うんざりさせられる(チャプター20)
(15) 見せてあげよう。ラピュタのいかずちを! 旧約聖書にある、ソドムとゴモラを滅ぼした、天の火だよ。ラーマ・ヤーナでは、インドラの矢とも伝えているがね(チャプター20)
(16) ふっはっは、見ろ! 人がゴミのようだ! はっはっはっはっはっは(チャプター21)
(17) 小僧。娘の命と引き替えだ! 石のありかを言え! ……それとも、その大砲で、私と勝負するかね?(チャプター22)
5.4 ドーラ
声優:初井言栄
一人称「あたし」。「あたしゃ〜だよ」タイプの〈若いおばあさん語〉を話す(金水他 2011第7節参照)。命令形も使う (19) 一方で、「飛びな」「稼ぎな」等の「連用形+な」型命令表現を多用する (23, 24) 。「クソジジイ」「ばーか」等の品の悪い卑罵語も多用する。「〜ちまう」(22)「これっぱかし」(25) など、江戸の下町ことば風の言い回しも見られる。(前回の図2参照)
(18) 私をだませると思うのかい? 追うんだ!(チャプター4)
(19) 押せー! 押しまくれー!(チャプター5)
(20) 偉そうな口をきくんじゃないよ。娘っこ一人守れない小僧っ子が!(チャプター9)
(21) だてに女を50年やってるんじゃないよ。泣かせるじゃないか、男を助けるためのつれないしぐさ。あたしの若い頃にそっくりだよ! (チャプター9)
(22) ぐずぐずしてると、夜が明けっちまうよ! (チャプター9)
(23) 船長と言いな。飛行石を持たないお前達を乗せて何の得があるんだい(チャプター12)
(24) 早くしな、こっちだよ(チャプター13)
(25) 情けないじゃないか、さんざん苦労してこれっぱかしさ(チャプター13)
5.5 ポムじいさん
声優:常田不二男
一人称は「わし」である (29, 31)。「〜とる」(30)、「〜がの」(28)、「よう(=よく)〜」(31) のような典型的な老人語を用いる。断定の形式は「じゃ」と「だ」を混用する(26, 27, 29, 30, 31)。
(26) はて……パズーによく似た子鬼だ。おまけに女の子の小鬼までおるわい(チャプター6)
(27) ほぉ、っほ、っほ。そりゃあ、豪気だなぁ(チャプター6)
(28) このとおり、空気に触れるとすぐにただの石になってしまうがの…… (チャプター7)
(29) こりゃぁ、たまげたぁ。あんたそりゃあ、飛行石の結晶じゃ。わしも見るのは、初めてじゃ……どおりで、石が騒ぐわけだ(チャプター7)
(30) あー。わしのおじいさんが言ってたよ。岩達が騒ぐのは、山の上にラピュタが来とるからだとな(チャプター7)
(31) なあ。女の子さん。そのお……その石には強い力がある。わしは石ばかり相手に暮らしてきたからようわかるんだが……力のある石は人を幸せにもするが、不幸をまねくこともようあることなんじゃ(チャプター7)
5.6 将軍
声優:永井一郎
一人称は「わし」である。「きさま」など軍隊用語も用い、命令形、断定形を多用する。軍の長として尊大な言葉づかいが基調だが、「かまわん」(34), 「〜とる」(37)、「〜わい」(35) など、〈老人語〉の特徴もある。ムスカに対しては時に「君」(36) を用いて下手に出るなど、態度が揺れている。
言語行為としては、命令文が多く、また他者を貶める表現を多く用いるところから、粗暴で傲慢なキャラクターがよく表れている。
(32) 手ぬるい! あんな小娘締め上げればすぐ口を割るわい(チャプター8)
(33) ふん。初めから部隊が出動すれば、ドーラごときに出し抜かれずにすんだのだ! (チャプター8)
(34) かまわん。空中でたっぷり締め上げてやれ。夜明けとともに娘を乗せて出発だ! (チャプター9)
(35) どうだ、欲しいか。お前らにはたっぷり縄をくれてやるわい! (チャプター18)
(36) きさま、正気かあ?(チャプター20)
(37) なにをボヤボヤしとる! 火を消せい! 追跡隊を組織しろ!
(38) すばらしい、ムスカ君。君は英雄だ。大変な功績だ! (チャプター20)
5.7 ドーラの息子たち
声優:声優:アンリ=亀山助清/シャルル=神山卓三/ルイ=安原義人
一人称「おれ」を用いる。「持ってらあ」(40)、「どかねえか」(42) など、品位の低い〈男ことば〉を用いる。また一方で、いい大人なのに母親には「ママ」(39, 41) と呼びかけ、丁寧語を用いず、「やったーい」(44) と叫ぶなど、など子どもっぽい話し方をする。
(39) アンリ:船へかえろうよママァ(チャプター7)
(40) アンリ:こいつ金貨なんか持ってらあ!(チャプター9)
(41) シャルル:ダメだママ。真っ暗で何も分からないよ(チャプター2)
(42) シャルル:どうしてもどかねえか!(チャプター4)
(43) シャルル:信じられるか? あの子がママみたいになるんだぞ?(チャプター12)
(44) ルイ:やったーい! 掃除洗濯、しなくてすむぞーい!(チャプター12)
5.8 老技師(ハラ・モトロ)
声優:槐柳二
一人称は「わし」である(29)。「〜とる」(45)、「〜わい」(45)、「〜ん」(打ち消し)(46)など老人語を話すが、断定は「〜だ」である(48)。「でっけえ」(45)、「ねえ」(47, 49) など俗語も用い、品位は低い。顔つきやしゃべり方が、『千と千尋の神隠し』の「釜爺」とよく似ている。(図4)
(45) でっけえ声だすない! 聞こえとるわい(チャプター13)
(46) んー、狭くて手がはいらん(チャプター13)
(47) ドーラも変わったねえ、ゴリアテなんぞに手を出すとはよ? 勝ち目はねえぜ(チャプター13)
(48) へっへ、確かにいい子だよ、あの二人はなぁ(チャプター13)
(49) カタギに肩入れしてもよ、尊敬はしてくれねえぜって(チャプター13)
(50) 無事なもんかい! わしのかわいいボロ船が……トホホホ……(チャプター23)
5.9 親方
声優: 糸博
マッチョな〈男ことば〉で、命令形、断定形を多用する。
(51) そこで何してやがる! ……めしは、どうした?(チャプター2)
(52) くそー、ボロエンジンめ(チャプター2)
(53) ボイラーの火をおとせ。残業は無しだ。この不景気じゃひあがっちまう。(チャプター2)
(54) パズー、そのオンボロに、油さしとけよ! (チャプター2)
(55) 帰んな。ここには貧乏人しかいねえ(チャプター4)
(56) 男ならゲンコツで通れ(チャプター4)
5.10 おかみさん
声優: 鷲尾真知子
「〜だよ」(58, 62)、「〜だい」(60, 63)等、下町のおばさん風の語法と言える。命令表現として、「お+連用形」が用いられる(57, 59)。
(57) この隙に裏からお逃げ! (チャプター4)
(58) 相手は武器をもってんだよ?(チャプター4)
(59) ん……いい子じゃないか。守っておやり! (チャプター4)
(60) 誰がそのシャツを縫うんだい?(チャプター4)
(61) あっ、パズー(チャプター9)
(62) 心配してたんだよ。あれっきり、姿が見えなくなっちゃって……(チャプター9)
(63) あの子はどうしたんだい?(チャプター9)
6. まとめ
この作品も、『風の谷のナウシカ』同様、テレビアニメに連なる典型的な役割語のセットが用いられていると言える。その中で、丁寧語をあまり用いない子供ことばの特徴が見られる点が興味深い(パズー、シータ、ドーラの息子たち)
(この項終わり)
参照資料:
DVD『天空の城ラピュタ』(販売元: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ASIN: B00005R5J4)
画像提供
スタジオジブリ公式サイト:https://www.ghibli.jp/works/laputa/#frame
参考文献
金水 敏・田中さつき・小島千佳・津田としみ・中川有香里・中野直也・三好敏子・東 雅人・伊藤怜菜(著)、岩田美穂・藤本真理子(要約) (2011) 「大阪大学卒業論文より(2002〜2010)」金水 敏(編)『役割語研究の地平』249-262頁、くろしお出版.
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- 2021年11月30日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 8. 『天空の城ラピュタ』(その1) 金水 敏(大阪大学)』
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1. 作品概要
個別作品の第3作目は『天空の城ラピュタ』である。本作品の製作・上映情報は下記の通りである。
監督・脚本:宮崎 駿
製作:高畑 勲
製作会社:スタジオジブリ・徳間書店
音楽:久石 譲
配給:東映(1986年)
本作品は、宮崎駿氏が『風の谷のナウシカ』を製作した高畑勲氏、鈴木敏夫氏らとともに立ち上げたスタジオジブリ発足後の第1号作品であり、宮崎駿監督による劇場長編アニメ作品の第3作目となる。音楽は、一時、宇崎竜童氏に依頼することが決定していたが、高畑氏の判断で久石譲氏が続投となった。興行的には前作『風の谷のナウシカ』に及ばなかったが、ビデオソフト化され、またテレビ放映されるなかで人気を延ばし、ジブリ作品の人気ランキングでも常に高位を維持している。
産業革命期のウェールズ地方を思わせる鉱山町「スラッグ渓谷」を出発点とし、そこで働く少年パズーと、空から落ちてきた少女シータの出合いと冒険の旅を描く。シータが持つ“飛行石”と、空飛ぶ国“ラピュタ”をめぐって、ムスカ大佐率いる特務機関と、軍と、空飛ぶ海賊ドーラ一家が入り乱れる活劇ドラマである(以上、切通 2001、叶 2006、スタジオ・文春文庫 2013、およびwikipedia「天空の城ラピュタ」(最終閲覧:2021/11/28)参照)。
2. 背景
スウィフトの『ガリバー旅行記』に登場する空飛ぶ王国「ラピュタ」に発想を得ているが、設定やストーリーはまったく宮崎氏のオリジナルで、氏が小学生時代に考えていた物語がもとになっているという。王家が二つに分かれて時がたち、善玉と悪玉に別れて鍵となるアイテムをめぐって争奪戦が繰り広げられるという展開は『ルパン三世カリオストロの城』と共通するプロットである。また、秘密をにぎる少女が追われ、偶然出会った少年が少女を救うという骨組みは、宮崎氏と高畑氏が関わったテレビアニメ『未来少年コナン』(NHK総合、1978年放送)と共通するプロットとなっている。
前作『風の谷のナウシカ』は、比較的高い年齢層を狙って製作されていたが、実際には低年齢の子ども達も多く見ていた点を重視し、本作品は主人公の2人の年齢を12,3歳に設定し、家族で楽しめる冒険活劇漫画映画として企画された。しかし作品のテーマは、「進みすぎた科学は決して人間を幸せにしない」「人間は自然と融和した生活に戻らなければならないという、宮崎駿氏の初期作品に共通した主張に沿ったもので、また必ずしもハッピーエンドとは言えないラストの味わいもあって、大人の鑑賞にも堪える作品となった。
3. 『天空の城ラピュタ』の世界観と主要登場人物
宮崎氏はじめスタッフが、映画『我が谷は緑なりき』の舞台として知られるイギリス・ウェールズ地方に赴いて取材して作りあげた架空の鉱山町「スラッグ渓谷」が最初の舞台である。動力は石炭と蒸気機関が中心であり、電気はほとんど使われていない。さらに、空想上の「飛行石」「ラピュタ」、そして空飛ぶ海賊一家が活躍する,一種のスチームパンク的な世界が設定されている。
以下において、パズーとシータとスラッグ渓谷の人々、海賊ドーラ一家、ムスカと軍隊、ラピュタとその住人に分けて紹介をしていく。
○パズー、シータとスラッグ渓谷の人々
パズー:孤児であるパズーは、男気溢れる親方のもとで働きながら、街はずれの家に一人暮らしている。パズーの父は写真家であり、飛行艇を使ってラピュタの謎を追いかけていたが、偶然ラピュタの一部の撮影に成功したものの、人々は信じず、帰って彼をサギ師扱いした。不遇のまま死んでいった父の汚名をそそぐため、パズーは独力で羽ばたき飛行機“オーニソプター”の製作に取り組んで、将来ラピュタの存在を世に明らかにしようとしている。ある夜、町で夕食の肉だんごスープを買って、鉱山で働いている親方のもとに戻る途中、空からゆっくり落ちてきた少女シータを受け止めることから冒険の旅が始まること。12、3歳の少年ながら、メカに強く、また人並み優れた身体能力を持っている。
シータ:緑深いゴンドワの谷でヤクを飼いながらひっそり生活していた。年はパズーとほぼ同じ。しかし彼女は実は「ルシータ・トエル・ウル・ラピュタ」という名を持つ、700年前にほろびたラピュタの王族の子孫であり、ラピュタのことは何一つ知らぬまま祖母に育てられてきた。彼女が持つ飛行石のペンダントは持ち主であるシータの身を守り、ラピュタの在処を知らせたり、ロボットや武器を起動したりする力を持つ。また彼女は、ラピュタやロボットを操作するための、一族に伝わる秘密の呪文を知っている。そのため、ムスカ一行とドーラ一家に追われることになる。ムスカに拉致され、飛行船で運ばれる途中、ドーラ一家の急襲を受け、その手から逃れるために飛行船から落下するが、飛行石の力によってパズーのもとに軟着陸する。
子供ながら、よく気がつき、家事等を手際よくこなす、けなげで聡明な少女である。人の善悪をよく見分けて、パズーや鉱山の人々を終始気遣う優しい心を持っている。ラピュタの秘密を知った後も、それを悪用しようとするムスカに気強く抵抗する。
親方:男気溢れる親方は、弟子であるパズーに、鉱山のことや機械のことを厳しく一通り教えてきた。親方にはしっかり者のおかみさんと幼い娘のマッジがいて、パズーに家族同前に接している。シータを追ってきたドーラの息子たちには体を張って殴り合いの戦いを挑みかけ、追跡を阻止する。
ポムじいさん:毎日のように坑道を歩き回っている老人。石を愛し、石のことをよく知っていて、飛行石とラピュタについての知識も持っている。シータの持つ飛行石のペンダントを見て驚き、強い力を持つ石が人を不幸にすることがあると警告する。
その他の人々:鉱山町の鉱夫やその家族、町の人々、鉱山鉄道の機関士など。みな貧しいながら、仲よく助け合って暮らしており、パズーのことも常に気に掛けている。
○ドーラ一家
ドーラ:夫と死別した後も、3人の息子を育てながら、空飛ぶ海賊として数々の掠奪に手を染めてきた。体力、知力、胆力ともに優れ、強いリーダーシップを発揮する。ムスカの飛行艇を急襲し、シータが落下したスラッグ渓谷まで彼女を追いかけいくが、パズーとシータを受け入れた後は表面的には厳しく接しつつ、二人を家族のように扱う。巨大なパンツとお下げ髪がトレードマーク。ドーラ一味は飛行船“タイガーモス号”に乗り込み、またそこに搭載されている羽ばたき飛行機“プラップター”を操って海賊稼業をしている。
ドーラの息子たちと部下:息子はシャルル、ルイ、アンリの3人で、立派な大人なのに幼い子供のようなしゃべり方をする。ドーラの船であるタイガーモス号には、息子の他、ドーラが見込んでいろいろな国から集めてきた5人の部下が乗り込んでいる。
老技師(ハラ・モトロ):ドーラの古い友人。タイガーモス号に乗り込んで、そのメンテナンスに携わっている。話し方は荒っぽいが、冷静沈着で、ドーラのことをよく観察し、時に相談相手となっている。
○ムスカと軍隊
ムスカ:700年前にラピュタから降りた王族の末裔で、「ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ」という名を持っているが、素性を隠して軍に入り込み、優れた知力を駆使して大佐にまでのし上がった。黒服・黒メガネの特務機関の部下たちを手脚のように駆使している。自己中心的にして残忍・非情であり、将軍を始め、まわりの人々をすべて見下している。目が弱く、常にメガネを掛けている。ふだんは冷静・沈着だが、ひとたび予測に反する事態に接すると半狂乱状態になる。
将軍:知力が低く、問題にぶつかるとすぐに大声を出して暴力に訴えて解決しようとするタイプ。ムスカを利用しているつもりで、操られていたことに気づいて激昂する。軍の持つ巨大飛行船“ゴリアテ”の司令官。
兵士たち:将軍の指示のもと、ドーラ一家を捕縛し、ラピュタに上陸すると掠奪の限りを尽くし、またパズーとシータを追い回すが、正体を現したムスカの操るロボットたちの攻撃を受け、壊滅状態となる。
○ラピュタとその住人
ラピュタ:地下に設置された巨大な飛行石の結晶の力によって空中に浮かび、また数々のロボットや武器を有している。特に、下部に備えられた電磁ビームはソドムを滅ぼした雷、あるいは“インドラの矢”とも呼ばれ、地上の都市を一瞬で消滅させるほどの威力を持っている。気象を操作し、“竜の巣”と呼ばれる雲に隠れて、地上の人々からは容易に見ることができない。700年前に人々がすべて地上に降りた後も、ムスカたちに再び発見されるまで、無人のまま空をただよっていた。
植物と動物:植物園を持ち、深い池があり、珍しい世界の植物が生い茂り、ヒタキのような小鳥や、ミノノハシ(17世紀に絶滅したタスマニア島の原始ほ乳類という設定の小動物)や、キツネリス(『天空の城ラピュタ』から再登場)など、珍しい小動物も住んでいる。特に中央部には巨大な樹木がそびえ立ち、その根は飛行石を覆うように地下深くまで及んでいる。
ロボット:園丁型(青系統)と攻撃型(赤系統)の2種があり、色によって区別されている。園丁型は力尽きるまで、ラピュタの植物や動物を心優しく見護り、育てている。攻撃型はふだんは格納庫に眠っているが、王族の持つ飛行石のペンダントによってひとたび使令が下されると、空中に放出されてジェット推進で飛び回り、強力なビームで敵を破壊する。装甲は強靱で破壊が難しく、地上の技術ではその素材すら分析できない。攻撃型ロボットの一台がたまたま地上に落下してきたことから、ラピュタの実在がムスカら一部の人間の知るところとなった。
連載第4回で示した登場人物の三分類でいうと、パズーとシータがクラス1の人物である。上記の人物中、名前の与えられた人物や親方一家、はクラス2の人物である。あと、スラッグ渓谷の人々、ドーラの部下たち、特務機関の黒服の男たち、兵士たちはすべてクラス3の人物である(cf. 金水 2017)。
4. 『天空の城ラピュタ』のストーリー構成
“起承転結”の四分割構造(cf. 金水 2017)に沿って、本作品のストーリーを示す(ネタバレを含む)。場所は、DVDのチャプターで指示する。
【プロローグ】
1. ムスカらに拉致され、飛行船で運ばれるシータ。ドーラ一家が飛行船を急襲し、混乱に乗じてシータは飛行戦艦の窓から飛び降りる。シータが首に提げていた飛行石が光を放ち、シータはゆっくりと下降していく。(チャプター1)
【起】
2. 残業で作業をしている親方に言われ、食堂で夕食を買い求めるパズー。職場の坑道入口の作業場に戻る途中、空から少女が降ってくるのを目撃し、受け止める。(チャプター2)
3. パズーは親方に、少女のことを言おうとするが、仕事に取り紛れて言えずに終わる。坑道から坑夫たちが上がってくるが、鉱脈の状況が思わしくないことを告げる。(チャプター2)
4. 朝になり、目覚めたシータはハトに餌をやるパズーと話す。パズーは飛行石を持って戯れに屋根から飛び降りるが、何の効果も無く落ちる。(チャプター3)
5. パズーは、シータに父のことを話す。父は写真家であり、かつて空飛ぶ城ラピュタを追って空の旅をしていた。(チャプター4)
6. ドーラ一家がパズーとシータを見つけ、家捜しなどする。パズーとシータは変装して逃げ出す。鉱山の人々の助けで難を逃れ、鉱山鉄道に乗りこむ。ドーラ一家の自動車と追いかけっこになる。(チャプター4〜5)
7. 軍の装甲列車が行く手をふさぐ。ドーラ一家と挟み撃ちになるが、軍の砲撃で線路が崩れ、シータとパズーは谷底に落ちていく。飛行石が再び光を放ち、二人は坑道の底へとゆっくり下降していく。(チャプター5〜6)
8. 谷底の坑道でポムじいさんに出会う。ポムじいさんは、シータの持つ飛行石のペンダントを見て驚嘆し、ラピュタの文明が作ったものと見抜く。じいさんは「力のある石は人を幸せにもするが、不幸を招くこともある」と警告するが、パズーは「ラピュタは本当にあったんだ」と喜ぶ。(チャプター6〜7)
9. 地上に出た二人。ラピュタを探すぞと意気込むパズーに対し、シータは、自分がラピュタの王族の血を引く者であることを明かす。(チャプター7)
【承】
10. 空から政府の飛行機が飛来し、二人を拘束し、ティディス要塞に連れて行く。ムスカはシータを案内して、ラピュタのロボットを見せる。ムスカはシータに協力を要請し、石を働かせる呪文を聞き出そうとする。シータはパズーを釈放することを条件に、協力の姿勢を見せる。(チャプター7〜8)
11. 村に帰ったパズーをおかみさんとマッジが出迎えるが、悔しい気持ちを抑えきれないパズー。留守宅にドーラ一家が待ち構えていて、シータを売ったのかとなじる。(チャプター9)
12. ドーラは軍の通信を傍受して、シータを連れ去る飛行戦艦が来ることを知る。急ぎ襲撃に出ようとするドーラに対し、パズーは仲間に入れてくれと頼む。(チャプター9)
13. 捉えられたシータは、祖母に教えてもらった呪文を思い出し、口にすると、飛行石が光り、ロボットが動き出す。(チャプター10)
14. すさまじい破壊力で暴れ回るロボット。ムスカは石の力でロボットが目覚めたことを悟り、シータを塔の上に連れて行く。飛行石は空の一点を指して光を放つ。(チャプター10〜11)
15. ロボットに攻撃する軍隊。混乱の中、シータは石を落としてしまう。ドーラ一家が到着し、シータを救い出す。(チャプター11〜12)
16. 石を得て、ラピュタに向かおうとするムスカ。パズーとシータは、ドーラ一家に同行してラピュタに向かいたいと願い出る。(チャプター12)
17. 軍の飛行戦艦「ゴリアテ」と競うように、ドーラ一家の飛行艇「タイガーモス」がラピュタを目指して出港する。一家のみんなと次第に打ち解けるパズーとシータ。(チャプター13)
18. 見張りに立ったパズーはシータに、石を取り返すことを誓う。(チャプター14)
【転】
19. 突如、眼下に現れるゴリアテ。雲の中に逃げるドーラ一家。見張り台だけタコのように切り離し、パズーとシータが乗り込む。(チャプター14〜15)
20. 目の前に大きな雲の塊「竜の巣」が現れ、タイガーモスはその中に吸い込まれていく。中にいたゴリアテの砲撃を受けてタイガーモスは大破、見張り台は機から引きちぎられ、嵐の中に突進していく。パズーは一瞬父の幻影を見る。(チャプター16)
21. 見張り台はラピュタに不時着、パズーとシータは上陸を果たす。ロボットが優しく出迎える。ラピュタは木々に包まれ、荒廃していた。人がいない街で、心優しいロボットが小動物や小鳥と暮らしていた。(チャプター17)
22. 軍の一行がラピュタに上陸、縛り上げたドーラ一家の目前で掠奪を始める。(チャプター18)
23. パズーとシータは軍隊の一向に見つかり、シータはムスカに捕らえられる。パズーは一人、密かにドーラの縄を切り、シータ救出に向かう。(チャプター19)
24. ムスカは無線機を壊し、軍を孤立させる。将軍たちはムスカを探し出そうとする。ムスカはシータをつれてラピュタの深奥に降り、自らもまたラピュタの王族の後継者であることを明かす。(チャプター19〜20)
25. ムスカは飛行石の力でラピュタを自在に操り、軍を壊滅させる。混乱に乗じて、ドーラ一家は軍の手を逃れる。(チャプター21)
26. シータはムスカから飛行石を奪い取る。パズーがシータのもとにたどり着く。ムスカは二人を銃で脅すが、二人は滅びの呪文を唱える。(チャプター22)
【結】
27. ラピュタは底部が崩れ去り、大きな木が自らの根で巨大な飛行石を抱えたまま天に昇っていく。(チャプター23)
28. 木の根に救われたパズーとシータは、見張り台のグライダーを見つけてラピュタを後にする。フラップターに乗って逃げ出したドーラ一家とも再会する。(チャプター23)
(以下、次回に続く)
参照資料:
DVD『天空の城ラピュタ』(販売元: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ASIN: B00005R5J4)
画像提供
スタジオジブリ公式サイト:https://www.ghibli.jp/works/laputa/#frame
参考文献
叶 精作 (2006) 『宮崎駿全書』フィルムアート社.
切通理作 (2001) 『宮崎駿の〈世界〉』ちくま新書.
金水 敏 (2017) 「第11章 言語—日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く』pp. 239-262, ミネルヴァ書房.
スタジオジブリ・文春文庫 (2013) 『文春ジブリ文庫 ジブリの教科書2 天空の城ラピュタ』文藝春秋.
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- 2021年11月23日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 7. 『風の谷のナウシカ』(その2) 金水 敏(大阪大学)』
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5. セリフ分析
代表的な登場人物の話し方について、役割語の観点から以下に分析していく。金水 (2017) も参照されたい。
5.1 ナウシカ
声優:島本須美
(1) のように一人称は「わたし」であるが、子供時代の回想では「あたし」も出てくる。
「~わ」(2, 3)、「~の」(7)、「〜もの」(4)や、「だ」の脱落(5)など、女性的な文末表現が中心となる。全般的に、姫としての気品を保っていると言える。一方で、例えば(6)のように「先生」であるユパに話す時は基本的に丁寧体を用いているが、(7)のように非丁寧体を用いるなど、子供っぽい表現も交る。
また城オジに命令をする時は、平時は(8)のようにテ形を用いるが、緊急時は(9-11)のように男性的な命令形も用いる。また(12)は、父を殺されて怒りに我を忘れた場面での表現で、女性性が一切感じられない。このように、ナウシカはお姫様ではあるものの、『ルパン三世カリオストロの城』のクラリスと異なって、上品な女ことばを用いるだけでなく、男性的な表現も用いるという二面性を持っている(米井 2005参照。なお、声優の島本須美はクラリスの声優でもある)。(前回の図1および今回の図6参照)
(1) あら、わたしが嘘ついたことあった?(Ch. 9)
(2) 谷の人がよろこぶわ(Ch. 2)
(3) 王蟲の子を殺したら暴走は止まらないわ(Ch. 20)
(4) 道具づくりの材料にずーっと困らなくてすむもの(Ch. 2)
(5) 森へお帰り。大丈夫、飛べるわ。そう。いい子ね(Ch. 6)
(6) 先生! 後で是非見ていただきたいものがあるんです(Ch. 4)
(7) 気流が乱れて上手く飛べないの(Ch. 4)
(8) ミト、メーヴェを持ってきて(Ch. 6)
(9) 言う事を聞け! にもつをすてろー!(Ch. 11)
(10) 後席! エンジンを切れ!(Ch. 11)
(11) エンジン音がジャマだ! 急げ!(Ch. 11)
(12) おのれェ!(Ch. 7)
5.2 クシャナ
声優:榊原良子
トルメキアの皇女であり、遠征軍の司令官であるクシャナは本作品の範囲では、話し相手はすべて目下の人物であり、そのために発話はすべて非丁寧体である。また、女性的な表現は一切無い。例えば指定の「だ」で終わる文(14)、「か」で終わる質問文(8, 14, 15)、終助詞「ぞ」の使用(14)は、一般的には男性的な表現と捉えられる。命令の文脈ではテ形は用いず、すべて命令形である(13)。
(13)に見るように、一人称詞は「わたし」である。
また「諫言耳が痛い」(15)、「そなた」(15)、「我が夫」(16)、「おぞましきもの」(16) 等、堅苦しい文章語を話すことにより、皇女としての威厳を示していると見られる。(前回の図4参照)
(13) わたしはペジテに戻る。留守中、巨神兵の復活に全力を注げ(Ch. 9)
(14) どうだ? 決心はついたか? 降伏を勧めに行くなら放してやるぞ。ペジテの二の舞にしたいのか?(Ch. 19)
(15) 諌言耳が痛い。辺境一の剣士ユパ・ミラルダとはそなたのことか?(Ch. 8)
(16) 我が夫となる者は、さらにおぞましきものを見るだろう(Ch. 15)
5.3 ユパ
声優:納谷悟朗
男ことばのヴァリエーションに含まれる。誰にも仕えない放浪の剣士という設定で、目上の人物というべき相手がいないせいか、作品の範囲では、すべて非丁寧体である。
打ち消しに「〜ん」(17)、「〜ぬ」(18) を用い、また「いる」ではなく「おる」を用いる(19)など、老人語の範疇に入る。ただし指定の表現には「じゃ」は用いず、もっぱら「だ」である(21)。さらに「そなた」(22, 23) 「おぬし」「よい名」「~ねばならん」「皆も息災か」など、古風な表現を多く用い、“武士”を彷彿とさせる。(23) のような口上にも古風な話し方が交じる。
一人称詞は「わし」(20)、「わたし」(21) を用いている。(前回の図3参照)
(17) 例を言わねばならん……よい風使いになったな(Ch. 4)
(18) 礼を言わねばならぬ。(Ch. 4)
(19) おお。そうそう、こいつのことをすっかり忘れておった(Ch. 4)
(20) わしは一度この地を離れ、密かに戻って機会を待つ。何としてもあの化物の復活をやめさせねばならん。(Ch. 9)
(21) わたしはただ腐海の謎を解きたいと願っているだけだよ。我々人間はこのまま腐海に飲まれて滅びるよう定められた種族なのか。それを見極めたいのだ(Ch. 5)
(22) そなた、それを自分で……!(Ch. 9)
(23) トルメキア兵に聞く。この谷の者は昨夜、そなたたちの船を救わんと必死に働いた。今もまた、死者を丁重に葬ったばかりだ。小なりとはいえ、その国に対するこれがトルメキアの礼儀か。戦を仕掛けるならば、それなりの理由があるはず。まず使者をたて口上を述べるべきであろう(Ch. 8)
5.4 クロトワ
声優:家弓家正
公には“軍隊ことば”で、上官であるクシャナには「です・ます」で話すが(24)、部下・村人には高圧的な「~だ」(26) や命令形を用いる(25, 26)。しかし(27, 28) のような独り言的なせりふでは、「やつ」(27)、「〜ちまう」(27)、「バケモン」(28)、「おめえ」(29)等、俗語調の品位の低い表現を用いる。また、クシャナ相手に話す場合でも、「〜がね」(29)、「知らねえ」(30)、「ぶち込む」(30) のような俗語を用いることがある。これらの表現から、出自の階層の低さや、抜け目のない小悪人ぶりが表現されていると言える。(前回の図5参照)
(24) わたしは反対です。本国では一刻も早く巨神兵を運べと命令しています(Ch. 9)
(25) 黙れ。そのような世迷い言許さんぞ(Ch. 8)
(26) 聞け! トルメキア帝国辺境派遣軍司令官、クシャナ殿下のお言葉だ(Ch. 8)
(27) あぁ〜あ、なんてやつだよ。み〜んな殺しちまいやがった……(Ch. 8)
(28) まったく見れば見るほどかわいいバケモンだぜおめえは……(Ch. 15)
貧乏軍人の俺(おれ)ですら久しくさび付いた野心がうずいてくらァ……(Ch. 15)
(29) (クシャナ)「お前はあの化け物を本国のバカ共のオモチャにしろと言うのか?」
(クロトワ)「そりゃまあ わかりますがね……あ、私は一軍人にすぎません! そのような判断は分をこえます(Ch. 9)
(30) 火の7日間の前に作られたやつでしょ? 嘘かほんとか知らねえが星まで行ってたとか何とか……えらく硬いから砲も効かねえが、なぁに、穴にぶち込めば……(Ch. 19)
5.5 大ババ
声優:京田尚子
「いる」の代わりに「おる」を用い(31)、指定では「だ」ではなく「じゃ」を用い、打ち消しには「ない」ではなく「ぬ」を用いるなど、老人語の範疇に入る。ただし(32)のように「いる」を用いたり、(34) のように「だ」を用いる例も見える。
一人称詞は「わし」(32)を多く用いるが、「わたし」も用いている(35)。さらに、「待ちなされ」「殺すがいい」(ともにCh. 8)など、古めかしい表現を用いる。(前回の図2参照)
(31) オオ……なんといういたわりと友愛じゃ……王蟲が心を開いておる(Ch. 24)
(32) わしにはもう見えぬが、左の隅にいるお方じゃよ(Ch. 5)
(33) おや、どうするんじゃ? わしも殺すのか?(Ch. 8)
(34) 定めならね。従うしかないんだよ(Ch. 21)
(35) なんといういたわりと友愛じゃ。王蟲が心を開いておる。こどもたちよ、わたしの盲いた目の代わりによく見ておくれ。Ch. 24)
5.6 城オジ
声優:永井一郎(ミト)、宮内幸平(ゴル)、八奈見乗児(ギックリ)、矢田稔(ニガ)
総体として、典型的な老人語であると言える。指定表現が「だ」ではなく「~じゃ」(36, 37)、存在・継続表現が「いる」「〜て(い)る」ではなく「おる」(38)「~とる」、打ち消しが「ない」ではなく「ん」(38)になる。また、「する」の命令形が「しろ」ではなく「せい」(41) 、アワ行五段活用のテ形「言って」が「言うて」になる(40)。さらに、終助詞「わい」も見られる(40)。
ミトはナウシカが信頼する右腕的な存在だが、あとの3人は滑稽なセリフや行動がめだつ、笑わせ役と言える(37, 41)。(前回の図1参照)
(36) (ゴル)ノオ……おかしいと思わんか。なんでこんなに密集して飛ぶんじゃ(Ch. 10)
(37) 「不時着して蟲に食われんのはいやじゃーい!」「ひと思いに死にますぅ!」(Ch. 11)※ゴル、ギックリ等
(38) (ミト)しかしなぁ、城オジのわしの身になってみろ。心配でオチオチしておれんわい(Ch. 4)
(39) (ミト)ゴルが風が匂うと言うとります(Ch. 5)
(40) (ゴル)この手を見てくだされ。ジル様と同じ病じゃ。あと半年もすれば石と同じになっちまう。じゃが、わしらの姫様はこの手を好きだと言うてくれる。働き者の綺麗な手だと言うてくれましたわい(Ch. 19)
(41) 「ホレホレ、早よせい」「エー、これかな?」「はあ〜」「エイ……アア動いた」(Ch. 17)※ゴル、ニガ、ギックリ等
5.7 アスベル
声優:松田洋治
標準語の男ことばであり、一人称は「ぼく」である。育ちのよい、好青年然とした話し方である。指定表現「だ」がそのまま用いられる(42, 44, 45) ほか、柔らかい表現として「〜だよ」が用いられる(43)。緊急的な発話では強い命令形が出る(44)。「行って」ではなく「行ってくれ」となるのも男性的である(45)。また、男性専用の終助詞「〜さ」が用いられる(43)。(今回の図7参照)
(42) ぼくはペジテのアスベルだ。助けてくれてありがとう(Ch. 14)
(43) 驚くのは当たりまえさ。ぼくらは腐海の底にいるんだよ(Ch. 14)
(44) ぼくは本気だ! 手を離せ! ナウシカ、みんなに知らせろ!(Ch. 17)
(45) 谷の人を救えるのは君だけだ! 頼む! 行ってくれ! 僕らのために行ってくれ!(Ch. 18)
6. まとめ
典型的な男ことば・女ことば、老人語等が適切に用いられているという点で、マンガやアニメの伝統の上に立つ役割語の使用と言えるが、戦う少女であるナウシカの言葉が、若い女のことばを基盤としながら強い男性的表現を含む表現となっていたり、女性でありながら軍の司令官であるクシャナの言葉に女性的な表現が一切なかったりといった、ジェンダーの揺らぎが言葉によって表現されている点が特徴的であった。
(この項終わり)
参照資料:
DVD『風の谷のナウシカ』(販売元: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ASIN: B00005R5J3)
画像提供
スタジオジブリ公式サイト:https://www.ghibli.jp/works/nausicaa/#frame
参考文献
金水 敏 (2017) 「第11章 言語—日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く—「好き」を学問にする方法—』pp. 239-262, ミネルヴァ書房.
米井力也 (2005) 「『風の谷のナウシカ』と役割語―映像翻訳論覚書―」『日本語講座年報』第3号、pp.3-6、大阪外国語大学日本語講座(http://skinsui.cocolog-nifty.com/sklab/2007/10/post_6913.html よりダウンロード可能。また、金水敏(編)『役割語研究の展開』(くろしお出版, 2017: 173-180)にも所収).
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- 2021年11月16日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 6. 『風の谷のナウシカ』(その1) 金水 敏(大阪大学)』
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1. 作品概要
個別作品の第2作目は『風の谷のナウシカ』である。本作品の製作・上映情報は下記の通りである。
監督・脚本:宮崎 駿
製作:高畑 勲
製作会社:徳間書店・博報堂
原作:宮崎 駿(『アニメージュ』徳間書店、1982-1995)
制作:トップクラフト
音楽:久石 譲
配給:東映(1984年)
本作品は、宮崎駿氏の劇場長編アニメの監督作品第2作目である。本作も前作『ルパン三世カリオストロの城』と同様、スタジオジブリ発足以前に製作されたものであるが、宮崎駿・高畑勲という監督・製作コンビが初めて揃った作品であり、また音楽を久石譲氏が初めて担当したことも含めて、その後のスタジオジブリ作品のひな形をなす記念碑的作品である。観客動員は約91万5千人、配給収入は約7.4億円(Wikipedia「風の谷のナウシカ(映画)」)。
最終戦争後の地球環境をテーマに含み、またその後の日本のアニメ作品に頻出する「戦う美少女」の元型を提示した点等で、公開当初から大きな話題となった(叶 2006、切通 2001、斎藤 2000、スタジオジブリ他 2013)。
2. コミック版との関係について
後にスタジオジブリの社長となる鈴木敏夫氏が編集者として関わったアニメ雑誌『アニメージュ』に、鈴木氏が依頼して1982年から宮崎駿氏が「風の谷のナウシカ」の連載を開始した。その後、宮崎氏がアニメ映画を監督する機会を得て、原作としてこのコミック版の「ナウシカ」を採用した。ただしアニメ化するに当たって設定や結末を変えている。例えば原作では、風の谷は当初からトルメキアの同盟国であり、土鬼(ドルク)との戦争のために、病身の父に代わってナウシカが出征することが決まっていた。一方でアニメ版では、トルメキアと直接の関連を持たなかった風の谷に、巨神兵の卵を載せた輸送船が墜落したことから、風の谷がトルメキアの侵攻を受けることとなった。
アニメ版は、上映時間に併せて、コミック版とは全くことなる結末を付けざるを得なかったのだが、宮崎氏はこれが不満だったのであろう、その後中断を含みながら11年にわたってコミック版の連載を続けることとなった。
コミック版には土鬼の他、蟲使い、森の人、粘菌、「墓所」などアニメにはないさまざまな要素が描き込まれ、登場人物も遥かに多く、より深いテーマを持つ壮大なスケールの物語となっている。コミック版とアニメ版は一応原作と映画化の関係にはあるが、振り返って見た時、両者はむしろ別の物語と考えるべきである(赤坂 2019、稲葉1996; 2019)。なお、2020年に新作歌舞伎として上演された『風の谷のナウシカ』は、アニメ版よりもコミック版に多くを依っている。
この後は、アニメ版を分析対象として述べていくこととする。
3. 『風の谷のナウシカ』の世界観と主要登場人物
巨大産業文明が“火の7日間”と呼ばれる大戦争で崩壊してから1000年の時間を経て、地上は腐海に覆いつくされようとしていた。そこは、有毒の瘴気を発する菌類が生息し、巨大な蟲の徘徊する死の森であった。人々はすでに自力でエンジン等の高度な工業製品を創り出す技術を失い、地下から掘り起こされた前時代の機器を掘り起こして修復し利用するなど、苦しい生活を余儀なくされていた。しかも世界が腐海に覆い尽くされるのは、もはや目前の危機となっていた。
にも関わらず、人々の世界は争いの中にあった。この頃、軍事国家である「トルメキア」と、職人都市である「ペジテ」が対立を強めるなか、辺境の「風の谷」では、海からの風に守られ、わずかな人々が自然と融和した平和な生活を送っていた。
○風の谷の人々とユパ
ナウシカ:族長ジルの娘。15〜16歳の美少女で、ふだんは谷の人々に優しく接し、子ども達からは「姫姉さま」として慕われている。しかし怒りに我を忘れると、並外れた戦闘能力を発揮して、瞬時に何人もの兵士を倒してしまう。戦時には判断力に富んだ指揮官としての役割も発揮する。
「風使い」として、谷を吹く風を読む能力にも長け、エンジンを備えた凧の一種である「メーヴェ」を巧みに乗りこなす。
幼い頃から、腐海(後述)の蟲たちを含むすべての生き物と心を通わせることができる。幼少期、仲よく遊んでいた王蟲の幼虫を親たちに取り上げられた記憶を持つ。また谷の住まいの地下に実験室を設けて腐海の植物を密かに育て、腐海と世界との関係を独自に解き明かそうとする科学者としての面も持つ。(図1)
族長ジル:腐海の毒に侵され、もはや起き上がることもできない。風の谷に侵攻したトルメキア軍に殺される。
大ババ:盲目の老女。「青き衣の勇者」の伝説を谷の人々に語り伝える。トルメキア軍の侵攻にもひるむことなく退治する気骨を見せる。(図2)
城オジ:ミト、ゴル、ニガ、ギックリの4人の老人。谷における長老格として、人々の尊敬を受ける。特にミトは、ナウシカの右腕として彼女を支える頼もしい存在。
ユパ:「辺境一の剣士」としてたたえられる勇者であるが、永らく諸国を遍歴して、世界が腐海に飲まれていくことの意味と原因を突き止めようとしている。ジルの古い友人にしてナウシカの師匠でもあり、谷の人々から深く慕われている。(図3)
テト:腐海に迷い込んでいたところをユパに救われた「キツネリス」と言われる小動物。ユパからナウシカに譲り渡され、テトと名付けられる。その後、ずっとナウシカと行動を共にし、ナウシカを慰める。
カイとクイ:「トリウマ」という、人々が乗用とする動物で、ユパとともに世界を旅する。ナウシカにもなついている。
○トルメキア・ペジテの人々
クシャナ:トルメキアの皇女。巨神兵復活の任を帯びてペジテを侵攻し、巨神兵の卵を奪うことに成功するが、輸送船が風の谷に墜落したため、軍を率いて風の谷に侵攻する。巨神兵の火力によって腐海を焼き払うことをもくろんでいる。女性ながら、冷徹な軍の司令官として辣腕を発揮する一方で、次第にナウシカに心を惹かれていく。(図4)
クロトワ:クシャナの副官・参謀として風の谷に従軍する。平民出身で、高い血筋を持つクシャナには面従腹背気味の態度で接し、機会を捉えてのし上がろうとする野心も持ち合わせている。(図5)
ラステル:ペジテの市長の娘。巨神兵の卵とともにトルメキアの輸送器に人質として載せられていたが、風の谷に墜落し、助け出そうとしたナウシカに「積み荷を燃やして」と伝えて息絶える。
アスベル:ラステルの兄。ナウシカら、風の谷の人質を乗せてペジテへと向かうクシャナの船団に単身奇襲を掛け、腐海に墜落させるが、自らも腐海に落ちていく。父である市長とともに、トルメキアと対抗しつつ、腐海は制圧すべきであるとの考えを持っていたが、ナウシカの思想に触れてやがて同調していく。
ラステルとアスベルの母:市長らに捉えられたナウシカに共感し、ペジテの一人の少女と衣装を交換させ、機上からナウシカをメーヴェで脱出させる。
○腐海とその生き物、および巨神兵
腐海:瘴気(毒ガス)を吐き散らす菌類が繁茂する森であり、巨大な蟲以外の生物は住むことができない。王蟲とともにその範囲を広げ、人々を追い詰めていく。
王蟲(オーム):森の蟲たちの中でもひときわ巨大な体躯を持つ節足動物のような生物。抜け殻は重要な資源として人々の生活に利用されてきた。蟲でありながら誇り高い精神性を持っているが、ひとたび怒りに駆られると、大挙して人々の街に攻め寄せて破壊し尽くし、そこで絶命すると、死体が菌類の苗床となって、やがてその地も腐海に沈むこととなる。触手を伸ばしてコミュニケーションを取るが、この触手は不思議な治癒能力も持っている。ナウシカとはお互いに心を通わせることができる。
巨神兵:1000年前におきた「炎の七日間」と呼ばれる最終戦争において世界を焼き滅ぼした生物兵器。口から強力な破壊力を持つビームを発射する。ペジテの人たちが地下からその卵を掘り出し、トルメキア軍がそれを奪って復活を図った。
連載第1回で示した登場人物の三分類でいうと、ナウシカがクラス1の人物である。上記の人物中、ナウシカを除いて、すべてクラス2の人物である。あと、風の谷の人々、トルメキアの兵士たち、ペジテの市民たちはすべてクラス3の人物である(金水 2017)。
4. 『風の谷のナウシカ』のストーリー構成
“起承転結”の四分割構造に沿って、本作品のストーリーを示す(ネタバレを含む)。場所は、DVDのチャプターで指示する。
【起】
1. 腐海の森にいたナウシカは、怒りに駆られた王蟲に追われていた旅人を助けた。旅人は、ナウシカの師匠である剣士ユパである。ユパは、キツネリスを助けたために王蟲に追われることとなった。ユパはキツネリスをナウシカに与えた(のちに「テト」と名付けられる)。(チャプター2〜4)
2. ユパはナウシカとともに風の谷に滞在し、ナウシカの父や大ババさまと語り合った。腐海はますます広がり、人々は一層の危機に瀕しているという現状をナウシカたちに伝えた。(チャプター5)
3. そんなある日、トルメキアの輸送船が風の谷に不時着した。ナウシカは、炎の海からペジテの市長の娘ラステルを救い出すが、ラステルは、積み荷を燃やすようにとナウシカに告げて事切れる。(チャプター5〜7)
【承】
4. 翌日、トルメキアから大型戦闘機が大挙押し寄せ、兵士が王城に入り込んでナウシカの父、族長ジルを殺す。ナウシカは怒って兵士たちを多数殺害するが、ユパの仲裁を受けてトルメキアの皇女クシャナが剣を収め、ナウシカも戦いをやめる。(チャプター7〜8)
5. クシャナたちは風の谷を占領し、墜落した輸送船の積み荷を要求する。積み荷は、「火の七日間」で世界を焼き滅ぼした生物兵器「巨神兵」の卵であり、クシャナたちは巨神兵を復活させて諸国を屈服させ、また腐海を焼き払おうと考えているのである。(チャプター8〜9)
6. クシャナたちはナウシカと城オジたちを人質としてペジテに向かおうとする。ナウシカは、清浄な水で育てた腐海の植物は瘴気を出さないことを突き止めていたが、城を離れるにあたって地下室の水を止める。(チャプター9)
7. ナウシカたちの乗る輸送船を、ラステルの双子の兄、アスベルのガンシップが攻撃、輸送船は墜落する。城オジたちに加え、クシャナをも助けたナウシカ一行は、腐海に不時着する。ナウシカは城オジたちに、自分が戻らなければ谷に帰るよう指示して、メーヴェでアスベルを探しに行く。(チャプター10〜12)
【転】
8. 蟲に追われていたアスベルとともに、ナウシカは、腐海の底に沈んでしまう。流砂の下の世界では、清浄な空気が広がっていた。ナウシカは、腐海の植物は汚染された空気を清浄化していることを知る。(チャプター12〜16)
9. メーヴェでペジテに到着したナウシカとアスベルは、王蟲の襲来で壊滅していたペジテを見て驚く。ペジテの生き残った人々は、王蟲をけしかけて風の谷もろともトルメキアの軍勢を掃討しようと考えていることを知る。(チャプター16〜17)
10. 同じ頃、風の谷では、村人たちが戦車を奪って蜂起し、砂漠に捨てられていた宇宙船の残骸にたてこもる。そこにクシャナが帰ってくる。(チャプター17)
11. ナウシカはペジテの残された人々に捕らえられ、飛行艇に乗せられるが、ペジテの女性たちに救い出される。(チャンプター18)
12. ペジテの飛行艇がトルメキア機に攻撃される。ナウシカは艇に残って戦おうとするが、アスベルに促されて、メーヴェで一人艇を離れる。(チャプター18)
【結】
13. 城オジたち一行のガンシップがナウシカと合流、風の谷に急ぐ。その帰路、ナウシカたちは風の谷に猛進する王蟲の大群に出会う。(チャプター19〜20)
14. ナウシカは、ペジテの手によって風の谷に連れて行かれようとしていた王蟲の子供を助けるが、怒りに駆られた王蟲の大軍を押しとどめることができず。宙に投げ出される。(チャプター21)
15. クシャナたちトルメキア軍がよみがえらせた巨神兵は、恐るべき破壊力を示すが、体の組成が不完全なために自ら崩れ去ってしまう。(チャプター22)
16. ナウシカは、冷静を取り戻した王蟲の触手の力によって息を吹き返す。人々は、ナウシカこそが人々を救う伝説の救い主であることを知る。(チャプター23〜24)
17. 王蟲の大軍は腐海に帰っていった。トルメキア軍は巨神兵の復活をあきらめて国に去り、風の谷に再び平和が訪れる。(チャプター24)
(以下、次回に続く)
参照資料:
DVD『風の谷のナウシカ』(販売元: ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント、ASIN: B00005R5J3)
画像提供
スタジオジブリ公式サイト:https://www.ghibli.jp/works/nausicaa/#frame
参考文献
赤坂憲雄 (2019) 『ナウシカ考—風の谷の黙示録—』岩波書店.
稲葉振一郎 (1996) 『ナウシカ読解 ユートピアの臨界』窓社.
稲葉振一郎 (2019) 『ナウシカ読解【増補版】』勁草書房.
叶 精作 (2006) 『宮崎駿全書』フィルムアート社.
切通理作 (2001) 『宮崎駿の〈世界〉』ちくま新書.
金水 敏 (2017) 「第11章 言語—日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く』pp. 239-262, ミネルヴァ書房.
斎藤 環 (2000) 『戦闘美少女の精神分析』太田出版(ちくま文庫より再刊, 2006).
スタジオジブリ・文春文庫 (2013) 『文春ジブリ文庫 ジブリの教科書1 風の谷のナウシカ』文藝春秋.
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- 2021年11月09日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 5. 『ルパン三世カリオストロの城』(その2) 金水 敏(大阪大学)』
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5. セリフ分析・男性キャラクター
5.1 ルパン三世
声優:山田康雄
男ことばのヴァリエーションであるが、下町風のあまり品格の高くない話し方である。一人称は基本的に「おれ」、時に「わたし」を使うこともある。「〜ぜ」「〜さ」「〜とよ」といった終助詞がしばしば現れる。
「〜ちまう」「やっか(やるか)」「〜ねえ」「〜ってんだ」「〜やがる」「みな(よ)」「〜くんない」「直らあな」等のなまった語形がしばしば現れる。「ちょっくらご免よ」「とっつぁん」「しっぽ巻いて逃げ出す」のような下町風の古くさい表現も見える。
一方で、深刻な話しをするときの固い話し方、クラリスに話しかけるときの柔らかく丁寧な話し方、食堂の娘や不二子に話しかける時の下卑た女ったらし風の話し方(女ことばが交じる)、厳しい場面に見せるふざけた軽い調子の話し方等、話し相手やシチュエーションによって多彩なスタイルを繰り出し、全体として「ルパン調」とでも言うべき独特の雰囲気を醸し出す。
(1) 摂政カリオストロ伯爵の城だ あそこ見ろよ。水道橋のむこう。あそこに水門があるんだ。昔のまんまだぜ(チャプター5)→次元に
(2) 10年以上前の話さ。ゴート札の謎を解こうってな。まだ駆け出しのチンピラだった。それがコテンコテン。しっぽ巻いてよ、逃げちゃった(チャプター5)→次元
(3) 銭形だ。さすが昭和ひとケタ、仕事熱心だこと(チャプター7)→次元・五ェ門
(4) 私の獲物は、悪い魔法使いが高い塔のてっぺんにしまい込んだ宝物……。どうかこのドロボーめに盗まれてやって下さい(チャプター10)→クラリスに。塔に潜入して救出するシーン。
(5) とっつあん、どうする? 見ちまった以上、後戻りは出来ねえぜ(チャプター12)→銭形に。ニセ札工場で。
(6) あらーっ、不二子ちゃん。あっ! ニセ札の原版じゃないのよ!(チャプター20)→峰不二子に。
(7) わっ、わっ、お友達になりたいわぁ! あららら、ちょっとお待ちなさいってば。いけね、またとっつあんだぁ!(チャプター20)→同上。
5.2 次元大介
声優:小林清志
ぞんざいでぶっきらぼうな男ことば。丁寧体は使用しないが、村人に変装している時など、借り物スタイルとして田舎言葉を使っている。基本的にはマッチョでハードボイルドな雰囲気の人物だが、仲間に対する温かみが混じる。
一人称は「おれ」。二人称に「おまえ」「おめえ」など。文末には「ぜ」「ぞ」「わ(下降調)」など。「よお」「ルパンよ−」という呼びかけをよく用いる。
「〜ねえ」(打ち消し)「〜やがる」などの助動詞・補助動詞、「めっかった」「びっくらこいた」など品位の低い表現が目立つ。
(8) ヒェーッ、びっくらこいたぜ。面白くなってきやがった!(チャプター6)
(9) バカヤロー、そんなに慌てて食うなよ。胃が受けつけねえぞ(チャプター15)
(10) ほーら言わんこっちゃねえや! 洗面器か?(チャプター15)
5.3 石川五ェ門
声優:井上真樹夫
男ことばだが、武士言葉が混じる。言葉数が少なく、喜怒哀楽をほとんど表現しない。なお、原作漫画では石川五ェ門は次元大介とあまり変わらない話し方をしている。無口な武士言葉になったのはテレビ・アニメからの特徴付けらしい。
下記のセリフでは「〜とやら」「行かれよ」「今宵」「つまらぬ」「ご老体」「無益な殺生」等が武士言葉の要素と言える。
(11) その指輪とやらに、何かあるのか?(チャプター7)
(12) さっ、行かれよ(チャプター17)
(13) 今宵の斬鉄剣は一味違うぞ!(チャプター18)
(14) またつまらぬ物を斬ってしまった……(チャプター14)
(15) ご老体はクラリス殿と深い関わりがあるようだが(チャプター15)
(16) 可憐だ……(チャプター17)※女嫌いのキャラクターであるが、クラリスを間近に見て思わず漏らしたセリフ。
(17) 無益な殺生はせぬ(チャプター19)
5.4 銭形警部
声優:納谷悟朗
男ことばだが、職務に就いているときの言葉と素の状態の言葉に差がある。前者では「おれ」を用い、かなりぞんざいな話し方、後者では「わたし」を用い、警察・軍隊的な固い口調となる。また目上に話すとき、部下に話すとき、ルパンに話すときでスタイルが大きく変わる。
怒声で喋るシーンが多い。「ぞ」を多く用い、「〜ですぞ」というおじさん口調も用いる。打ち消しにしばしば「〜ん」を用いる(素の口調では「〜ねえ」も)。「〜おる」も出てくる。
(18) 閣下! ルパンを侮ってはなりませんぞ(チャプター7)→カリオストロ伯爵に。
(19) おのれ、神妙にしろ!(チャプター11)→ルパンに。
(20) 教えろ! 出口はどこだ どこから入って来たんだ!(チャプター11)→ルパンに。
(21) うるせーっ。盗人の 情けは受けねえ!(チャプター11)→ルパンに。
(22) わかっておる。警察官の血がうずくわ(チャプター12)→ルパンに。
(23) よかろう。だが 盗人の手助けはせんぞ(チャプター12)→ルパンに。
(24) いや、奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です(チャプター20)→クラリスに。有名な決めぜりふ。
5.5 カリオストロ伯爵
声優:石田太郎
貴族としての品位を保ちつつ、基本的にすべての人物を見下した物言いをする。
一人称は「わたし」だが本性を現したときには「おれ」も出てくる。二人称は「お前」「きさま」など。
打ち消しに「〜ん」と「〜ない」を併用。「ルパンめ」という表現をよく用いる。
「待とうではないか」「その者ども」「おのれ」「愚かなり」といった古風な表現が出る。「〜がね」「〜かね」というおじさん口調もでる。
「ワハハハ」などよく笑い、「ヒヒヒヒ」という悪人笑いも出る。
(25) いい出来ではないな。このところ、質が落ちていくばかりではないか(チャプター6)→ニセ札作りの職人に。
(26) やり直せ! 納期も遅らせてはならん(チャプター6)→同上。
(27) この国にも警察があってね。もっとも、より優雅に衛士と呼んでいるがね(チャプター7)→銭形に。
(28) そうとも……俺の手は血まみれだ。わが伯爵家は代々、お前たち大公家の影として謀略と暗殺を司り、国を支えてきたのだ。それを知らんとは言わさんぞ(チャプター10)→クラリスに。
(29) 騒ぐな! ネズミめ、現れおったな(チャプター17)→部下およびルパンに。
(30) ハハハハ! 愚かなりルパン(チャプター17)→ルパンに。
(31) ヒヒヒ……どこまで行くのかな、クラリス? そらそら、どうした。もう逃げないのか、ん?(チャプター18)→クラリスを追い詰めながら。
5.6 ジョドー
声優:永井一郎
伯爵に対しては最丁寧体で「〜ございます」「〜おります」を用いる。打ち消しには「〜ん」。衛士や敵方に対しては尊大な「〜おる」をよく用いる。
「一生の不覚」「生ける者」など古風な言葉も用い、あくまで執事としての品位を保ち続ける。
(32) ハイ、二人連れの男が逃亡を手助けしたとのことでございます(チャプター6)→伯爵に。
(33) このジョドー、一生の不覚です。ネズミめをとり逃がしました(チャプター7)→伯爵に。
(34) バカめ! さっさと帰ればよいものを(チャプター9)→銭形が落とし穴に落ちたのを見て、独り言的に。
(35) わからんのか! まんまとルパンに乗せられおって(チャプター9)→部下に。
(36) あそこは生ける者のおもむく所ではありません(チャプター11)→伯爵に。
5.7 大公家・元庭師の老人
声優:宮内幸平(『アルプスの少女ハイジ』の「アルムおんじ」と同じ。容姿も似ている)
老人語と言える。一人称は「わし」。断定は「〜じゃ」「〜だ」を併用。打ち消しには「〜ぬ」「〜ない」を用いる。
「お前さん」「御仁」のような古い言葉づかいもある。
(37) お前さん、どうしてその犬の名を知ってるんじゃ(チャプター15)
(38) カールという名は、わしの他はもうクラリス様しか知らないはずだ(チャプター15)
(39) この御仁は、なぜ犬の名を知っていたのじゃろう?(チャプター15)
(40) 誰にもなつかぬ老犬が、あの男からは離れようとせぬ(チャプター15)
6. セリフ分析・女性キャラクター
6.1 クラリス
声優:島本須美
姫君にふさわしい、品位の高い女ことばを用いる。一人称「わたし」。ルパンに対して「ドロボーさん」「おじさま」などと呼びかける。「〜んです」ではなく「〜のです」という御姫様口調。
終始優しい話し口だが、伯爵に対しては時折強い口調であらがう。一方で、ルパンに甘える口調が印象に残る。
(41) 私に何か差し上げられる物があれば よいのですが……今は虜の身で(チャプター10)
(42) ありがとう……とてもうれしいの(チャプター10)
(43) でも、あなたはカリオストロ家の恐ろしさをご存知ないのです(チャプター10)
(44) やめて! その人を傷つけてはいけません!(チャプター10)
(45) 行ってしまうの……? 私も連れてって。ドロボーはまだ出来ないけど、きっと覚えます(チャプター20)→ルパンとの別れのシーン。口調が変化している。
6.2 峰不二子
声優:増山江威子
女ことばだが、丁寧体は用いず、言いさし表現が多いが、下品ではない。「〜の」「〜(だ)わ」を多く用いる。
テレビのレポーターに化けている時はアナウンサー口調。
自分の性的魅力に強いプライドを持っているキャラクターである。
(46) もうこんな所まで来ちゃったの?(チャプター9)→(46-48)ルパンに。
(47) ルパン、探してるのは花嫁さんの居所でしょ?(チャプター9)
(48) 教えてあげてもいいいけど、私の仕事の邪魔しない?(チャプター9)
(49) うんざりするほどね(チャプター12)→以下、クラリスに。
(50) 時には味方、時には敵。恋人だったこともあったかな(チャプター12)
(51) 彼 生まれつきの女たらしよ。気をつけてね(チャプター12)
(52) まさか……捨てたの(チャプター12)
2.3 食堂の娘
声優:山岡葉子
モブキャラだが、重要な情報を伝える役割を持つ。女ことばだが、客(ルパン・次元)に対しても丁寧語を使わない、庶民的な女性の話し方である。彼女が働く食堂が大衆的な店であることをよく示す話しぶりである。
(53) おまちどうさま(チャプター6)
(54) ずいぶん熱心ね。何見てるの?(チャプター6)
(55) まあっ! きれいね。これ、クラリス様の紋章よ。ほら、あの方。あそこの写真(チャプター6)
(56) きのう修道院から戻られたの。きっと素敵におなりだわ(チャプター6)
(57) あら、知らないの? お客さんたちも、クラリス様と伯爵様の結婚式を―見に来たのかと思ったわ(チャプター6)
(58) でも、クラリス様かわいそう。伯爵ってね、有名な女たらしなのよ(チャプター6)
(59) キャッ、いやだー。ハハハ(チャプター6)→ルパンにふざけて迫られた時の反応。
(この項終わり)
参照資料:
DVD『ルパン三世カリオストロの城』(販売元: ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社、ASIN: B00J7HBW1I)
参考文献
叶 精作 (2006) 『宮崎駿全書』フィルムアート社.
金水 敏 (2017) 「第11章 言語—日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く—「好き」を学問にする方法—』pp. 239-262, ミネルヴァ書房.
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- 2021年11月02日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 4. 『ルパン三世カリオストロの城』(その1) 金水 敏(大阪大学)』
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1. 作品概要
今回から、個別の作品について役割語の観点から分析を進めていく。第1回目は『ルパン三世カリオストロの城』である。本作品の製作・上映情報は下記の通りである。
監督:宮崎 駿
原作:モンキー・パンチ(『WEEKLY漫画アクション』連載/双葉社刊)
制作:東京ムービー新社
脚本:宮崎 駿・山崎晴哉
作画監督:大塚康生
音楽:大野雄二
配給:東宝(1979年〜1980年)
本作品は、宮崎駿氏の劇場長編アニメの初監督作品であるが、スタジオジブリ発足以前に製作されており、その意味では「ジブリ・アニメ」とは言えない。ただし今日では、宮崎監督の記念すべき劇場長編アニメ第1作ということで、ジブリ・アニメに準じて扱われることが多い(日本テレビ系列「金曜ロードショー」での放映など)。
この作品の公開当時、宮崎駿氏はテレビ・アニメや劇場アニメの製作スタッフ(原画、絵コンテ、キャラクター・デザイン、構成等)として業界内では知られていたが、日本社会の中ではほぼ無名に等しい存在であり、今日のような国民的アニメ作家の位置づけからはほど遠かった。この『ルパン三世カリオストロの城』は、並行して製作されていた「ルパン三世」のテレビ・アニメ・シリーズ(第2シリーズ)の延長として製作・公開されたもので、社会での注目度は決して大きくなかったのである。むしろ興行的には不振作というべきであり(その原因は、原作「ルパン三世」とのタッチの違いや、アニメ・ファン層が未成熟であったことなど、さまざまな点に求められるだろう)、そのため、宮崎氏はしばらくの間、劇場長編アニメを製作することができなくなったと言われる。しかし今日では、ビデオ・DVDの販売やテレビ放映等を契機として、知名度と評価が高まり、宮崎駿作品の中でも人気作といって差し支えない地位を勝ち得ている。
2. 「ルパン三世」について
原作マンガは、モンキー・パンチ氏によって1967年から1969年、『WEEKLY漫画アクション』(双葉社)に連載されていた。それまでの泥臭い劇画とは一線を画する洗練された作画のタッチとストーリー展開で人気を得た。基本的には、怪盗ルパン三世と仲間たち(次元大介、石川五ェ門)による神出鬼没の泥棒稼業と、銭形刑事(「銭形平次」のもじり)との追っかけっこを軸としたコメディである。また青年誌での連載ということもあり、ルパンと峰不二子との絡みを中心に、セクシーな場面もふんだんに盛り込まれていた。
雑誌連載での人気を受けて、テレビ・アニメ・シリーズが1971年から2018年まで、5シリーズが放送され、さらにアニメ化50周年を記念して、日本テレビ系列で2021年10月から第6シリーズが始まった。劇場用アニメ映画は1978年以降、12作ほど作られている。実写映画化は1974年と2014年、舞台化は1998年と2015年にあった(後者は宝塚歌劇・雪組公演である)。その他、小説、ゲーム、パチスロ等への展開もある。テレビ・アニメ・シリーズでは、原作の持つセクシーな表現や不道徳的な要素はかなり押さえられ、ファミリー向けのエンターテインメント作品として親しまれた。
宮崎駿氏は、テレビ・アニメの第1シリーズにおいて第4話以降の演出を高畑勲氏と共同で行っており、また第9話以降の9回において原画を担当している。また第2シリーズの第145話「死の翼アルバトロス」と第155話(シリーズ最終回)「さらば愛しきルパン」では脚本、絵コンテ、演出を担当している。この第2シリーズの2回は、映画『ルパン三世カリオストロの城』以降に作られており、飛行艇や空飛ぶロボットなど、宮崎駿的なモチーフがふんだんに取り入れられており、後の劇場長編アニメとの関連が指摘できる(以上、主としてWikipedia「ルパン三世」を参照した)。
3. 『ルパン三世カリオストロの城』のキャラクター
『ルパン三世カリオストロの城』原作マンガやテレビ・シリーズから主要キャラクターのみ借りた、完全オリジナル作品と考えてよい。従って、原作マンガおよびテレビ・シリーズに共通するレギュラー・メンバーに加えて、映画版オリジナルのキャラクターが付け加えられている。レギュラー・メンバーの説明を簡単にしておこう。
ルパン三世: グループのリーダー格。変装の名人。盗みにかけては天才的な腕とアイディアを発揮する。仲間思いで信頼も篤いが、時におふざけが過ぎ、女(特に峰不二子)にめっぽう弱いのがタマに傷である。
次元大介: ルパンの右腕で、強い信頼と友情で結ばれている。銃の名人。クールでダンディで、ハードボイルドのテイストを漂わせる。
石川五ェ門: 剣の達人。「斬鉄剣」で何でも真っ二つにしてしまう。寡黙で沈着冷静。ルパンと違って、女嫌いであるらしい。多くを語らないが、ルパンを強く信頼している。
峰不二子: 謎の女盗賊。かつてはルパンの恋人であったが、お色気を武器に、ルパンを手玉にとって利用し、獲物を横からかっさらっていく。巧妙に立ち回り、常に自分の利益と安全を最優先に考えている。
銭形警部: 執拗にルパンを追いかけるが、すんでのところでいつも逃げられる。正義感に篤く、直情径行で、時に上司とぶつかることもある。本作では、刑事から警部に昇進している。
次に、本作のオリジナル・キャラクターを紹介しよう。
カリオストロ伯爵: カリオストロ公国において、大公家と並ぶ古い家柄であるが、大公家が表向きの日の当たる活動を主に担ってきたのに対し、伯爵家はもっぱら裏世界を支配してきた。城の地下にニセ札工場を持ち、その精巧な仕上がりから「ゴート札」と呼ばれて恐れられ、世界の経済に多大な影響を与えてきた。無慈悲で残忍なうえ、好色家として知られている。大公家に伝わる、ローマ帝国の財宝の秘密につながる指輪を狙って、大公家の娘であるクラリスと政略結婚をもくろんでいる。
ジョドー: カリオストロ伯爵に使える忠実な執事。表向きの顔以外に、刺客団を統率する暗殺者としての顔を持つ。
グスタフ: カリオストロ公国の衛士長。ルパンを追って城にやってきた銭形警部に対して、終始敵対的な態度を取る。
クラリス: 大公家の一人娘であるが、大公夫婦は既に亡くなり、修道院に入っていたところを、カリオストロ伯爵に呼び戻されて結婚させられようとしている。花嫁衣装の試着中に車を奪って逃げ出し、伯爵の家来に追われていたところをルパンに助けられたが、結局カリオストロ伯爵の城に拉致・監禁される。清楚・可憐で上品な姫君であるが、身を挺してルパンを助けようとするシーンなどでは、芯の強さを見せる。
元大公家の庭番: 大公家の屋敷跡に住む老人。突然訪れたルパン一行を怪しむがクラリスを助けようとする真意を知って、協力する。
カール: 大公家に飼われていた犬。他人には容易になつかないが、ルパンの前ではなぜか大人しくなったので、庭番が不思議がる。
連載第1回で示した登場人物の三分類でいうと、ルパンはクラス1である。またクラリスも内面が詳しく描写され、また物語ないで大きく成長する点で、クラス1に近い人物と位置付けられる。上記の人物中、ルパンとクラリスを除いて、クラス2の人物である。あと、カリオストロの国民、伯爵の兵士、衛士たち、インターポールの幹部等、名前のないモブキャラも多数登場するが、すべてクラス3の人物である。
4. 『ルパン三世カリオストロの城』のストーリー構成
"起承転結"の四分割構造に沿って、本作品のストーリーを示しておこう(ネタバレを含む)*1。 場所は、DVDのチャプターで指示する。
【起】
1. ルパンと次元、某国国営カジノで大金を盗むが、「ゴート札」と言われる精巧なニセ札であると気づき、すべて捨てる。(チャプター1)
2. ルパンと次元は変装してカリオストロ公国に潜入する。その後、ウェディング姿の女性を追いかける車を目撃し、カーチェイスの後、女性を助ける。(チャプター3)
3. 水雷艇に追われた女性は指輪をルパンに残して立ち去り、追っ手に拉致される。ルパン、指輪を見てあることに気づく。(チャプター4)
【承】
4. ルパンは、時計塔に連なる屋敷を訪れる。そこは大公家の屋敷であったが8年前に焼失していた。屋敷跡を守る庭師の老人は二人の来訪を不審に思う。(チャプター4)
5. 大公家屋敷の前には湖があり、時計塔から伸びる水道橋の先に摂政カリオストロ伯爵の城があった。水雷艇がその城に入っていき、花嫁が城に幽閉されたことを二人は知る。カリオストロ伯爵を載せたオートジャイロも城に到着する。ルパンは、10年前にこの城に潜り込んだことがあることを次元に明かす。ルパンと次元は、城下町に宿を探しに行く。(チャプター5)
6. 城で、カリオストロ伯爵は執事のジョドーから花嫁が逃げ出し、外国人に邪魔をされたが再び拉致したことを告げる。しかし指輪が消えたことに伯爵は気づく。(チャプター5)
7. 城下町の酒場で食事をしながら、指輪を調べる二人。指輪には古いゴート文字で「光と影 再び一つとなりて蘇らん」とあることを知る。酒場の給仕の娘から、指輪の紋章が大公家のクラリスのものであることを教えられ、またカリオストロ伯爵と、修道院から戻ったクラリスが結婚することを知る。(チャプター6)
8. 宿屋で、次元がルパンの真意を測りかねているところに怪しげな集団が二人を急襲する。二人は這々の体で脱出する。(チャプター6)
9. カリオストロ伯爵がニセ札の作製について技師に指示を出しているところに、ルパン殺害に失敗したジョドーが戻る。ジョドーの背中にはルパンの花嫁奪還の予告状が貼ってあった。(チャプター6)
10. 旧大公の屋敷を根城とするルパンと次元のもとに、五ェ門も合流する。さらに、カリオストロ伯爵の城に日本からインターポールに派遣された銭形警部も到着した。(チャプター7)
11. カリオストロ伯爵が朝食を摂っているところに銭形警部がルパン警備を申し出る。伯爵は衛士隊長のグスタフに協力を命じる。伯爵は、早々に警部を追い返す算段である。(チャプター7、②7-29)
12. ルパン、次元、五ェ門で城への侵入作戦を練る。銭形を呼んだのもルパンの作戦と分かる。(チャプター7〜8)
13. ルパンと次元は水道橋からの侵入を開始する。次元とルパンははぐれて、ルパンは城の機関部に入り込む。 銭形警部は水の出口が怪しいと駆けつけるが、インターポール本部から帰還命令が下る。ルパンは銭形警部に化けて、城への侵入に成功する。ルパンの変装に気づいた銭形警部はルパンを追うが、落とし穴にはまって地下牢に落ちてしまう。(チャプター8)
14. ルパンは、クラリス付きの召使いとして入り込んでいた峰不二子からクラリスが北の塔のてっぺんにいることを聞き出す。ルパンはトラブルに見舞われながらもクラリスの部屋にたどり着く(チャプター9)
15. ルパンはクラリスに自分はドロボーですと告げ、自分に盗まれてやってほしいと頼む。(チャプター10)
16. ルパンの侵入に気づいたカリオストロ伯爵はルパンが持ってきた指輪を奪い、ルパンを地下牢へ落とす。伯爵はクラリスに、指輪の秘密を語り、光と影に別れていた二つのカリオストロ家が一つになることで財宝を得るという野望を語る。(チャプター11)
17. ルパンが持ってきた指輪は偽物で、落とし穴の途中からルパンは指輪を操作し、カリオストロ伯爵に本物の指輪は自分が持っているから姫に指一本触るなと告げる。伯爵はルパンを地下牢へ落とし、ジョドーに指輪を奪いに行くよう命ずる。(チャプター11)
18. ルパンは地下牢で銭形警部と出会い、城の秘密の一端を告げ、とりあえず寝ることにする。大公家の根城では、次元と五ェ門が寒さに震えながら城の動きを見守っている。(チャプター11)
19. ジョドーと家来は地下牢で寝ていたルパンと銭形警部を襲うが、二人は逆にジョドーを閉じ込めて牢の外へと脱出する。そこはゴート札の秘密の印刷所であった。ルパンは、歴史の節目節目にゴート札が暗躍していたことを語る。ルパンと銭形はとりあえず休戦を約束する。(チャプター11〜12)
20. 不二子はクラリスに自分の正体を明かし、城を脱出すると告げる。その時、地下から煙が上がってくる。(チャプター12)
21. 城外の次元と五ェ門も煙を目撃する。伯爵らも異変に気づき、ルパンを捕らえようとする。ルパンはオートジャイロを盗んで銭形とともに塔に向かう。(チャプター13)
22. クラリスを脱出させようとしたとき、伯爵らの銃に撃たれ、塔の屋根の上で傷を負う。クラリスはルパンを助けることを条件にルパンの隠していた指輪を取り出し、伯爵に渡す。ルパンは危機一髪で銭形の操作するオートジャイロに救われるが、オートジャイロは銃撃で炎上して墜落する。峰不二子はカイトで脱出、銭形とルパンも一命を取り留め、別れ別れとなる。(チャプター14)
【転】
23. インターポール本部で銭形は各国代表幹部にカリオストロ城の秘密を訴えるが、幹部たちは政治的な理由で出動を拒み、逆に銭形警部に帰国を命じる。(チャプター14)
24. ルパンは深い傷を負って、大公家の庭番の老人宅にかくまわれている。ルパンは目覚めて一時的に意識が混濁するが、クラリスという名を聞いて覚醒し、結婚式が間近であることを知る。ルパンは老人に食料を持ってこさせ、むさぼり食べて眠りに就く。(チャプター14〜15)
25. 老人は次元と五ェ門にクラリスの境遇を語る。目覚めたルパンは、10年以上前にカリオストロ城に忍び込んだときに傷を負い、クラリスに助けられたことを打ち明ける。その時、不二子の単車が近づいてきて「明朝、結婚式のためにバチカンから、大司教がやってくる」という新聞の切り抜きを投げ込む。(チャプター15)
26. ふてくされていた銭形のもとに不二子から電話がかかってき、ルパンが結婚式を襲うと教える。(チャプター15)
27. 城へと続く田舎道は、結婚式を見ようとする人々の車で大渋滞を起こしていた。大司教の車も立ち往生していたが、そこに次元が変装して近づき、大司教を拉致する。銭形らも部下の警官たちとともに城に向かっていた。(チャプター16)
28. 大司教が城に到着し、結婚式が始まる。クラリスは薬で口がきけないようにされている。結婚の儀式が成立しようとするとき、場内にルパンの「異議あり」という声が響き渡る。(チャプター16〜17)
29. 教会にルパンの幽霊が現れ、大混乱となる。放送クルーに化けた峰不二子が世界にこの模様を中継する。伯爵らはルパンを取り押さえようとするが、それは人形であり、本物のルパンは大司教に化けていた。式場内にニセ札をまき散らして混乱している隙に、ルパンは指輪を伯爵から奪い取る。(チャプター17)
30. 銭形警部は警官隊とともに式場に乱入し、ルパン追跡という名目で地下室のニセ札工場に突入、その模様が峰不二子によって世界に放送される。(チャプター17)
31. ルパン一行は城外に逃れる。次元と五ェ門が追っ手を食い止めている間に、ルパンとクラリスは指輪を持って時計塔に急ぐ。(チャプター17)
【結】
32. 時計塔に昇っていくルパンとクラリスを追って、伯爵らが水雷艇で時計塔に乗り付け、昇ってくる。クラリスは伯爵の手に落ちてしまう。(チャプター18)
33. クラリスは伯爵に殺されそうになるが、ルパンは指輪の秘密を伯爵につたえ、指輪と引き替えにクラリスを解放するよう伝える。(チャプター19)
34. 伯爵によって湖に突き落とされたクラリスをルパンは抱き留め、ともに湖に落ちる。伯爵が指輪を時計盤の窪みにはめ込むと時計の針が動き出して伯爵は挟まれてしまう。時計塔は崩れて湖の水があふれ出し、城を沈めていく。(チャプター19)
35. クラリスを助け出したルパンがそこに見たものは、水の底に沈められていた古代ローマの遺跡であった。これこそがカリオストロ家に受けつがれた宝であった。(チャプター19)
36. 翌朝、ようやくインターポールが捜査隊の落下傘部隊をカリオストロ城に投下し始めた。その様子をクラリスとともに眺めるルパン。クラリスは自分も連れて行ってと頼むが、ルパンは断って去って行く。ルパンを追ってきた銭形警部は、「ルパンはあなたの心を盗んだ」とクラリスに告げる。(チャプター20)
37. 不二子が現れ、混乱に乗じて盗んだニセ札の原版をルパンに見せる。不二子を追おうとしたルパンをさらに銭形警部が追いかけてくる。(チャプター20)
(以下、次回に続く)
参照資料:
DVD『ルパン三世カリオストロの城』(販売元 : ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社、ASIN: B00J7HBW1I)
参考文献
叶 精作 (2006) 『宮崎駿全書』フィルムアート社.
金水 敏 (2017) 「第11章 言語-日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く-「好き」を学問にする方法-』pp. 239-262, ミネルヴァ書房.
*1 四分割構造については、叶 (2006) および金水 (2017)を参照。
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- 2021年10月26日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 3. 「老人語」「幼児語」「時代語」その他 金水 敏(大阪大学)』
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5. 老人語・おじさん語・おばあさん語
5.1 典型的な老人語の指標
老人の表現として、「わし」「おる(〜とる)」「じゃ」「ぬ・ん(打ち消し)」「〜のお」「〜わい」等がある(金水 2003; 2014)。代表的な老人キャラクターと、用語の一覧を示す。(表1)
「じゃ」専用に見えるキャラクターは大ババ(ナウシカ)のみで、あとは「だ」と併用するか、「だ」併用のキャラクターもいる(ユパ(ナウシカ))。「おる」「〜ぬ(ん)」にも、対立する「いる」「〜ない」との併用が見られるので、用語が絶対的に統一されていることは少ないことが分かる。老人語的な要素は、表現のアクセントとして要所要所で使われているということであろう。
(201) この犬をわしに託されたのじゃ(元庭番/ルパン三世)
(202) おや、ナウシカは知らなかったのかい? ほれ、あの壁の旗にあるじゃろう。わしにはもう見えぬが、左の隅にいるお方じゃよ(大ババ/ナウシカ)
(203) ここは海から吹く風様に守られておるからのう。腐海の毒も谷へは届かぬ(大ババ/ナウシカ)
(204) この手を見てくだされ。ジル様と同じ病じゃ。あと半年もすれば石と同じになっちまう。じゃが、わしらの姫様はこの手を好きだと言うてくれる。働き者の綺麗な手だと言うてくれましたわい(ゴル(城オジ)/ナウシカ)
5.2 「〜です/ますぞ」「〜です/ますな」
「〜です/ます」に「ぞ」や「な」が連続した形式は、やや年輩の男性を思わせるので、〈おじさん語〉の要素と呼ばれることがある。時代語のニュアンスもある。
(205) 出動命令を下さい! これほど 明白な証拠があるのですぞ!(銭形/ルパン三世)
(206) 何にしても困ったもんですな 陰謀です これは(インターポール幹部/ルパン三世)
(207) ええい、行きますぞ!(ゴル/ナウシカ)
(208) 船が来ますぞ、おはやく! エボシさまおたのみます! わたしらもたたかいますゆえ!(鉄砲職人/もののけ)
(209) アシタカは村を守り乙女らを守ったのですぞ。ただ死を待つしかないというのは……(エミシの長老/もののけ)
5.3 おばあさん語
おばあさんの中でも大ババ(ナウシカ)のような超高齢のおばあさんは、男性と同じような老人語を話すが、ドーラ(ラピュタ)、湯婆婆・銭婆(千と千尋)のような、比較的活動的なおばあさんは、「わし〜じゃ」ではなく「あたし〜だ(よ)」のような話し方をする(金水他 (2011) の、三好担当部分)。
(210) だてに女を50年やってるんじゃないよ。泣かせるじゃないか、男を助けるためのつれないしぐさ。あたしの若い頃にそっくりだよ!(ドーラ/ラピュタ)
(211) 欲にかられてとんでもない客を引き入れたもんだよ。あたしが行くまでよけいなことをすんじゃないよ!(湯婆婆/千と千尋)
6. 幼児語、子どもことば
6.1 役割語としての幼児語
岡﨑・南 (2011) によれば、幼児語の役割語には次のような特徴が見られるとする。
* オノマトペの多用(例「ぽんぽん」「わんわ」「メーメー」)
* その他、特有の語彙(例「ねんね」「おんも」「おしっこ」)
* 接頭語・接尾語(例「おくち」「ごほん」「ねこちゃん」)
* 音声の省略(例「がっこ」「うさちゃん」)
* 音声の置換(例「ちゅばき」「アーメちゅくてっ」(=ラーメン作って))
* 音声の付加・倒置(例「とうもころし」)
* 助詞の脱落(例「いい子φしてたの」「セイくんφへいきだよ」
今回の作品の範囲では、マッジ(ラピュタ)、坊(千と千尋)という幼児が登場する。発話の多い坊に注目すると、「おんも」という幼児語彙や、「おあそび」という接頭語の適用、「病気φうつしにきたんだな」という助詞の省略が見られる。他の作品では、『となりのトトロ』のメイの発話に「お父さん、道φまちがえちゃったんだよ」「トウモコロシ」といった発話が見られる。また『崖の上のポニョ』のポニョにも、「ポニョ、そうすけφ好き!」といった発話がある。
6.2 名前による自称
幼児はしばしば、1人称代名詞の代わりに、自分の名前を用いる。これは外国語でもしばしば見られる現象である。今回の作品では、坊が自分のことを「坊」と呼んでいる。
(212) おんもは体にわるいんだぞ。ここにいて坊とおあそびしろ(坊/千と千尋)
メイ(トトロ)、ポニョ(ポニョ)も自分のことを名前で呼ぶ。
(213) メイ、こわくないもん(メイ/トトロ)
6.3 「〜もん」
幼児も含めた、子どもキャラが用いる終助詞として、「〜もん」がある。(13) に見るように、メイ(トトロ)も使っている。
(214) ダメよ 間に合わなくなっちゃうもん(キキ/宅急便)
(215) あたしのは仕事だもん 楽しいばかりじゃないわ(キキ/宅急便)
(216) 私、もう取られかけてた。千になりかけてたもん(千/千と千尋)
(217) ハクがそんなことしっこない! 優しい人だもん!(千/千と千尋)
6.4 「〜ちゃう」
子どもっぽい発話に発話に「〜ちゃう」が用いられるが、家族や親しい友人相手など、親密な場でよく用いられる。ルパンはふざけて、真剣な場面でわざとこの表現を用いたりする。
(218) 聞いちゃった 聞いちゃった! お宝目当ての結婚式!(ルパン/ルパン三世)
(219) メチャクチャになっちゃうから もう帰るの(峰不二子/ルパン三世)
(220) セラミック刀が欠けちゃった(ナウシカ/ナウシカ)
(221) 体液が出ちゃう!(ナウシカ/ナウシカ)
(222) 何があったか知らねえが、可愛くなっちゃってまあ(クロトワ/クロトワ)
(223) 心配してたんだよ。あれっきり、姿が見えなくなっちゃって...(おかみさん/ラピュタ)
(224) 消えちゃった... (シータ/ラピュタ)
(225) 道に、迷っちゃったんだ(パズー/ラピュタ)
(226) それに...っえ、今逃げ出したら、ずぅっと追われることになっちゃうもの(パズー/ラピュタ)
(227) いっちゃったよ(シャルル/ラピュタ)
(228) どーこ行っちゃったのかなぁ...じっちゃぁん、じっちゃん! (ルイ/ラピュタ)
(229) ドーラァ! エンジンが燃えちゃうよ!(ハラ・モトロ/ラピュタ)
(230) 自分から来ちゃったよ(ウルスラ/宅急便)
(231) すっかり友達になっちゃったんだ(ウルスラ/宅急便)
(232) いつの間にこんなに大きくなっちゃったんだろう(オキノ=キキの父/宅急便)
(233) 驚いちゃったよ あんた空飛べるんだねぇ(おソノ/宅急便)
(234) 魔法が消えちゃったわけ?(おソノ/宅急便)
(235) 約束の時間に遅れちゃうわ(キキ/宅急便)
(2236) どうしよう パーティーの招待状 もらっちゃった(キキ/宅急便)
(237) もう夕方になっちゃうね……(ジジ/宅急便)
(238) 何か食べようよ ぼくお腹へっちゃった (ジジ/宅急便)
(239) 急に仕事が入って…いけなくなっちゃったのよ(マキ/宅急便)
(240) おかしいのよ ジェフったら猫のヌイグルミがすっかり気に入っちゃって離さないの(ケットの母親/宅急便)
(241) いけない 人間を食べても人間の力は手に入らない。あなたたちの血がけがれるだけだ 猩々じゃなくなっちゃう(サン/もののけ)
(242) エーー あした行っちゃうの? もっといればいいのに ここで働きなよ(タタラ場の女/もののけ)
(243) うっ……くっ……おとうさんおかあさん、きっと助けてあげるから、あんまり太っちゃだめだよ、食べられちゃうからね!(千/千と千尋)
(244) 釜爺がもう火を焚いてる。そんなに寝ちゃったのかな……(千/千と千尋)
(245) ……すいません。あのハンコに付いてた変な虫、あたしが踏みつぶしちゃいました!(千/千と千尋)
(246) ごめん、私 息しちゃった……(千尋/千と千尋)
(247) あれだ。一本下の道を来ちゃったんだな。……このまま行っていけるのかな(父/千と千尋)
(428) やめてよ、そうやっていつも迷っちゃうんだから(母/千と千尋)
(249) 引越センターのトラックが来ちゃうわよ(母/千と千尋)
(250) 坊とあそばないとないちゃうぞ……ぅええ~~……(坊/千と千尋)
6.5 その他
子どもの発話に独特の「〜よーだ」という形式が見える。
(251) そんな事になりませんよーだ(キキ/宅急便)
6.6 敬語の不使用
子どもは一般的に、尊敬語・丁寧語等の敬語を使用することが少ないが、パズー(ラピュタ)、シータ(ラピュタ)、千(千尋)は大人相手に敬語を使用することが少ないのは、子どもらしさの表れかと思われる。
(252) 石だけじゃダメだ! あの石はシータが持たないと働かないんだ!……おばさん、ぼくを仲間に入れてくれないか?!……シータを……助けたいんだ(パズー/ラピュタ)
(253) あら! おばさまも女よ。それにあたし、山育ちで眼はいいの(シータ/ラピュタ)
(254) あの……それ、そんなにいらない。だめよ。ひとつでいいの(千/千と千尋)
(255) おばあちゃん!……ありがとう、私行くね(千/千と千尋)
7. 品位、格等
7.1 低品位の話し方
定延 (2011; 2020) では、発話キャラクタを「性」「年」「品」「格」の四つの観点から分類・分析することを提案している。ここでは、話し手の品位が表れる言語形式を見てみよう。まず品位の低い話し手の用いる表現として、「おれ」、「あたい」、「〜ねえ」(打ち消し)、「〜やがる」、「〜ちまう」、「〜ぜ」、「〜かよ」のような形式がある。これらの表現を用いるキャラクターは、次のようなものである(「おれ」「あたい」については第4節参照)。(表2)
なお、打ち消しの「〜ねえ」は、ai(またはae、oi)という音韻形式がeeとなまる表現の一種であり、そのほか、「〜したい」が「〜してえ」、「お前」が「おめえ」になるなどの例がある。
リンはほぼ男性と同じような発話をするが、タタラ場の女たちは、この表のような表現を用いる一方で、「〜ない」「〜ちゃう」など、品位の低くない表現を用いる割合が高い。一般に、男性はより品位の低い話し方をする傾向があり、女性はその逆となる。
その他、品位の低い話し手は、次のような様々な俗語的表現を用いる。
「かっぱらう」(次元)、「あいつ」(次元)、「びっくらこく」(次元)、「おっぱじめる」(次元)、「食う」(次元、リン)、「くそっ」(伯爵)、「うずいてくらぁ」(クロトワ)、「ぶちこむ」(クロトワ)、「ざまあない」(エボシ御前)、「〜じゃん」(タタラ場の女、リン)、「ぶっかける」(タタラ場の女)、「かかぁ」(牛飼い)、「〜でさぁ」(牛飼い)、「やばい」(リン、ジコ坊)、「やなこった」(リン)、「でかい」(リン)、「どじ」(リン)、「めし」(リン)、「かっぱらう」(リン)、「どんくさい*1」(リン)
7.2 高品位の話し方
品位の高い話し手は、品位の低い表現をしないという特徴がある(定延 2011)。従って、7.1 に示したような表現はしないのである(エボシ御前には二面性がある)。
また、「〜のだ」「〜のです」という形式を用いるとき、品位の高い話し手は、「の」を「ん」にせず「のだ」「のです」のまま用いるという傾向がある(時代語風でもある)。次のような発話の例がある。
(256) 銀の山羊の指輪が 一つに重なる時こそ 秘められた先祖の 財宝が甦るのだ(伯爵/ルパン三世)
(257) こいつが羽虫に攫われたのを人の子と間違えてな、つい銃を使ってしまったのだ(ユパ/ナウシカ)
(258) すばらしい。700年もの間、王の帰りを待っていたのだ!(ムスカ/ラピュタ)
(259) ふん。初めから部隊が出動すれば、ドーラごときに出し抜かれずにすんだのだ!(将軍/ラピュタ)
(260) さて困ったことになった。かのシシははるか西の土地からやって来た。深傷の毒に気ふれ身体はくさり走り来る内に呪いを集めタタリ神になってしまったのだ(ヒイ様)
(261) 乙事主どの このタタリを消す術はないのだろうか……(アシタカ/もののけ)
(262) シシ神の森を守るために殺すのだ! なぜ人間がここにいる……(イノシシ/もののけ)
(263) そなたを侍どもか、もののけの手先とうたがう者(もの)がいるのだ。このタタラ場を狙う者はたくさんいてね。旅のわけを聞かせてくれぬか(エボシ御前/もののけ)
(264) わたしだけが使うのではない。ここの女たちにもたせるのだ(エボシ御前/もののけ)
(265) そなたを捜しているのだ。時間がない、走ろう!(ハク/千と千尋)
(266) おぬし! 何者だ。客人ではないな。そこに入ってはいけないのだぞ!(青蛙/千と千尋)
(267) 私に何か差し上げられる物があれば よいのですが…… 今は虜の身で(クラリス/ルパン三世)
(268) 閣下が不用意に打たれた暗号を解読されたのです(ムスカ/ラピュタ)
(269) さあ! 何をためらうのです。中へお進みください閣下(ムスカ/ラピュタ)
(270) どなたか保護者の方はいらっしゃらないのですか?(ホテルのフロント/宅急便)
(271) そのオーブンは使えないのですか?(キキ/宅急便)
(272) アシタカは村を守り乙女らを守ったのですぞ。ただ死を待つしかないというのは……(エミシの長老2/もののけ)
(273) 足跡をたどって来たのですが里におりたとたんわからなくなりました(アシタカ/もののけ)
* 「〜だこと」
「〜だこと」というのは、女性限定であるが、上品な女性が用いる表現である。
(274) まあまあ かわいい魔女さんだこと……(老婦人/宅急便)
* 「〜くださる?」
人にものを依頼するときの「〜くださる?」「〜くださらない?」という表現も女性限定の品位の高い表現である。
(275) これ運んでくださる?(ナウシカ/ナウシカ)
(276) まぁー、ありがとう。じゃ、そのお皿...、しまってくださる?(シータ/ラピュタ)
(277) その音楽とめてくださらない?(先輩魔女/宅急便)
8. 時代語・神様語
8.1 時代語
時代語のバックグラウンドについては、金水・田中・児玉 (2018) を参照されたい。
五ェ門(ルパン三世)は、侍キャラクターという設定であるので、次のような時代語的表現を用いる。
「指輪とやら」、「毒を以て毒を制す」、「行かれよ」、「ご老体」、「今宵の斬鉄剣はひと味違うぞ」、「つまらぬ物を斬ってしまった」、「ご老体」、「可憐だ」、「無益な殺生はせぬ」
『もののけ姫』、『千と千尋の神隠し』は、世界設定が時代劇あるいは時代劇風なので、時代語が多く用いられている。
「さぞ恨みは深かろう」(アシタカ)、「案内ご苦労」(アシタカ)、「さかしら」(エボシ御前)、「よびよせるがいい」(エボシ御前)、「のがしてなるか」(ゴンザ)、「拙僧」(ジコ坊)、「礼など申す気はない」(ジコ坊)、「食わねば」(ジコ坊)、「そりゃあごうくつだ」(ジコ坊)、「おぞましいものよ」(ジコ坊)、「何者かあ」(侍)
「焼こうが煮ようが好きにするがいい」(ハク)、「つらかったろう」(ハク)、「おまえなんか隠しておるな? 正直に申せ!」(蛙男)、「骨身を惜しむなよ」(兄役)、「ええい、静まれ! 静まらんか! 下がれ下がれ!」(兄役)、「あたしらのとこには寄こさないどくれ」(湯女)、「あぁああ、汚い手で壁に触りおって!」(父役)
8.2 神様語
〈神様語〉〈幽霊語〉は古風な言葉づかいになる傾向がある。金水(編) (2014)では、 〈幽霊語〉として「うらめしや」、〈神様語〉として「汝(なんじ)」が取り上げられているが、いずれも古語である。
ハク(千と千尋)の話し方は全体として古風である。これは時代語であるとともに、出自が神様であるという属性によるところもある。特に「そなた」という第二人称がめだつ。
また、「オクサレ神」として油屋に現れた名のある河の神は、去り際に「よきかな」という古語的表現を口にした。
9. 片言、ピジン等
片言キャラ、あるいはピジン的な表現については、金水 (2003: 2014)、依田 (2011) 等を参照されたい。『もののけ姫』における猩々の発話は、助詞が抜け、文が短く流暢さを欠くなど、片言キャラ的な話し方をする。これは、もののけの中でも人間に近く、また人間の側からも周縁的な存在である猩々の立ち位置を象徴するものと考えられる。
(278) イケイケ オレたち人間くう。その人間くう その人間くわせろ
(279) 人間喰う 人間の力もらう
(280) 人間やっつける力ほしい、だからくう
(281) 木植えた……木植え 木植えた……みんな人間抜く、森もどらない。人間殺したい
またサンは、山犬に育てられた少女という設定から、敬語を用いず、また女性にしては柔らかさを欠く話し方をするなどの特徴が見える。
(282) おまえ射たれたのか。死ぬのか。
(283) シシ神さまがおまえを生かした。だから助ける
10. さいごに
以上に見てきたように、ジブリ・アニメ(特に宮崎駿作品)には役割語的な表現がふんだんに盛り込まれていて、それらが発話者のキャラクターを的確に表現していることが分かる。全体としてその役割語は“昭和”的な、今となっては若干古めの表現に感じられるかもしれないが、物語の世界とセリフが緊密にマッチしているという点で、“古典的”とでもいうべき安定感がある。一方で、リンの〈男ことば〉や、ナウシカ、ドーラ、湯婆婆、エボシ御前が時としてみせる男性的な強い表現など、単純な性差の枠に収まらない巧みな配置も見られ、興味は尽きない。
ジブリ作品はこれからもたびたびテレビで放映される機会があると思われるが、もし視聴されることがあれば、ぜひそのセリフのスタイルにも着目されたい。きっと、新たな作品の魅力が発見されることであろう。
参考文献
岡﨑友子・南侑里 (2011)「役割語としての「幼児語」とその周辺」金水(編)(2011) pp. 195-212.
金水 敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店.
金水 敏(編) (2011)『役割語研究の地平』くろしお出版.
金水 敏(編)(2014)『〈役割語〉小辞典』研究社.
金水 敏 (2016)「役割語とキャラクター言語」『役割語・キャラクター言語研究国際ワークショップ2015報告論集』pp. 5-13, 私家版.
金水 敏 (2017)「第11章 言語—日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く—「好き」を学問にする方法—』pp. 239-262,ミネルヴァ書房.
金水 敏・田中ゆかり・岡室美奈子(共編) (2014) 『ドラマと方言の新しい関係: 『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ』笠間書院.
金水 敏・田中ゆかり・児玉竜一(共編) (2018) 『時代劇・歴史ドラマは台詞で決まる! —世界観を形作る「ヴァーチャル時代語」—』笠間書院.
定延利之 (2011) 『⽇本語社会 のぞきキャラくり―顔つき・カラダつき・ことばつき―』三省堂.
定延利之 (2020) 『コミュニケーションと言語におけるキャラ』三省堂.
松本 修 (2013)『どんくさいおかんがキレるみたいな。—方言が標準語になるまで—』新潮社.
*1 「どんくさい」は、もともと関西弁で、テレビ番組を通じて全国共通語となった(松本 2013)
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- 2021年10月19日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 2. 性差(その2) 金水 敏(大阪大学)』
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4. 性差
4.2 文末表現(コピュラ、終助詞等)
(承前)
* 終助詞「わ」
述語の後に付く「わ」(上昇調)は女性的。また、「〜わね」「〜わよ」のように後に「ね」「よ」が付くこともある。
(58) きのう 修道院から戻られたの きっと素敵におなりだわ(ウエイトレス/ルパン三世)
(59) 人殺し! あなたは人間じゃないわ(クラリス/ルパン三世)
(60) もうすぐ夜明けね。すぐ行くわ(ナウシカ/ナウシカ)
(61) こっちへ来るんだわ!(女の子/ナウシカ)
(62) パズー、おかしいわ。夜明けが横から来るなんて(シータ/ラピュタ)
* 「〜さ」
終助詞の「さ」は、男性の使用が多いが、年輩の女性や、品位の低い女性にも使用が見られる。対等以下の相手に対するぞんざいな話し方として用いられる。
(63) が お前もそうさ(伯爵/ルパン三世)
(64) 女の子が信じてくれたから 空だって飛べるさ(ルパン/ルパン三世)
(65) ただの通りすがりさ(ルパン/ルパン三世)
(66) 嫁はいらねぇ、飛行石さ!(アンリ/ラピュタ)
(67) ふんっ、ラピュタの宝だ無理もするさ(ドーラ/ラピュタ)
(68) かわいそうに、髪の毛を切られる方がよっぽどつらいさ……(ドーラ/ラピュタ)
(69) ドーラだって分かってくれるさ。見かけよりいい人だもの(パズー/ラピュタ)
(70) 大きな町だからね いろんな人がいるさ(オソノ/宅急便)
(71) そうそう。山犬なんぞ目じゃねえさ(牛飼い/もののけ)
(72) 死ぬのは牛飼いばかりさ(タタラ場の女/もののけ)
(73) ここがおれたちの部屋だよ。食って寝りゃ元気になるさ(リン/千と千尋)
(74) それなのにおまえの親はなんだい? お客さまの食べ物を豚のように食い散らして。当然の報いさ(湯婆婆/千と千尋)
* 「〜か」「〜かい」「〜かよ」「〜かね」「〜かしら」
「〜か」「〜かい」「〜かよ」「〜かね」は男性に多い。ここでは「〜かよ」「〜かね」を取り上げる。「〜かよ」は品位の低いことばであり、概ね男性が用いているが、例外的にリンが用いている。
(75) 出番のないまま退却かよ(次元/ルパン三世)
(76) 朝っぱらからナンパかよー(少年/宅急便)
(77) おい、ほっとく気かよ!(甲六/もののけ)
(78) えぇーっ、あたいに押しつけんのかよぅ(リン/千と千尋)
(79) まぁたハクかよー。……あいつ時々いなくなるんだよ。噂じゃさぁ、湯婆婆にやばいことやらされてんだって(リン/千と千尋)
「〜かね」は年輩の男性のことば(おじさん語)とみられるが、湯婆婆も使っている(ただし独り言的)。格の高い人物が相手を見下しながら言う場合にもよく見られる。カリオストロ伯爵(ルパン三世)やムスカ(ラピュタ)の用例がそれである。
(80) 他の道はないのかね? 遅れてしまうぞ(大司教/ルパン三世)
(81) インターポールはそんなことで 人の朝食をさわがすのかね(伯爵/ルパン三世)
(82) 世界中の新聞のトップを 飾っているこの写真を見たかね(インターポール幹部/ルパン三世)
(83) 何事かね(ユパ/ナウシカ)
(84) 君は、ラピュタを宝島か何かのように考えているのかね……(ムスカ/ラピュタ)
(85) 君の一族は、そんなことも忘れてしまったのかね?(ムスカ/ラピュタ)
(86) あぁー...どうかね?(鉱夫/ラピュタ)
(87) 大丈夫かね?(街の老人/宅急便)
(88) こいつを大急ぎで運んでくれないかね(お客さん/宅急便)
(89) あの子どうするかね(湯婆婆/千と千尋)※独り言
「〜かしら」は、かつては男性も用いていたが、アニメ・マンガ等ではほぼ女性専用表現である。品位が高い女性が使う傾向がある。
(90) 何かしら……胸がドキドキする……(ナウシカ/ナウシカ)
(91) なぜかしら。こんなに胸がドキドキする(ナウシカ/ナウシカ)
(92) 何かしら? 鳥?(ナウシカ/ナウシカ)
(93) そうだわ……私どうして助かったのかしら……飛行船から落ちたの。(シータ/ラピュタ)
(94) ひどい目にあってないかしら……親方さんや、機関士さんたち…… (シータ/ラピュタ)
(95) おばさま達大丈夫かしら……(シータ/ラピュタ)
(96) 大きな町! あの町に魔女いるかしら?(キキ/宅急便)
(97) …私 このまま死ぬのかしら(キキ/宅急便)
(98) ジジ! どうしちゃったのかしら(キキ/宅急便)
(99) なによ この美人が目に入らないのかしらねぇ?(ウルスラ/宅急便)
(100) 爆発しないのかしら(コリコの街の女性/宅急便)
(101) これを届けてほしいんだけど 夕方までに間に合うかしら?(マキ/宅急便)
(102) そうお? じゃあ お願いしようかしら?(老婦人/宅急便)
(103) これなんていう鳥かしら。……おいしい!千尋、すっごくおいしいよ!(母/千と千尋)
* 終助詞「ぞ」「ぜ」
「ぞ」はナウシカ、クシャナ、湯婆婆、リン等の例外を除いて、男性専用である。「ですぞ」「ますぞ」は〈おじさん語〉と言える。「ぜ」も男性専用だが、品位が低い。
(104) 今宵の斬鉄剣は一味違うぞ!(五ェ門/ルパン三世)
(105) 国営カジノの大金庫から かっぱらったんだぞ(次元/ルパン三世)
(106) 気をつけろ 穴があるぞ(ルパン/ルパン三世)
(107) 降りるぞ。行こう!(アスベル/ナウシカ)
(108) ええい、行きますぞ!(ゴル/ナウシカ)
(109) 双方動くな! 動けば王蟲の皮より削り出したこの剣がセラミック装甲をも貫くぞ(ユパ/ナウシカ)
(110) ゴリアテだぁ! 真下にいるぞぉ!(パズー/ラピュタ)
(111) いいぞ その調子!(トンボ/宅急便)
(112) あのデッキブラシはわしが貸したんだぞ(老人/宅急便)
(113) 女 これは砂金の大粒だぞ(ジコ坊/もののけ)
(114) おんもにはわるいばいきんしかいないんだぞ(坊/千と千尋)
(115) どうだ? 決心はついたか?降伏を勧めに行くなら放してやるぞ。ペジテの二の舞にしたいのか?(クシャナ/ナウシカ)
(116) 舵を引け! ぶつかるぞ!(ナウシカ/ナウシカ)
(117) 動かなくなったぞ……(タタラ場の女/もののけ)
(118) 千とリン、そのお方はオクサレ神ではないぞ!(湯婆婆/千と千尋)
(119) セーーン!おまえのことどんくさいって言ったけど、取り消すぞーー!(リン/千と千尋)
(120) 指輪と同じ紋章だぜ……ルパン?(次元/ルパン三世)
(121) 本格的に攻めてきやがった この事件 ウラは深いぜ!(ルパン/ルパン三世)
(122) やれやれ、面倒な事になってきやがったぜ。(クロトワ/ナウシカ)
(123) ドーラも変わったねぇ、ゴリアテなんぞに手を出すとはよ?……勝ち目はねえぜ…… (ハラ・モトロ/ラピュタ)
(124) ダンナー あずかってましたぜーっ!(甲六/もののけ)
(125) ダンナ 大丈夫ですかい? 顔色が真っ青ですぜ だからやばいって(甲六/もののけ)
(126) ナゴの守をやったときなんか見せたかったぜ ナァ(牛飼いの男/もののけ)
1.3 命令・依頼表現
* 生の命令形や「(動詞基本形)+な」の禁止形は男性専用だが、権力を持つナウシカやドーラ、湯婆婆、そして例外的にリンには使用が見られる(以下、女性の例のみ挙げる。男性の例は多数にのぼる)。
(127) 舵を引け! ぶつかるぞ!(ナウシカ/ナウシカ)
(128) 薙ぎ払え!(クシャナ/ナウシカ)
(129) えぇーい、いけいけいけぇぃ!(ドーラ/ラピュタ)
(131) 任せとけって(ウルスラ/宅急便)
(132) 死ぬ前に答えろ! なぜわたしの邪魔をした?(サン/もののけ)
(133) だまれ、小僧! (モロ/もののけ)
(134) 動くな(エボシ/もののけ)
(135) 早くしろよォ(リン/千と千尋)
(136) だァーーーまァーーーれェーーー!(湯婆婆/千と千尋)
* 女性の多くは、「〜て」(禁止「〜ないで」)というテ形動詞による依頼表現を命令形の代わりに用いる。
(137) 放して! 汚らわしい!(クラリス/ルパン三世)
(138) いいわ、回して(ナウシカ/ナウシカ)
(139) やめて! もう殺さないで!(ナウシカ/ナウシカ)
(140) 来ちゃだめぇ! 石を捨てて逃げてぇ! (シータ/ラピュタ)
(141) ジジ ラジオつけて(キキ/宅急便)
(142) あっ! ダメーッ! 乙事主さまタタリ神なんかにならないで! 乙事主さま……!(サン/もののけ)
(143) まってぇーっ!(千尋/千と千尋)
* 「お+[動詞連用形]」「お+[動詞連用形]な」「[動詞連用形]な」という形は、目下の人物に女性が用いる命令表現である。品位の低い醸成が用いている。
(144) 40秒でしたくしな!(ドーラ/ラピュタ)
(145) 船長とお呼び!(ドーラ/ラピュタ)
(146) ねぇ この店の電話を使いなよ(オソノ/宅急便)
(147) さあ 冷めないうちに食べな おきられる?(オソノ/宅急便)
(148) ネェ、旅のおかた あたいたちの所へきな(タタラ場の女/もののけ)
(149) せっかくだからかわってもらいな(トキ/もののけ)
(150) おいき!(サン/もののけ)
(151) ……チェッ!そこの子、ついて来な!(リン/千と千尋)
(152) 誉めてやらなきゃ。誰だい、それは? 教えておくれな……(湯婆婆/千と千尋)
(153) 来ちまったものは仕方がない。お迎えしな!(湯婆婆/千と千尋)
* 「〜たまえ」
「〜たまえ」はもともと〈書生語〉と呼ばれる学生語だったが、やがて〈上司語〉として権力のある男性のことばとなっている。
(154) やめたまえ! ここに国家間の争いを 持ち込んでもらっては困るのだ(インターポール幹部/ルパン三世)
(155) くいとめろ。君は床に伏せていたまえ(ムスカ/ラピュタ)
(156) 来たまえ。ぜひ、見てもらいたいものがあるんだ(ムスカ/ラピュタ)
(157) 君はここにいたまえ(警官/宅急便)
1.4 感動詞・その他
* 感動詞「あら」「まあ」
「あら」「まあ」は女性専用の感動詞である(「あら」をルパン、将軍など男性がもちいると、こっけいなイメージがある)。
(158) あら 知らないの? お客さんたちも クラリス様と伯爵様の結婚式を―(ウエイトレス/ルパン三世)
(159) あらっ 知ってたの!?(ルパン/ルパン三世)
(160) あら、私が嘘ついたことあった?(ナウシカ/ナウシカ)
(161) あら! おばさまも女よ。それにあたし、山育ちで眼はいいの(シータ/ラピュタ)
(162) あら そんなこと気にしてるの?(オソノ/宅急便)
(163) あらっ あんなにせかしたくせに(キキ/宅急便)
(164) あらお友達? 何ていう名前?(キキ/宅急便)
(165) あら あら 大変(老婦人/宅急便)
(166) あら。この前のお誕生日にバラの花をもらったじゃない?(母/千と千尋)
(167) あら、ほんとね(母/千と千尋)
(168) あぁら油断したねぇ~(銭婆/千と千尋)
(169) あ……?あら……?……ふぬっ……?(将軍/ラピュタ)
(170) まあっ! きれいね これ クラリス様の紋章よ(ウエイトレス/ルパン三世)
(171) まあ! このために わざわざ?(クラリス/ルパン三世)
(172) まぁ! キツネリス!(ナウシカ/ナウシカ)
(173) まぁー、ありがとう。じゃ、そのお皿……、しまってくださる?(シータ/ラピュタ)
(174) まあ、ありがとうございます(キキ/宅急便)
(175) まあ! どうぞ(バーサ/宅急便)
(176) まあまあ かわいい魔女さんだこと……(老婦人/宅急便)
* 「おい」「こら」「やい」
「おい」「やい」は男性専用の感動詞である。「こら」は男性の使用がおおいが、動物を叱るときには女性・子どもでも用いる。
(177) やい伯爵 よく聞け!(ルパン/ルパン)
(178) おい、連れていけ。(クロトワ/ナウシカ)
(179) ああ、こら、逃げるな! 待て! おい! 殿下が戻るまで踏みとどまれ!(クロトワ/ナウシカ)
(180) お、おい!(ユパ/ナウシカ)
(181) おい! 合言葉を言え!(少年A/ナウシカ)
(182) ……おい。おきろ。(ルイ/ラピュタ)
(183) 海賊かいおい。(機関手/ラピュタ)
(184) ……うん? ……もしもしもしもし? おいっ! どうした!?(将軍/ラピュタ)
(185) おぉい、起きろ! (兵士/ラピュタ)
(186) オイ!(亭主/宅急便)
(187) おい、ほっとく気かよ!(甲六/もののけ)
(188) おい、会わんのか!?(ジコ坊/もののけ)
(189) あー、違う! こら待て、おい!(番台蛙/千と千尋)
(190) ああ、こら、逃げるな! 待て! おい! 殿下が戻るまで踏みとどまれ!(クロトワ/ナウシカ)
(191) ーっはははははははははは、やあ、気分はどぉ? うわ、あ、こら待て、待てったら!……ああっ…… (パズー/ラピュタ)※ハトに
(192) こらぁ! 早くしろぉ! (兵士/ラピュタ)
(193) コラーッ やめてーっ(キキ/宅急便)※牛に
(194) コラッ! いい子だから言うことを聞いて(キキ/宅急便)※デッキブラシに
(195) コラッ ダメだよ 逃げちゃ(ケット/宅急便)※カナリヤに
(196) こらーまて~手伝え! (ジコ坊/もののけ)
(197) ディダラボッチだ 出たぁ コラーッ 乱れるな(侍たち/もののけ)
(198) あー、違う! こら待て、おい!(番台蛙/千と千尋)
(199) おっ……と。こら、何をする(蛙男/千と千尋)
(200) こらあー、チビどもー!ただのススにもどりてぇのか!?(釜爺/千と千尋)
(以下、次回に続く)
参考文献
金水 敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店.
金水 敏(編)(2014)『〈役割語〉小辞典』研究社.
金水 敏 (2016) 「役割語とキャラクター言語」『役割語・キャラクター言語研究国際ワークショップ2015報告論集』pp. 5-13, 私家版.
金水 敏 (2017)「第11章 言語—日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く—「好き」を学問にする方法—』pp. 239-262,ミネルヴァ書房.
金水 敏・田中ゆかり・岡室美奈子(共編) (2014) 『ドラマと方言の新しい関係: 『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ』笠間書院.
金水 敏・田中ゆかり・児玉竜一(共編) (2018) 『時代劇・歴史ドラマは台詞で決まる! —世界観を形作る「ヴァーチャル時代語」—』笠間書院.
定延利之 (2011) 『⽇本語社会 のぞきキャラくり―顔つき・カラダつき・ことばつき―』三省堂.
定延利之 (2020) 『コミュニケーションと言語におけるキャラ』三省堂.
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- 2021年10月12日 『ジブリ・アニメで学ぶ役割語 1. 導入と性差(その1) 金水 敏(大阪大学)』
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1. 役割語とは何か
右の5人の人物のイラストを見ていただきたい。(図1)
この5人の人物が、次のような台詞を話すと考えたとき、どの人物がどの台詞を話すか、その結びつきを考えていただきたい。
1. そうよ その秘密はあたしが知ってるのよ
2. そうさ その秘密はぼくが知ってるってわけさ
3. そうだ その秘密はおれが知ってるってわけだぜ
4. そうじゃ その秘密 わしがしっておるのじゃよ
5. そうですわ その秘密 わたくしが存じておりますわよ
一対一対応であるとすると、次のような組み合わせが標準的であると考えているが、いかがであろうか(一対一でなければ、少し選択の幅が出てくる)。
A-4 B-1 C-3 D-2 E-5
このように、日本語では(イラストで表されるような)人物像によって、その話し方がかなりピンポイントで想像できるという性質がある。人物像に対応する話し方のことを「役割語」と呼ぶことにする。『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(金水敏,2003)では次のように定義している。
ある特定の言葉遣い(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと特定の人物像(年齢、性別、職業、階層、時代、容姿・風貌、性格等)を思い浮かべることができるとき、あるいはある特定の人物像を提示されると、その人物がいかにも使用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができるとき、その言葉遣いを「役割語」と呼ぶ。
(金水 2003, 205頁)
この定義はやや広めの定義であるが、狭義には、性差、年齢・世代、職業・階層、地域・国籍等、社会的グループに大まかに対応する言葉づかいを「役割語」と呼び、役割語も含めてフィクションのキャラクターが話すことばを広く「キャラクター言語」と呼ぶことにする(金水 2016)。
役割語は、フィクションの登場人物の言語的な属性(特徴)であり、その他の特徴(肉体的、社会的、心理的特徴等)と組み合わされることで登場人物の類型を表現している。また役割語は一種のステレオタイプであり、例えば〈男ことば〉は「男性がいかにも使いそうな言葉づかい」ということであって、現実を正しく反映したものではない(現実社会では、そもそも「男性か女性か」という二分法そのものが現実を正しく捉えてはおらず、性自認やセクシュアリティがもっと多様なものであるという認識が広まりつつある)。しかしフィクションにおける役割語の表現は本質的に保守的な性質をもっており、その使用が時に偏見や差別に繋がることもあることは常に認識しておきたいところである。
そのようなネガティブな側面はあるものの、一方で役割語は事実上、フィクションの表現にとって欠くことの出来ない要素であり、フィクションの製作者にとっては大変便利な手段ともなる。というのも、地の文やナレーションや説明的な台詞を用いなくても、話し手の属性を受け手に瞬時に伝えることができるからである。また、役割語を適切に配置することによって、物語の構造を的確に受け手に伝え、作品の主旨を正確に伝達するための手助けともなるという点を強調したい。この点については、次の節で詳しく述べる。
2. 登場人物の分類と役割語
フィクションの機能として、受け手が持っている願望・欲望や不安・恐怖等に気づかせ、擬似的に願望・欲望を叶えることで人生の喜びを伝えたり、逆に不安・恐怖に直面させることでそれらを克服し、そこから自由になるヒントを得させるという点が挙げられる。その場合に、言うまでもなく登場人物が果たす役割は小さくない。ここでは、物語における機能の面から、登場人物をクラス1〜3として大まかに3分類する観点について説明する(金水 2017)。
クラス1は主人公またはそれに準じる登場人物を指す。このクラスの人物は、一般的にもっとも台詞や出番が多く、その内面ももっとも詳しく描かれる傾向にある。私たち受け手は、まずこのクラス1の人物を作品から探し出し、その人物と自己同一化を図る。そしてその人物とともに、物語の時空を結末に向かって走り抜けていく。
一方、クラス2の人物は、クラス1の人物に深く関わる脇役であり、クラス1の人物と対峙する“他者”として立ち現れる。しかし時にはクラス1の人物に変わって受け手の自己同一化を誘い、一時的に主人公に準じる役目を果たす場合もある。クラス2の人物は、クラス1の人物の願望・欲望に対して、同じ願望・欲望を持ち、助け合う人物である場合もあるし、それを助け導く人物である場合もあるし、またクラス1の人物に試練を与え、行く手を阻み、また不安や恐怖を与える人物である場合もある。
クラス3の人物は、物語の場面場面において、その場にふさわしい人物として随時登場する「その他大勢」としての人物であり、固有名すら与えられない場合も多々ある。
なお、上記の3分類は排他的なものではなく、「クラス1.5」あるいは「クラス2.5」のような中間的な人物もあり得る。また、作品の中でクラスが変わる場合も想定できる。
さてこのクラス分けを役割語の面から見ると、次のようなことが言える。一般にクラス1の人物の属性は、受け手にとって親しみやすく、自己同一化がしやすいということが求められる。この点から、役割語においてもあまり強い特徴を持つ言語は用いず、共通語(標準語)またはそれに近いものが選ばれるのが一般的である(これを「役割語セオリー」と呼ぶ。金水・田中・岡室 2014)。NHKの大河ドラマや朝の連続テレビドラマなどでは、主人公がかなり強い方言を話す場合もあるが、それは放送期間がある程度長くて、視聴者の方がその方言に慣れる期間があるということが必要である(金水・田中・岡室 2014)。
クラス2の人物は、もっともバリエーションが豊富である。個性の表現が重要であるので、このクラスでは言語の面でもさまざまな工夫が凝らされる。典型的な役割語が用いられる場合も、共通語を話す場合もあるが、既存のどのパターンにもぴったり当てはまらないような特別な話し方をするキャラクターもあり得る。
クラス3の人物は、あらゆる属性において「目立たない」ということが最も重要となる。言語の面では、その人物の属性にふさわしい、典型的な役割語が選ばれなければならない。例えば「村人2」のような人物であれば、いわゆる〈田舎ことば〉のような、方言らしく聞こえるスタイルの言葉づかいが選択されることになる。
3. 対象とする作品について
ジブリ・アニメとは厳密には、「スタジオジブリ」で製作されたアニメ作品ということになるが、この連載では宮崎駿監督作品の長編アニメに限定し、かつスタジオジブリ開設以前の作品をも対象としたい。表1に宮崎駿監督の長編アニメ作品を掲げているが、このうちから主として取り上げる作品に○印をつけている。またこれ以外の作品からも適宜例を挙げることがある。
なぜジブリ作品(特に宮崎駿監督作品)を取り上げるかというと、それはまず現代日本において多くの視聴者が作品を見る機会を得ることができるからである。日本テレビ系列の「金曜ロードショー」という放送枠で、ジブリ作品は年間に必ず数本が放映されていることもあって、視聴者はいわゆるアニメファンの層を超えて、さまざまな年齢・世代に広がっていると見ることができる。
次に言語の面から見ると、脚本が平易で分かりやすい日本語によって書かれていると評価することができる上に、役割語の面からは、典型的な役割語が適切に配置されていて、教材として扱いやすい。今日の目からは、どちらかというとやや古い役割語と見える表現もあって、いわば古典的作品の域に近づいているということも言えるであろう。
以下の挙例では、作品名を略称で示すこととする。略称ともとの作品名は下記の通りである。
ルパン三世:『ルパン三世カリオストロの城』
ナウシカ:『風の谷のナウシカ』
ラピュタ:『天空の城ラピュタ』
宅急便:『魔女の宅急便』
もののけ:『もののけ姫』
千と千尋:『千と千尋の神隠し』
以下の節では、具体的な用例とともに、対象作品に現れた役割語の表現を見ていくこととする。日本語の役割語では、性差の表現がもっともよく目立つところであるので、まずは性差が表されていると見られる発話の例を検討していきたい。
4. 性差
日本語の場合、役割語的な特徴は、1人称代名詞、および終助詞、コピュラ等の文末表現に典型的に現れることが知られているので、まず代名詞、次に文末表現の例について考察したい。
4.1 1人称代名詞
男性専用の形式として、「ぼく」「おれ」がある。「ぼく」は品位の感じられる少年語として用いられている。「おれ」は「ぼく」に比較して、話し手の品位が低いと感じさせるであろう(キャラクターの「品」について、定延 2011: 2020参照)。
対象作品から、「ぼく」の使用者、「おれ」の使用者を列挙してみよう。(赤字で示したのは女性話者である。以下同様)。
「ぼく」使用者:アスベル(ナウシカ)、パズー(ラピュタ)、トンボ(宅急便)
「おれ」使用者:ルパン(ルパン三世)、銭形警部(ルパン三世)、カリオストロ伯爵(ルパン三世)、クロトワ(ナウシカ)、ドーラの息子達(ラピュタ)、甲六(もののけ)、ゴンザ(もののけ)、山犬(もののけ)、猩々(もののけ)、*リン(千と千尋)
リンは、女性であるにも関わらず、男性専用形式の「おれ」を用いる(ただし、「あたい」も用いる)。後に述べるように、リンの使用語彙は全体的に男性的であり、これがリンの話し方を大変印象的にしている。
なお、大人の男女は「わたし」の使用が標準的と言える。「おれ」は〈老人語〉の項で触れることとする。
女性はドーラや湯婆婆・銭婆も含めて概ね「わたし」または「あたし」だが、大ババさま(ナウシカ)は「わし」(「わたし」も使う。後述)。また、品位の低い女性の一人称代名詞として「あたい」がある。現代日本の社会ではあまり用いられず、時代劇のようなニュアンスがある。
「あたい」使用者:タタラ場の女(もののけ姫)、リン(千と千尋)
4.2 文末表現(コピュラ、終助詞等)
* 「だ」の脱落:
名詞述語や形容動詞語幹のうしろの「だ」が落ちると女性的に聞こえる。たとえば「素敵だ」と言えば、独り言を除いて相対的に男性的に聞こえるが、「すてきφ」「すてきφね」「すてきφよ」などと言うと、女性的に聞こえるのである。なお「φ」は「だ」が現れる位置でそれが脱落していることを表す。
以下、発話の例を示す。
(1) 彼 生まれつきの女たらしφよ 気をつけてね(峰不二子/ルパン三世)
(2) ずいぶん熱心φね 何見てるの?(ウェイトレス/ルパン三世)
(3) まあっ! きれいφね これ クラリス様の紋章φよ(ウェイトレス/ルパン三世)
(4) あの人達海賊φよ(シータ/ラピュタ)
(5) パズー来ちゃだめ、この人はどうせあたし達を殺す気φよ!(シータ/ラピュタ)
(6) 水とトイレは下φよ(オソノ/宅急便)
(7) おもしろいよー “空飛ぶ宅急便”ってわけφね(オソノ/宅急便)
(8) おソノさんって いい人φね!(キキ/宅急便)
(9) あたしは電気はキライφ(バーサ/宅急便)
(10) そうはいっても大仕事φよ(老婦人/宅急便)
(11) 石のほこらφ。神様のおうちφよ(母/千と千尋)
(12) すごい名前φ。神様みたいφ(千〜千尋/千と千尋)
「〜だ。」で言い切る形は、独り言を除くと、男性的に聞こえる。ただし男性ばかりでなく、ヒイ様(もののけ)やエボシ御前(もののけ)のような、威厳や権力のある女性も「〜だ」による言い切り表現を使うことがある。なおリン(千と千尋)は上にも述べた通り、少女ながら例外的に〈男ことば〉を用いる人物である。
(13) ここから先は 信用ある者しか入れんのだ(グスタフ/ルパン三世)
(14) たかが娘っ子一人に あいつら一体何者だぁ?(次元/ルパン三世)
(15) フフフ… 一人として這い出た者のない 地獄へ通ずる穴だ(伯爵/ルパン三世)
(16) まずお礼を言わせてくれ。僕はペジテのアスベルだ。助けてくれてありがとう。(アスベル/ナウシカ)
(17) あそこだ! すごい胞子の煙……(ナウシカ/ナウシカ)※独り言
(18) 帰りを待っているのだ(クシャナ/ナウシカ)
(19) いい答えだ。そっちはどうだい?(ドーラ/ラピュタ)
(20) 旅の途中で不吉な噂を聞いた。ペジテ市の地下に眠っていた旧世界の怪物が掘り出されたというのだ(ユパ/ナウシカ)
(21) ちょっと気に入ってたんだ(ウルスラ/宅急便)
(22) あっ 2つも入ってるんだ(キキ/宅急便)※独り言
(23) 余計な邪魔をして無駄死にするのはお前の方だ(サン/もののけ姫)
(24) さて困ったことになった。かのシシははるか西の土地からやって来た。深傷の毒に気ふれ身体はくさり走り来る内に呪いを集めタタリ神になってしまったのだ(ヒイ様/もののけ姫)
(25) きゃつは不死身だ。このくらいでは死なん!(エボシ御前/もののけ)
(26) 電車だ!……? (千尋/千と千尋)※独り言
(27) セーーン! こっちだー!(リン/千と千尋)
「〜だよ」「〜だね」は、男女ともに用いるが、女性が用いる例では、子どもや年輩の女性、また男性的な女性が多い。以下の例では、女性の使用例を挙げることとする。
(28) 殺すがいい。盲いの年寄りさ、簡単なものだよ。ジルを殺したようにの。(大ババ/ナウシカ)
(29) 覚悟のうえだね!(ドーラ/ラピュタ)
(30) ほとんど真東だね、飛行石の光が指したのは。...間違いないだろうね?(ドーラ/ラピュタ)
(31) どーしたんだい、まぁるで戦だよ!(ドーラ/ラピュタ)
(32) ママァー! パズーだよ、パズーが帰って来たぁ!(マッジ/ラピュタ)
(33) 相手は武器をもってんだよ?(おかみさん/ラピュタ)
(34) 早いもんだねえ キキちゃんがもうそんなになるんだねえ(ドーラ/宅急便)
(35) あんた美人だねぇ(ウルスラ/宅急便)
(36) 魔法にも そんなことがあるんだね(ウルスラ/宅急便)
(37) もう充分だよ さあ 行った行った!(ウルスラ/宅急便)
(38) 驚いちゃったよ あんた空飛べるんだねぇ(オソノ/宅急便)
(39) これがないと あの子大泣きするんだよ(オソノ/宅急便)
(40) 本当に来てくれたんだね(タタラ場の女/もののけ)
(41) やけに静かだね(トキ/もののけ)
(42) 落ちついて ケガ人や病人に手をかすんだよ(トキ/もののけ)
(43) 猪どもをいきりたたせて森からおびきだそうとしているのだよ。よほどのしかけがあるのだろう(モロ/もののけ)
(44) おまち! わたしのエモノだよ(サン/もののけ)
(45) ま、みっともない娘が来たもんだね(湯婆婆/千と千尋)
(46) さぁお座り。おまえはカオナシだね。おまえもお座りな(銭婆/千と千尋)
(47) じゃまだねぇ(湯女/千と千尋)
(48) メシだよー。なぁんだまたケンカしてんのー?(リン/千と千尋)
(49) お父さんお母さん、河の神様からもらったお団子だよ。これを食べれば人間に戻れるよ、きっと!(千〜千尋/千と千尋)
* 動詞・形容詞+「の」
述語の後に「の」を付して、言い切る形は主に女性が用いる。「〜のね」「〜のよ」のように終助詞が続くこともある。この表現は、「だ」の脱落の一種だが、広く女性の文末表現として用いられている。ただし疑問文では、パズーの例のように、男性も用いることがある。
(50) ありがとう…… とてもうれしいの(クラリス/ルパン三世)
(51) 何すんのよ!(峰不二子/ルパン三世)
(52) それであんなに王蟲が怒ったのね(ナウシカ/ナウシカ)
(53) あっ、待って。うんときつく結んじゃったの(シータ/ラピュタ)
(54) 電話を引こうと思ってるの(キキ/宅急便)
(55) だめよ。ひとつでいいの(千〜千尋/千と千尋)
(56) その、黒メガネ達にさらわれてきたの?(パズー/ラピュタ)※疑問文。シータに対して。
なお、次の「〜のよ」は「だ」の脱落による女性的な表現ではなく、時代語の例で、むしろ男性が用いる(cf. 金水・田中・児玉 2018)。
(57) すげえでかいイノシシでよ。このあたりのヌシだったのよ。でよ、だあれも山に近よれねぇ。お宝の山を見ながら人間様(さま)をくわえてたのよ(牛飼い/もののけ)
(以下、次回に続く)
参考文献
金水 敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店.
金水 敏(編)(2014)『〈役割語〉小辞典』研究社.
金水 敏 (2016) 「役割語とキャラクター言語」『役割語・キャラクター言語研究国際ワークショップ2015報告論集』pp. 5-13, 私家版.
金水 敏 (2017)「第11章 言語—日本語から見たマンガ・アニメ」山田奨治(編著)『マンガ・アニメで論文・レポートを書く—「好き」を学問にする方法—』pp. 239-262,ミネルヴァ書房.
金水 敏・田中ゆかり・岡室美奈子(共編) (2014) 『ドラマと方言の新しい関係: 『カーネーション』から『八重の桜』、そして『あまちゃん』へ』笠間書院.
金水 敏・田中ゆかり・児玉竜一(共編) (2018) 『時代劇・歴史ドラマは台詞で決まる! —世界観を形作る「ヴァーチャル時代語」—』笠間書院.
定延利之 (2011) 『⽇本語社会 のぞきキャラくり―顔つき・カラダつき・ことばつき―』三省堂.
定延利之 (2020) 『コミュニケーションと言語におけるキャラ』三省堂.
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- 2021年10月05日 『新連載のお知らせ』
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7月からは12回にわたり、さまざまな論点から情報倫理について論じてくだった大谷卓史先生、ありがとうございました。YouTubeの動画視聴から、研究者の倫理まで幅広い観点からの問題提起が興味深いものでした。
さて来週10月12日からの12回は、金水敏先生(大阪大学)による「ジブリ・アニメで学ぶ役割語」が始まります。金水先生が提唱された役割語とは、特定の人物像を表す特定の言葉遣い、とされています。どのようなキャラクターが登場するか、楽しみですね。(金城)