若者ことば 辞書は読み物、日本語は生き物(ことば文化特設サイト)
ことば文化に関する気になるトピックを短期連載で紹介していきます。
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- 2021年03月30日 『若者ことば 辞書は読み物、日本語は生き物 6.ゲームと若者ことば 尾谷昌則(法政大学)』
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ゲームと若者ことば
1.メインカルチャーとしてのACG語
流行語というと、年末に発表されるユーキャンの「新語・流行語大賞」が最も有名です。しかし、他にも「ネット流行語大賞」や「ネット流行語100」というのもあるのですが、皆さんはご存じでしょうか。前者の2020年トップ10は以下の通りです。新型コロナを含め、社会関連のことばが7つも入賞していますが、第1位に「鬼滅の刃」(漫画・アニメ)、第2位に「あつまれ どうぶつの森」(ゲーム)、第4位に「たべるんごのうた」(ネット動画)がランクインしている点が、いかにも「ネット流行語大賞」らしい結果になっています。
【金賞】 鬼滅の刃
【銀賞】 密です!
あつ森 / あつまれ どうぶつの森
【銅賞】 コロナ / 新型コロナウイルス / COVID-19
【5位】 たべるんごのうた
【6位】 ソーシャルディスタンス
【7位】 アベノマスク
【8位】 アマビエ
【9位】 テレワーク/リモートワーク
【10位】 電通案件
(https://getnews.jp/archives/2837797)
一方で、「ネット流行語100」の2020年トップ10は以下の通りです。ネット上の百科事典である「pixiv百科事典」と「ニコニコ大百科」へのアクセス数に基づいて集計されているため、社会関連のことばが一切無いのが特徴です。こちらには、漫画・アニメ「鬼滅の刃」の関連語が4つもランクインしており、次いでゲーム関連が2つ、VTuber関連が2つ、ネット動画が1つ、となっています。
【大賞】 鬼舞辻無惨
(※原作では「辻」が一点しんにょう)
【2位】 ツイステッドワンダーランド
【3位】 煉獄杏寿郎
【4位】 鬼の王
【5位】 ホロライブ
【6位】 ウルトラマンZ
【7位】 たべるんごのうた
【8位】 戌神ころね
【9位】 竈門禰豆子
【10位】 フロイド・リーチ
(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000120.000035885.html)
上記のワードは、現代のオジサン達には何が何やら分からないものばかりかもしれません。しかし、オジサン達が当たり前のように「尾上菊五郎は歌舞伎役者、野村萬斎は狂言師、立川談春は落語家、和田アキ子は歌手で、みんな違うんだ」と言えるように、若者たちも、「鬼舞辻無惨は鬼、煉獄杏寿郎は鬼殺隊の“柱”で人間、戌神ころねはVTuber、フロイド・リーチはツイステッドワンダーランドというゲームのキャラだ」と言えるわけです(実際には、これらのサブカルチャーもかなり多様化・細分化が進んでいるため、トップテンのワードを全て説明できる若者はそれほど多くないと思いますが)。
アニメや漫画などは、一般的には「サブカルチャー」と呼ばれてきましたが、健康問題や円相場にまったく興味がない若者にとっては、一日の大半を一緒に過ごす大切なパートナーであり、もはや「メインカルチャー」となっています。最近では、アニメ、漫画(コミック)、ゲームに関することばを、頭文字をとって「ACG語」と呼んだりしますが、そういう総称が作られる時点で、若者にとって重要な位置を占めていることがよく分かります。
2.若者ことばにはゲーム用語が多い
上で紹介したワードは、実は、言語学者的にはあまり興味をそそられません。というのも、そのほとんどが固有名・商品名だからです。こういった言葉は、商品の流行が消えると、一緒に消えてしまう運命にあり、国語辞典にもめったに掲載されません。国語辞典が百科事典と違うのは、まさにこの点です。
とはいえ、ACG語の中にも、私たちの生活に欠かせない日本語として定着し、国語辞典にも掲載されるようになる言葉は存在します。例えば、以下の各文にはゲームの言葉が使用されているのですが、分かるでしょうか。
(1) ベテラン勢と仕事すると、経験値も上がるな。
(2) 転校初日に異性とぶつかるのって、完全に恋愛フラグだし。
(3) 紅白の小林幸子って、ラスボス感ハンパない。
(4) 連日の残業で、もうHP尽きたわ。
(5) 昨日エミちゃんと渋谷でエンカしたー。
(6) あと2日で〆切って超無理ゲー。
(7) 尾谷の言語学概論、単位耐えた!
(1)の「経験値」は、辞書にも掲載されているほど有名になりましたね。RPG(ロールプレイングゲーム)などで、〈主人公がモンスターなどを倒して得られるポイント〉という意味なのですが、現在ではメタファ-(隠喩)として、仕事などで得られる経験にも使用されています。世界初のRPGと言われるアメリカの「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(1974年)で初めて「経験値」というシステムが導入されたそうですが、日本では「ドラゴンクエスト」(1986年)あたりから知名度が上がりました。特に「ドラゴンクエストIII」(1988年)は、発売前からショップに長蛇の列ができるなど、大きな社会現象になりました。その当時に夢中でプレイしていた中高生は、2021年現在40代後半~50代前半という、立派な中高年になっています。
(2)の「フラグ」は、ゲーム用語というより、実際にはプログラミングの用語です。ゲームの展開が分岐する際に、プレイヤーはある条件を満たしていなければならないのですが、その条件をクリアしている時に「フラグ(旗)を立てる」と言っていました。そのプログラミング用語が、いつしかゲームプレイヤーの間でも使用されるようになり、「フラグが立った」と言うようになりました(パチンコ・パチスロ用語としても早くから使用されていました)。
(3)の「ラスボス」は、ゲームの最終局面で戦う、最も強いキャラクラーのことです。一般用語として使用されている現在では、〈倒すべき敵キャラ〉という意味は失われ、単に〈最も強い人〉という意味のメタファーとして使用されています。
(4)の「HP」(エイチピー)は、これまたRPGゲームの言葉です。日本では、やはり「ドラゴンクエスト」の大流行により一気に知名度が上がりました。「HP」は「ヒット・ポイント」の略語であり、本来は、打撃(ヒット)などの攻撃によって相手に与えるダメージ量を数値化したものでした。しかし、攻撃を受けた側から見れば、それは自分の生命力(ライフ)や体力が削られる量を数値化したものと同義なので、日本語としては「体力」の全体量を表す語として使用されています。実際には、体力全体から削られるポイントを表していたのに、いつしか体力の全体量を表すようになったわけですから、〈部分〉で〈全体〉を表すメトニミー(換喩)ということになりますね。
さて、(5)の「エンカ」もやはりRPG用語なのですが、私のようなファミコン第一世代の中高年には、ここらへんからついて行けなくなるかもしれませんね。これは、英語の”encount”(エンカウント:遭遇する)の略語で、プレイヤーがフィールドやダンジョンなどを歩いている際に、モンスターに出くわすことを言い、「エンカウント率が高い/低い」のように使っていました。そこから、〈偶発的に会う〉〈出くわす〉という意味で一般的に広まりましたが、最近では以下のツイートのように、〈偶発的に〉という意味が失われて、単に〈会う〉という意味でも使用されつつあるようです。つまり、意味の一般化が起こっていると考えられます。
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誰かガチでエンカしようぜーw
部活帰りマジ暇なんだわ
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(https://twitter.com/keikei_water/status/1376069683296628736)
(6)の「無理ゲー」は、〈クリアするのが不可能なゲーム〉という意味です。他にも、素晴らしいゲームなら「神ゲー」、つまらないゲームなら「クソゲー」などと言います。ゲームのジャンルとして、格闘ゲームを「格ゲー」、音楽系のゲームを「音ゲー」と略したりもしますが、この「無理ゲー」が面白いのは、ゲームという枠を超えて、様々なものにメタファーとして転用されているからです。(6)の例も、仕事や宿題の〆切に間に合わせるのは無理だということを述べています。
(7)の「耐えた」は、主に大学生が〈無事に取得した〉という意味で使用しています(林・松浦2019)。RPGではなく、格ゲー由来のワードだと思われます。格ゲーでは、お互いに攻撃を繰り出して、相手のライフ(もしくはHPや体力)を削り合って勝敗を決めるのですが、プレイヤーが選択したキャラに応じた必殺技があり、その技が決まると一気にライフが0まで削られる(=負けが確定する)ことも珍しくありません。しかし、そういった致命的な技を食らっても、ほんのわずかなライフが残って、ギリギリ踏みとどまった時に「(相手の攻撃に)耐えた」と言っていました。大学の講義やテストからは、別に攻撃を受けるわけではないのですが、〈首の皮一枚でつながった〉という共通点がありますので、やはりメタファーということになります。
以上、いくつかのゲーム用語が若者ことば(もしくは日常語)になっている例を見てきました。他にも、「裏ワザ」「リセット」「一択」「ゲームオーバー」「クリアする」「課金ガチャ」「スキル」「チート」「ザコい」「カンスト」「バグった」「バフ/デバフ」「Bダッシュ」など、テレビゲームがきっかけで流行したと思われる言葉はいろいろあります。最近のラノベやアニメを見ていても、異世界ものと呼ばれるジャンルなどは、明らかにテレビゲーム(のRPG)の世界観をそっくりそのまま引き継いているように、ゲームは若者の文化や言葉を語る上では、欠かせない存在です。ジョージ・レイコフとマーク・ジョンソンは『レトリックと人生』(1980年)の中で「人生は旅だ」(LIFE IS JOURNEY)という隠喩(メタファー)を指摘しましたが、「人生はゲームだ」(LIFE IS GAME)と言っても過言ではないでしょう。それほどに、ゲームの言葉は、主に比喩として、最近の若者の日常生活に浸透しており、今後もこの傾向は強まるものと思われます。
3.ゲーム由来の言葉は昔からある
さて、最後に、過去にもあったゲーム由来のことばについて触れておきたいと思います。昔から娯楽の一種として様々なゲームが存在しており、そこから生まれた言葉で日本語に定着したものが沢山あります。
【賭博・花札】
シカト、ピカイチ、一点張り
一か八か、ピン※2
※2「ピン芸人」の「ピン」
【麻雀】
テンパる、リーチ、メンツ、アンパイ
連チャン、ちょんぼ
【囲碁】
一目置く、駄目、定石、結局
八百長、活路、死活、白黒つける
捨て石、布石、目算
【将棋】
王手、成金、詰み、捨て駒
将棋倒し、高飛車、持ち駒
【囲碁と将棋】
先手必勝、後手に回る、待った
【トランプ】
切り札、グランドスラム
シャッフル、カードを切る※3
※3「外交カードを切る」など)
とかく、「最近の若者は、ゲームばかりやり過ぎだ」と批判されますが、私も、中学生の時に、家族が寝静まった時間をみはからってリビングへ行き、音量を絞って「ドラゴンクエストII」や「ドラゴンクエストIII」をプレイしていました。レベル上げのために持って行かれた睡眠時間は計り知れません。ゲームに熱中し過ぎて心身の健康を害するのは問題ですが、上記のように、ゲーム由来の言葉が日常語に浸透・定着するのは、決して珍しいことではないわけですから、ゲームが良くも悪くも人間の友であることは否定できない事実なのでしょう。今後もしばらくは、ゲーム由来の言葉が多いという若者ことばの特徴は維持されるでしょう。
【参考文献】
林智昭・松浦光 2019.「インターネットスラングにおける意味変化―新規表現「耐え」を中心に―」『日本語用論学会第21回大会発表論文集』第14号、89-96.
Lakoff, G. and M. Johnson. 1980. Metaphors We Live By. Chicago: University of Chicago Press.(渡部昇一ほか訳『レトリックと人生』大修館書店、1986年)
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- 2021年03月23日 『若者ことば 辞書は読み物、日本語は生き物 5. 古くからある「◯◯る」 尾谷昌則(法政大学)』
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古くからある「◯◯る」
1.意外に古くからあるル動詞
いきなり問題です。以下には、「◯◯ル」という形をしたル動詞と呼ばれるものが5つ挙がっていますが、これらの動詞が作られた時期を順番に並べるとしたら、どんな順番になるでしょうか。ただし、当時と現代では意味が若干異なる場合もありますが、意味の違いは無視して、この動詞が作られた時期で考えて下さい。
(1) はやる:「はやる気持ちを抑えられない。」
(2) フケる:「授業をこっそりフケた。」
(3) テクる:「終電を逃したらテクるしかない。」
(4) デコる:「ガラケーをキラキラにデコった。」
(5) ハモる:「サビの部分を、綺麗にハモった。」
これら5つの言葉は、すべて『日本国語大辞典』(第二版、2000~2001年、小学館、以下『日国』と省略します)に掲載されているものなのですが、同辞典には他にもル動詞といえそうなものがたくさん採録されています。全13巻もある同辞典を隅から隅まで読み、ル動詞をすべてリストアップするのに58時間もかかってしまいました......なんていうのはもちろん冗談です。大学が契約しているオンライン・データベースの「ジャパン・ナレッジ」の中に同辞典の電子版があるので、それで「動詞化したもの」というキーワードで全文検索しただけです。とても便利な世の中になったものです。
さて、そろそろタネ明かしをしましょう。上に挙げたル動詞の中で、最も古いものは「はやる」です。『日国』では、「早(はや)」を動詞化したものとして、以下のような用例とともに掲載されています。「新撰字鏡」は西暦900年前後、「宇津保物語」は平安中期、おそらく970~999年あたりに成立したと考えられていますので、ずいぶん昔から使用されていることが分かります。
(6) 波也留馬 (「新撰字鏡」)
(7) はやる馬に乗り、をりまはしておはする
(「宇津保物語」)
次に古いのは、意外かもしれませんが「フケる」です。現代語では、若者(特に大学生あたり)が「(授業などを)サボる/途中で抜け出す」という意味で使用しているイメージがあり、比較的新しそうな言葉に見えるかもしれませんが、『日国』では「逃げる。姿を隠す。脇道にそれて、よそへ行く」という意で、以下のような用例とともに掲載されています。(8)は四段活用の動詞として、(9)は下一段活用の動詞としての用例です。
(8) 帯めが脇へふけらぬ様に必お頭ぬからしゃんな
(浄瑠璃「小栗判官車街道」一、1738年)
(9) お身らがとなりの茂平なア。ふけたアげだア
(「洒落本「田舎談義」1790年」)
3番目に古いのは「テクる」です。『日国』には「てくてく」の「てく」を動詞化したものとして、次のような用例が挙げられています。意外なことに、あの有名な小説家、泉鏡花が使っているのです。鏡花は1873年生まれですから、34歳の時に使用したことになりますが、当時の男性の平均寿命は43歳前後であったと言われていますから、現代であれば決して若者とは呼べない年齢ですね。
(10) 鮨にしようか、汁粉にしようか、と歩行(テク)って居る紳士のやうな
(泉鏡花「婦系図」1907年)
4番目に古いのは、英語の「デコレーション」(装飾する)を動詞化した(4)の「デコる」です。2004年あたりから、ガラケーをキラキラに装飾した「デコ電」が流行したので、かなり最近の言葉だと思われているかもしれませんが、実は、大正生まれの言葉なのです。『日国』には、新語辞典の記述がそのまま用例として掲載されています。建築用語としてだけではなく、厚化粧をすることを嘲笑するような場合にも使われたようです。
(11) デコる
装飾といふ意味のDecoration をもぢった
もの。建築家などが要りもしない処に、
余計な飾めいたものをべたべたと貼りつ
け、継ぎ足してゆく事の嘲笑語
(『訂正増補新らしい言葉の字引』
1919年、實業之日本社)
5番目に古いもの、というか、最も新しいものは、英語の「ハーモニー」を動詞化した(5)の「ハモる」です。『日国』には、語釈のみで用例が掲載されていないことから、わりと最近生まれた表現だと考えられます。カラオケボックスが80年代後半に出現し、90年代にはカラオケが大ブームになったため、その頃によくカラオケに通っていた皆さん(まさに、私の世代です)は、90年代に生まれた言葉だと推測するかもしれませんが、実は、そこまで新しい言葉でもないのです。『日本俗語大辞典』(米川明彦編、東京堂出版)には、1955年の用例が掲載されています。
(12) 『みんなで“若者”でもハモろうぜ』
(『週刊読売』1955年8月28日号)
辞書を調べてみると、最も保守的とされる『広辞苑』には第五版(1998年)から掲載されていましたが、『明鏡国語辞典』は第二版(2010年)からの掲載で、『新明解国語辞典』では最新の第八版(2020年)ですら未掲載でした。これは意外な結果です。しかし、いろいろ探してみたところ、まさに「灯台もと暗し」というべきかもしれませんが、『日本国語大辞典』の初版(1975年)に立項されていました。さらにネットでも調べてみると、読売テレビの元アナウンサーで、「現代用語の基礎知識」の執筆委員も務めている道浦俊彦さんのブログに、グリークラブ(合唱サークル)の大先輩の貴重な証言が掲載されていました。どうやら、戦時中にも使用されていたようです。
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『さらに古い時代の先輩の話が聞けた。「昭和24年卒の先輩は所謂『特攻帰り』で、当時航空隊の長靴を履いて通学しておられたように思う。学徒出陣で戦闘機に乗っていたということだった。その学生時代に「ハモる」を使っていたということだから、昭和17、18年(1942、43年)頃には間違いなく使われていたということになる。磯部さんは17年卒だから、その頃は普通に使っていたのではないだろうか。それ以前については残念ながら不詳。』
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(「道浦俊彦の平成ことば事情」より)
https://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/2201-2300/2271.html
以上、5つのル動詞について見てきましたが、自分の想像よりも古くから使用されていた例はありませんでしたか。その言葉を実際に使用している現代人は、つい最近の言葉だと思い込んでいるのですが、実は意外に古い言葉であったということは珍しくありません。プリクラやインスタグラムが無い時代であっても、日本語を使う日本人の感性が現代人とまったく違うということはありません。どんな時代であっても若者は若者であるように、新しい日本語を生み出す柔軟性や発想力は、今も昔も変わらないのではないかと思います。特に、明治・大正の頃は西欧語が大量に流入したため、「サボる」や「ダブる」などの動詞が多く生まれました。そこで、次節では、英語由来のル動詞の中でも、最近の若者に多用されている「ディスる」について見ていきたいと思います。
2.ラップから生まれた若者ことば「ディスる」
最近の若者が当たり前のように使用するル動詞に「ディスる」があります。これは、英語の ”disrespect”(軽視する、侮辱する、見下す)の接頭辞 ”dis” をル動詞化したものです。年配の方はまず使わない言葉でしょうが、手元にある国語辞典をざっと見てみると、比較的新しい『三省堂現代新国語辞典』(第六版、2019年)、『大辞林』(第四版、2019年)、『明鏡国語辞典』(第三版、2021年)などはすでに立項しています。日本語としてかなり定着してきたと言えるでしょう。
(13) 堀江君が、西野君のことをディスってた。
(14) 推しがネットでディスられてた。
「ディスる」の元になった”disrespect”は、ラップでよく用いられる言葉です。ラップでは、ライム(韻)をふみながら、巧みに他者を罵るリリック(歌詞)を作ることがあるのですが、そうやって他者を罵ることを、英語では”diss”と略して動詞化しています(ただし、”s”が2つになります)。そして、お互いにディスり合って優劣を決める「MCバトル」などもあるのですが、これは2002年公開の映画『8 Mile』の世界的ヒットによって、一気に世界中に知れ渡りました。
ラップ用語として生まれた「ディスる」ですが、これをいち早く掲載したのは『現代用語の基礎知識2003』です。この時点では外来語の項に分類されており、意味の記述を見てもまだ音楽用語としての意識が強かったことが伺えます。
ラッパーが他のラッパーにラップで悪口を言うこと。
(『現代用語の基礎知識2003』)
しかし、「エモい」と同じように、「ディスる」も音楽用語から脱し、ラップを知らない若者たちの間で広く使用されるようになりました。そのため、『現代用語の基礎知識2012』からは若者用語の項で取り上げられており、記述も以下のように一般的なものに変わりました。
軽蔑する。ディスリスペクトから。
(『現代用語の基礎知識2012』)
2003年版の『現代用語の基礎知識』に「ディスる」が掲載されているからには、実際にはもう少し前から使用されていたものと考えられます。そこで、ネット掲示板の過去ログを調べてみると、少なくとも2000年には使用されていたことが確認できました。
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115 :も:2000/07/10(月) 03:18
韻とか分かってんの?ディスるやつ。
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(5ちゃんねる「ドラゴンアッシュの新曲」
ID:963080630)
この前年、つまり1999年は、のちに世界的ラッパーになるエミネムのメジャーデビューアルバム『ザ・スリム・シェイディ LP』がビルボードチャートで2位を獲得し、ラップ音楽が世界を席巻しました。日本でも、Dragon Ashが3rdアルバム『Viva La Revolution』で初めてオリコン1位を獲得しており、ラップやヒップ・ホップが若者に広く浸透しはじめた時期と言えます(ただし、Dragon Ashは純粋なラップ/ヒップ・ホップではなく、ロック要素の強いミクスチャーバンドという位置づけです)。そのような流行があったからこそ、ラップ用語である”disrespect”が「ディスる」という日本語になり、それがラップ用語の枠を越えて一般に浸透していったと考えられます。
「ディスる」が現在の若者たちにこれだけ浸透しているのは、心理的な理由があるものと思われます。思春期の若者は、他者から自分がどう見られているのかを気にするようになります。最近では「スクール・カースト」なる言葉が生み出されたり、SNSに誹謗中傷を書き込むようないじめが問題化したり、「あだ名」で呼ぶことを禁止する小学校が出てきたりと、人間関係をめぐる問題が高度に複雑化しています。そのため、他者の悪口を言ったり言われたりすることに敏感になるのも無理はありません。ですから、何かしら他者のことを悪く言う行為の総称として「ディスる」という言葉が重宝されたのでしょう。
類似表現としては、「悪口を言う」「悪く言う」「文句を言う」などがすぐに浮かびますが、これらはすべて2語です。「侮辱する」や「罵倒する」などは、1語といえば1語ですが、気分的には「名詞+スル」という2語に見えちゃいますよね。純粋な1語となると「罵る」「嘲る」といった言葉になってしまいますが、これらは非常に重々しい言葉であり、どう見ても若者が普段の会話で気軽に使うような動詞ではありません。そこで、外来語を使用することで話し言葉的な軽い響きを出しつつ、友達との普段の会話でも使用しやすい1語の動詞を作りだしたとも考えられます。
┌――┬――――――――┬―――――――――┐
| | 書き言葉的 | 話し言葉的 |
├――┼――――――――┼―――――――――┤
| | (侮辱する) | 悪口を言う |
|2語| (罵倒する) | 文句を言う |
| | | 悪く言う |
├――┼――――――――┼―――――――――┤
| | 罵る | |
|1語| 嘲る | ★ ディスる |
| | 侮る | |
└――┴――――――――┴―――――――――┘
3.おわりに
最後に、若者の名誉のために書き添えておきますが、若者は他人をディスってばかりいるわけではありません。その逆で、他者(だいたいは「推し」)を褒めたり、好意を表現したりする言葉も多くあります。例えば、「やばい」や「神」などがそうですし、田中みなみさんが有名になった頃には「あざとい」も褒め言葉になりました。さらに、最近では「エモい」「尊い」「えぐい」「しんどい」「よき」「キュンです」「イケボ」「すこ」「◯◯しか勝たん」など、ポジティブな言葉がたくさん使用されています。若者ことばも、常に進化しているのです。
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- 2021年03月16日 『若者ことば 辞書は読み物、日本語は生き物 4. 「◯◯る」と略すのは特別な存在だけ? 尾谷昌則(法政大学)』
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「◯◯る」と略すのは特別な存在だけ?
1.「◯◯る」というパターンで動詞を作る
私は「サラリーマン川柳」(毎年、第一生命が発表している)が好きなのですが、過去の入賞作品に以下のようなものがあります。当時よく話題になったので、見たことがあるという方も多いのではないでしょうか。
(1) オレのボス ヤフーでググれと 無理を言う
(2017年「サラリーマン川柳」第9位)
「ググる」というのは、大手検索サイト”Google”を動詞化したもので、同社の検索サイトを使ってインターネット検索をするという意味なのですが、それを知らないと思われる上司が部下に、同じく大手検索サイトであるYahoo!を使ってそうしろと命令している点が面白いのです(細かいことを言えば、Yahoo!も現在はGoogleの検索エンジンを使用しているため、決して間違った表現とは言い切れないのですが)。
このように、本来は動詞ではない語を「◯◯る」という形で動詞化したものはル動詞と呼ばれています。最近では、タピオカドリンクを飲むことを意味する「タピる」が若者を中心に流行しましたが、「ディスる」や「ガチる」なとも比較的最近生まれた言葉です。「告る」はそれほど新しくはないと思いますが、中高年が異性に告白するというシーンはそうそうあることではないので、やはり若者を中心に使用されている言葉ということになりそうです。
ディスる バズる ガチる アピる メモる コピる
トラブる ミスる ハモる サボる ダブる パクる
テンパる カモる ケチる チクる 拒否る 愚痴る
ポシャる 牛耳る 事故る 駄弁る デコる 告る
ル動詞の中には、若者ことばや流行語の枠を越えて、日本語として定着したものもたくさんありますが、今回はその中でも「ググる」と「タピる」について考えてみたいと思います。
2.拡大した「ググる」
上で紹介した「ググる」は、元になった英語の"Google"(グーグル)と発音がとても似ています。日本語の典型的な動詞は、2モーラの語幹に「る」が付いた「◯◯る」という形なので、「グーグル」の長音のみ省略すれば「グ(-)グる」になり、これにピタリと合致します。だからこそ、これほど自然に浸透したのかもしれません。似たような例としては、英語の"double"(ダブル)を動詞化した「ダブる」や、英語の"trouble"(トラブル)を動詞化した「トラブる」があります。「トラブる」は語幹が3モーラですが、2モーラで「トラる」にしてしまうと、ベースになっている"trouble"を復元できなくなってしまうため、3モーラ語幹になったものと思われます。
"google" (グーグル) → ググる
"double" (ダブル) → ダブる
"trouble"(トラブル) → トラブる
Googleの創業者の一人であるラリー・ペイジは、1998年の創業当時には既に「楽しんで、ググりまくろうぜ!(Have fun and keep googling!)」というように使用していたそうです(https://wired.jp/2018/02/07/history-of-a-verb-google-it/)。つまり創業と同時に動詞化されていたということになります。
日本語で「ググる」と動詞化されたのがいつかは特定できませんが、私が調べた限りでは、2002年には既に使用されていました。以下では、自分でろくに調べずに質問した人に対して「ググる。」(=自分でGoogleを検索しろ)という返事が書き込まれています。「ggrks(ググれカス)」なんて言葉も生まれましたが、その源流はここらへんにありそうですね。
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919 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/03/25 20:37
>>918
なるほど。
FreeBSD用のドライバについてなんですけど、deskjet 957c用のドライバを探したのですが見つかりません。
こういう場合は、どう対処すれば良いのでしょうか?
920 :名無しさん@お腹いっぱい。:02/03/25 20:45
>>919
ググる。
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(5ちゃんねる「UNIX超初心者専用スレッド」ID: 976249391)
2002年といえばまだパソコンやガラケーでネットを見ていた時代ですから、上記のような書き込みは、ネットに明るい20代~30代が書き込んだものと推察されます。その後、ネット文化の定着とともに「ググる」は日本語の中に浸透し、「2006 ユーキャン新語・流行語大賞」では、「イナバウアー」「ユーチューブ」「ハンカチ王子」と並んで大賞候補にノミネートされるまでになりました(が、トップテンからは漏れてしまいました)。
現在では「ググる」の意味も変化しているようで、Googleサイトを使用しなくても、単に「ネット検索をする」という意味でも使用されています。つまり、「意味の拡大」もしくは「意味の一般化」が起こっていると考えられます。似たような現象としては、SONY製の携帯音楽プレイヤーの名称だった「ウォークマン」が、他社製も含めて携帯音楽プレイヤーの総称として使用された例があります。他にも、怪我をしたときに傷口に貼る「バンドエイド」はJohnson & Johnsonの商品名なのですが、今ではガーゼ付き絆創膏の総称のように使われていますよね。また、紙を留める文房具(英語ではstaplerといいます)の総称として用いられている「ホチキス」も、実はアメリカの輸入元の会社名に由来する商品名でした。
このように、あるカテゴリーの一事例でしかないものが、そのカテゴリー全体を表す言葉として転用される現象は、堤喩(シネクドキ)と呼ばれます。少なくともここで紹介した事例は、その分野のトップランナーもしくはパイオニア的な役割を果たし、世間に強い印象を残したものばかりです。つまり、その特別さゆえに、カテゴリー全体の総称になっていると考えられます。ちなみに、メキシコではマルちゃん(東洋水産)の即席麺が大人気だそうで、「マルちゃん」が動詞化して〈さっさと終わる〉という意味で使用されているそうです(http://www.biglife21.com/column/7514/)。
3.「タピる」は「お茶する」に似ている?
ここ数年で最も有名になったル動詞といえば、やはり「タピる」でしょう。市場調査会社AMFが発表した「JC・JK流行語大賞2018」のコトバ部門で1位になり、翌年の「2019 ユーキャン新語・流行語大賞」でもトップテン入りも果たしています。2021年時点では、一時の熱狂が随分クールダウンしたように感じられますが、それでもtwitterにはタピっている写真が添えられた投稿が散見されるため、根強い人気があるようです。
「ググる」や「告る」といったル動詞を見ても分かるように、ル動詞化されるのは日常的に頻繁に起こる(もしくは話題になる)ことです。滅多に起こらない出来事に対して、わざわざ動詞を作る必要はありませんからね。ですから、「タピる」というのも、相当の頻度で行われていたのでしょう。そうなると、意味の変化も起きたのではないか……と、つい言語学者は考えてしまいます。
(2) 昨日、洋子たちと渋谷でタピった。
(3) 昨日、洋子が一人でタピった。
(4) 昨日、洋子が自宅でタピった。
間違いなく(2)は自然だと思うのですが、(3)や(4)はどうでしょう。一人で静かにタピオカドリンクを飲んだり、自宅に持ち帰ってから飲んだりする行為を、わざわざ「タピる」と言うでしょうか。ドリンクを飲む行為ですぐに思いつく表現に「お茶する」がありますが、これは「お茶などのドリンクをのみながら、リラックスした時間をすごす。もしくは、楽しくおしゃべりをする」という意味でよく使用されています。お茶を飲む目的は、休息をとったり、誰かとゆっくり話したりするためなので、その行為全体を「お茶する」で代表・象徴させているわけです。こういった表現は、「手を合わせる」で「お祈りをする」を意味するのと同じで、「換喩(メトニミー)」と呼ばれます。文字通りの「お茶を飲む」ではなく、換喩表現となった「お茶する」は、忙しい仕事の合間にペットボトルのお茶をひとくち飲んだだけでは使用できません。つまり、「お茶を飲む」と「お茶する」は意味が違うのです。
であれば、「タピる」にも、そのような意味の違いが生まれているかもしれません。実際、2019年に学生に聞いてみたところ、何人かの学生は(3)や(4)がやや不自然に響くと答えてくれました。若者がタピる目的の一つは、やはり流行にのって楽しんだり、そうやって友達と楽しい時間を過ごしたりすることにあるのでしょう。田川(2020:38)では、タピオカブームがInstagram等のSNSを通じて広まった背景から、「「タピオカ関連飲食物の写真を撮ってSNSに公開する」ところまでを意味するのではないかと推測される例もある」との指摘が見られますが、そういった行動まで含めて「タピる」が換喩的に使用されているものと思われます。そうなると、「タピる」の意味は、「タピオカドリンクを飲むこと。その写真をSNSにアップしたり、飲みながら友人と楽しい時間を過ごしたりすることも含む場合がある」という風に説明しなければいけないのかもしれません。
換喩という点では、「タピる」と「お茶する」は共通しており、単に飲料を飲む以上の意味を含んでいるわけですが、違う点もあります。「お茶する」の場合は、コーヒーやストロベリーフラペチーノでも構いませんが、「タピる」の場合は必ずタピオカドリンクでなければいけません。同じようなドリンク名を利用して、「コヒる」(コーヒーを飲む)や「フラペる」(フラペチーノを飲む/食べる?)とは言えないので、「タピる」は非常に珍しい存在なのです。それでもタピオカドリンク一種に限定されていては、使用範囲はかなり狭くなってしまいます。そうなると、「タピる」はやがて「お茶する」に吸収されてしまう、なんて可能性も出てきます。
しかし、今のところ、その可能性は薄いと思われます。理由は二つあります。一つは、やはりまだタピオカドリンクが若者にとってそれなりに特別な存在であるからです(ただし、ブームが完全に過ぎ去ってしまえば、どうなるか分かりません)。特別な存在といえば、スターバックスが思い出されます。スタバでMacBook Airを開いているのがオシャレ人間だというイメージがあるように、スタバは他のカフェとは違って特別な価値が付与されています。ですから「スタバる」なんてル動詞も出現するわけですが、他のカフェの店名ではそうはいきません。
二つ目の理由は、「お茶する」の場合は店内の席に座って飲むイメージですが、タピオカドリンクはボトルでテイクアウトすることが多いということです。若者はともかく、中高年がタピオカドリンクのボトルを持ちながら、街角で立ち話をしているイメージが湧くでしょうか。おそらく、それなりの年齢の大人は、そういったことはせずに店内の席に座って飲むでしょう。長話をするには、そっちの方が都合もいいですし、足も疲れませんしね。そうなると、いちいち「タピる」などと言う必要はなく、普段している「お茶する」の延長線上に位置づけられる可能性が出てきます。つまり、「タピる」が「お茶する」に吸収されてしまうわけです。いずれ吸収されてしまうのか、それとも若年層と中高年層で使い分けがされるのか、まったく予想がつきません。今後どうなるのか、言語学者としてじっと見守っていきたいと思います。
4.おわりに
本当は、「ディスる」や「バズる」についても取り上げたかったのですが、今回は「ググる」と「タピる」だけでかなりの文量になってしまったので、それらの語については別の機会に譲ることにしました。次回もル動詞を取り上げます。ただし、最近の若者ことばではなく、ちょっと古いことばですが。
参考文献
田川拓海 2020. 「外来語の形態論研究:外来語系接辞と新語形成」 『日本語と日本文学』66、25-38. 筑波大学日本語日本文学会
(https://www.researchgate.net/publication/348002406_wailaiyunoxingtailunyanjiuwailaiyuxijiecitoxinyuxingcheng)
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- 2021年03月09日 『若者ことば 辞書は読み物、日本語は生き物 3 略語は単なる省略にあらず!「キモい」「ウザい」尾谷昌則(法政大学)』
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略語は単なる省略にあらず!
1.省略される形容詞
以下のような2つの発言を聞いた時に、皆さんは何を言っているか瞬時に理解できますか。特に、年配の方はどうでしょう。知らない言葉が混じっていませんか。
(1) 一生懸命努力しても報われないって、かないよね。
(2) 「おじゃ魔女ドレミ」って、なつい! 幼稚園のときよく見てたわ~。
どちらも、私が数年前に耳にした言葉です。(1)の「かない」は「悲しい」の略で、(2)の「なつい」は「懐かしい」の略です。どちらも、会話の流れから瞬時に理解できましたが、すでに40代に突入していたオジサンとしては、隔世の感を禁じ得ませんでした。
省略形というものは、元の表現の〈音〉や〈文字〉の一部を削除したものですから、形式的側面から見れば、非省略形よりも短くなっています。一方で、意味的側面から見れば、元の表現と何ら変わらないと一般的には思い込まれているようです。しかし、よく考えてみると、小さく薄くなったノートパソコンの性能が、大きなノートパソコンと同等ということなど考えらませんよね(勿論、数年前の古いパソコンと比較すれば、最新の薄型パソコンでも遜色ないかもしれませんが)。「形式が違えば、意味も違う」と主張したのはBolinger(1977)ですが、省略形と非省略形は、厳密には形式が若干異なるわけですから、意味にも若干の違いがあっても不思議ではありません。
では、「なつい」や「かない」も、「懐かしい」や「悲しい」との意味の違いがあると言えるでしょうか。意味論的な意味については、残念ながら私もまだ違いを見つけられていません。しかし、語用論的な意味においては、〈若者風〉〈最先端〉〈軽妙〉〈くだけている〉〈親しいもの同士で使用する〉といった特徴が指摘できます。その意味では、決して非省略形と同じとは言えません。そこで今回は、略語とその意味について考えてみたいと思います。連載1回目(エモい)と2回目(ラグい)の流れを引き継いで、形容詞を取り上げます。
2.若者は略語が大好き
手元にある『現代用語の基礎知識』(1991年版~2020年版)から、[若者]の項に掲載されていた省略型形容詞をいくつか拾ってみました。上の方に挙げたものはかなりの知名度を得ていると思われますが、下の方に挙げたものは比較的新しく、中高年の方はご存じないかもしれません。それぞれの初掲載年も記入しておきます(それ以前の版にも掲載されているものがあるかもしれませんが、今回は調べておりません)。
「むずい」 (難しい) 1991年
「きもい」 (気持ち悪い) 1991年
「うざい」 (うざったい) 1993年
「めんどい」 (面倒くさい) 1994年
「なつい」 (懐かしい) 2003年
「はずい」 (恥ずかしい) 2006年
「かない」 (悲しい) 2017年
「大丈ばない」(大丈夫じゃない) 2017年
「きびつい」 (きつい&つらい) 2017年
「しょんどい」(正直しんどい) 2019年
この中で、「むずい」や「きもい」は1991年版ですでに「若者用語」として掲載されていました。少なくとも30年以上の歴史がある言葉です。1991年に高校3年生だった若者も、令和3年の3月時点では48歳のオッサンになっています。はい、そうです。私のことです。48歳は、とても若者とは言えませんね。ただし、現在48歳の人がみんな「むずい」を使用している訳ではありません。あくまでも、その当時に若者言葉として使用されていたというだけであって、その当時の若者がみんな使用していたというわけではありません。
3.「きもい」と「きもわるい」
まずは「きもい」を取り上げてみましょう。「気持ち悪い」を略した「きもい」は、1981年の書籍ですでに若者言葉として紹介されています。同書では、「きもわるい」という形で用いられていたことが、以下のような発話例とともに紹介されており、「きもい」とも言われるとされています。
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「先生ってさ、家できもわるいことあんでしょ、するとさ、学校へ来ておれ達にさ、ちょっとしたことでもガミガミいうんだよね、あったまくる」
テレビで、ある中学生番長がリポーターに向かって言い放った文句(中略)。「気持ち悪い」のつづまった言い方で、ここでは、「面白くないこと」「気分悪いこと」といったところ。「きもい」ともいう。
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(川崎 洋 1981. 『流行語』 p.62-3)
ここで面白い点が2つあります。1つは、「きもい」だけでなく、「きもわるい」という表現も使われていたという事実です。「気持ち悪い」をいきなり「きも(ちわる)い」と略すのは、さすがにやり過ぎですよね。「悪い」の「わる」の部分までいきなり省略してしまったのでは、元の表現が復元できません。しかし、「きも(ち)わるい」という控えめな省略であれば、何を言いたいのか十分に理解できます。ですから、まずは「きもわるい」という無難な省略形を経由して、最終的に「きもい」という超省略形へと変化したものと思われます。現代では、「きもわるい」という表現はすっかり姿を消してしまいました。これは、過渡期に見られた表現ということで、橋渡し(bridge)表現と呼ばれます。
さて、2つ目の面白い点は、「きもわるい」の意味です。上記の書籍で紹介されていた例に登場する先生は、おそらく家庭のもめごと(夫婦喧嘩?)などで不機嫌になったのだと推察されますが、そういった場合の〈面白くない〉〈気分悪い〉という意味は、現代の「きもい」にはありませんよね。現代では、見た目などが気持ち悪い場合に使われることが多いと言われており(「日本語俗語辞書」http://zokugo-dict.com/07ki/kimoi.htm)、「あいつ、キモい!」といった感じで、特に他者を侮蔑する場合に多用されています。新意味と旧意味の間には、〈自分を不愉快にさせる〉という共通点はあるものの、その内実はこの40年でかなり変化してしまいました。
現代の「きもい」の意味にいて、もう少し見ておきましょう。現在では「きもい」という超省略形だけが残り、それが見事に定着している訳ですが、元の表現である「気持ち悪い」との関係はどうなっているのでしょうか。例えば、お酒を飲み過ぎた際には、「気持ち悪い」とは言えても「きもい」とは言えません。「きもい」は、医学的な意味で「気分が悪い」という場合には使えず、精神的な意味で「気色悪い」や「気味が悪い」という場合にしか使用されません。
◯ お酒を飲み過ぎて、気持ち悪くなった。
× お酒を飲み過ぎて、きもくなった。
◯ あいつの薄ら笑いは、ちょっと気持ち悪い。
◯ あいつの薄ら笑いは、ちょっときもい。
つまり、省略形である「きもい」は、「気持ち悪い」の意味の一部分しか受け継いでいないのです。もしくは、その一部の意味に特化した表現と言ってもいいでしょう。新旧二つの表現が存在する場合、意味の棲み分けが起こる場合がよくあります。例えば、〈食べ物〉を表すフランス語の”food”が英語に流入した影響で、それまで〈食べ物〉を表していた英語の”meat”は、食べ物の中でも特に〈肉〉だけを指す言葉に変化することで生き残りました。このように、上位概念から下位概念(=上位概念の一部分)へと変化する現象は、「意味の縮小」(Bloomfield 1933, Ullman1962)や「意味の特殊化」(Paul 1880)と呼ばれます。「きもい」の場合は、既存表現の「気持ち悪い」の意味が縮小したわけではなく、新規表現の「きもい」の方が精神的な側面について述べる専用形として生み出されたようです。
4.「うざい」と「うざったい」
「うざい」は「うざったい」が略されたものですが、「うざったい」自体も若者言葉として都内に流入したものだったようです。1986年に発行された『ことば昭和史 WORD & WORDS 昭和世相流行語辞典』には、昭和60年(=1985年)に流行し、「うざい」とも言うと説明されています。
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うざったい
昭和60年流行の若者語。うざい、うざっこい、うざっぽい、うざうざ、などと変化。意味は「しち面倒くさい、ぞっとする、うっとうしい、重苦しい、うるさくてわずらわしい、けむったい」など。
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(鷹橋信夫 1986. 『ことば昭和史 WORD & WORDS 昭和世相流行語辞典』p.332)
「うざったい」については、井上史雄先生(東京外国語大学名誉教授)が1983年に都内8箇所で行った言語調査の結果から、奥多摩地方の方言が都内に流入したものだろうと書いていらっしゃいますが(井上1998)、その調査を行った際に、奥多摩町氷川中学校の生徒がすでに省略形の「うざい」を使用していたのを確認されていたそうです(『朝日新聞』1995年11月19日、朝刊、p.36)。
非省略形の「うざったい」は〈鬱陶しい〉というネガティブな意味の語ですが、その省略形として生まれた「うざい」は、さらにネガティブな要素が増したように感じられます。例えば、小学校でのいじめ問題を取り上げた『読売新聞』の2001年と2002年の記事には、友達から「ちょーキライ。ってゆーか、うざい」や「ムカツク。うざい」と言われた小学生の経験談が掲載されています。それを受けて、同紙は2002年の7月に「新 日本語の現場」というコーナーで「うざい」を3回に渡って取り上げ、「人格を徹底的に否定するような響きがある」という中高年層の意見を紹介しています。
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「うざい」は、「不快だ。気持ちが悪い」の意味で使われている。(中略)
若い世代の間では、ごく自然に使われているようだ。
しかし、比較的年齢の高い層には、この言葉を聞くたびに、猛烈な嫌悪感と腹立たしさにおそわれると、まゆをひそめる人が少なくない。言われた側の人格を徹底的に否定するような響きがあるというのである。
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(『読売新聞』2002/7/1 東京夕刊[新日本語の現場](36)「うざい」は人格を否定?)
その翌日には、「うざい」の発信源である多摩地方でも、世代によってその意味が異なると紹介されています。もともと「うざったい」は、小さな虫などがうじゃうじゃいる様子を表した江戸時代の「うざうざ」に由来すると言われているため、多摩方言で「気持ち悪い」という意味で使用されるのは分かるのですが、若年層はそれをさらに先鋭化させ、好き嫌いの感情を上乗せして使用しているようです。
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「辞典〈新しい日本語〉」(東洋書林)には、八王子市の北にある青梅市で聞き取った事例が採録されている。老年層は「うざったい」を「ぬれた畑に入った感じ」と暮らしの場からとらえているのに対して、若者層は「不快だ、いやな(人)」と、自分の好き嫌いで軽く受け止めていた。八王子在住の家族の例も含め、東京だけでも、地域や世代により微妙に使い方が異なっていることがわかる。
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(『読売新聞』2002/7/2 東京夕刊 [新日本語の現場](37)「うざい」は多摩生まれ?)
子供のいじめ問題でも、「うざい」や「きもい」は言葉の暴力としてたびたび取り上げられますが、他者を侮蔑するような場合に使用されるということは、この言葉自体に、そういった感情的な意味が既に乗り移っているのだと考えられます。話者の主観的な態度や心情が語の意味に上乗せされる現象は、主観化(Traugott 1988)と呼ばれますが、「うざい」や「きもい」は単なる〈鬱陶しい〉を越え、〈侮蔑〉や〈嫌悪〉といった主観的な意味が強くなっているものと思われます。
5.おわりに
今回は「うざい」と「きもい」を取り上げましたが、どちらも非常にネガティブな語です。そんな言葉を多用する若者たちを見て眉をひそめ、「若者言葉はけしからん!」という論調に傾く中高年が多いようですが、言葉に罪はありません。火事の原因になるからといって、「火はけしからん!もう使うな!」と怒る大人はいないでしょう。尾崎豊が「盗んだバイクで走りだす~♪」と歌う曲を青春時代に聴いていた人たちが、その当時に「いやいや、バイクを盗んじゃダメでしょ!」なんて非難していたとも思えません。思春期には誰もが通る道なのですから、自分が通過した後でその道を塞ぐのはどうかと思います。とはいえ、SNSで炎上騒ぎが頻発する現代においては、自分が放った言葉がどんなふうに他者に解釈されるのかを知っておくことも大切です。気の置けない仲間内だけで、会話を娯楽として楽しむために使用する場合と、そうではない人に向けて言い放つ場合とでは、同じ単語でもその意味や重みが随分と違ってくるのですから。
参考文献
・Bloomfield, L. 1933. Language. New York: Allen & Unwin
・Bolinger, D. 1977. Meaning and Form. London: Longman. 中右実訳『意味と形』こびあん書房、1981年)
・井上史雄 1998. 『日本語ウォッチング』岩波書店
・Paul, H. 1880. Prinzipien der Sprachgeschichte. Tübingen: Niemeyer (福本喜之助訳『言語史原理』講談社、1965年)
・Traugott, E. C. 1982. “From Propositional to Textual and Expressive Meanings: Some Semantic-Pragmatic Aspects of Grammaticalization.” In Winfred P. Lehman and Yakov Malkiel (eds.) Perspectives on Historical Linguistics, 245-271. Amsterdam: John Benjamins.
・Traugott, E. C. 2010. “(Inter)subjectivity and (inter)subjectification: A Reassessment.” Subjectification, Intersubjectification, and Grammaticalization. 29-71. Berlin/New York: Mouton de Gruyter.
・Ullmann, Stephen 1962. Semantics: An Introduction to the Science of Meaning. Oxford: Blackwell
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- 2021年03月02日 『若者ことば 辞書は読み物、日本語は生き物2.「ラグい」って言葉、知っていますか? 尾谷昌則(法政大学)』
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「ラグい」って言葉、知っていますか?
1.「ラグい」は6歳児も使う?!
2020年の新語・流行語大賞では、「オンライン◯◯」「Zoom映え」「テレワーク/ワーケーション」の3つがノミネート語に挙がるなど、日本中がオンラインに注目した一年になりました。新型コロナウイルスの影響で、企業ではテレワークの導入が一気に進み、私が勤務する大学でも授業がほぼ全てオンラインで実施されました。その意味では、2020年は「オンライン元年」と言っても過言ではないでしょう。
しかし、大きな問題も浮き彫りになりました。それは、通信環境の不備です。ゼミで学生にプレゼンテーションをしてもらった際にも、通信が途切れたり、画面が固まったり、声が途中から聞こえなくなったりするなど、さまざまなトラブルがありました。要するに、ネットの回線が遅いのがその原因なのですが、そういった通信速度の遅さを表現する言葉に「ラグい」という形容詞があります。これは、時間の遅延を意味する「タイム・ラグ」(time-lag)の「ラグ」(遅れ・ずれ)に、形容詞の接尾辞「い」が付いたものです。
この「ラグい」という形容詞は、主にオンラインゲームなどをする際の、通信の遅さを表す言葉として、若者の間で普通に使用されています。以下は、Twitterに投稿されたあるお母さんのつぶやきですが、なんと、6歳のお子さんも使っているようです。
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今日の晩御飯で子供たち会話で得た新しい言葉は
「ラグい。」
え?なにそれ。
お母さん置いてけぼりだよ天使の笑顔
#いよいよ6歳にも新しい言葉を教わるようになった
#ナウいみたいなもんか?
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(https://twitter.com/taesan13859078/status/1326121685423017984)
試しに、若者がよく使用するTwitterで、2011年、2014年、2017年、2020年のそれぞれ1月3日~4日の2日間だけに期間指定をして検索してみたところ、順調に使用数が増えていることが分かりました。(画像参照)
2.「ラグい」は意外に古くから使われている
この「ラグい」という言葉は、残念ながら、市販の辞書にはまだ掲載されていません。比較的新しい言葉でも掲載していそうな『三省堂現代新国語辞典』(第六版、2019年)、『大辞林』(第四版、2019年)、『新明解国語辞典』(第八版、2020年)、『明鏡国語辞典』(第三版、2020年)などを引いてみましたが、どれも未掲載でした。ただし、この種の新語や俗語を収集しているネット上の「日本語俗語辞典」には、さすがに掲載されていました。以下のように説明されています(2021年2月24日現在)。
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ラグいとは、オンラインゲームにおいてネットワークのパケット送受信の遅延によるゲーム動作の鈍いさまを表す言葉。
【年代】 2008年 【種類】 ネットスラング
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(http://zokugo-dict.com/39ra/ragui.htm)
この説明にもあるように、「ラグい」はただ単に通信環境が遅い(=重い)ことを意味するのではなく、通信環境の遅さによるゲーム動作の鈍さを意味します。プレイヤーがコントローラーのボタンを押してから、ゲーム中のキャラがその動作を行うまでには若干のタイム・ラグが生じるものですが、その遅延が酷い時に「ラグい」と言うわけです。(ちなみに、音楽・レコーディング用語では音のタイム・ラグを「レイテンシ-(latency)」と呼んでいます。)
ただし、「【年代】2008年」という記述は、「ラグい」という形容詞が誕生した年といよりは、使用が拡大し始めた年なのではないかと思われます。というのも、「ラグい」の使用例は、それよりも早い時期に見られるからです。私が、ネット掲示板「2ちゃんねる」(現「5ちゃんねる」)の過去ログを調べた限りでは、最も古い使用例は以下に示した2001年10月1日のものでした。ここで「ラグいときの飛び方」とあるのは、回線が遅い時にゲーム内でジャンプしようとボタンを押しても、自分の狙ったタイミングよりもジャンプ動作が遅れる場合のことを述べています。
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767 :名無しさんの野望:01/10/01 03:28 ID:m3j6ovbg
ロケジャンはタイミングの取り方でいろいろできるから手動のほうがいいよ
ラグいときの飛び方とか、ダメージが少ないように飛ぶとか
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(「TeamFortress、みんなでマターリ語らおう」スレッドID:984602956)
3.「ラグい」の誕生前夜
さて、この「ラグい」という形容詞は、少なくとも2001年から使用されているということが分かりましたが、実は、それよりも先に動詞として使用された例も見つかりました。「ラグい」ではなく「ラグ」だけで、2001年以前の掲示板を検索してみたところ、2000年に立てられたスレッドから、「ラグる」や「ラグって」という表現が計19件も見つかりました。その中で最も古いのは2000年の1月7日のものでした。
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3 :テニスゲー:2000/01/07(金) 14:08
GAME&MATCH体験版を一人でやって、結構面白かったんで
ネット対戦しに行ったら、イランだかどこだかの奴一人しかいなかった。
そいつと2ゲームほど対戦したら、ラグって切断された。
それっきり対戦してない・・・
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(「いまいち盛り上がらないネット対戦スポーツゲーム」 ID:947183009)
2000年の1月7日に書き込まれたということは、その前年である1999年にはすでに使用されていた可能性が高いと判断できます。そこで気になるのは、「そもそもオンラインゲームはいつ頃からはじまったのか」という点です。2000年頃のオンラインゲーム事情は、どうなっていたのでしょうか。
4.「ラグい」は英語の影響で生まれた?
アメリカでは、オンラインで参加できるゲームが1970年代には開発されていたようですが、現代的な商用オンラインゲームの元祖とも言えるのは「Diablo」(1996年)や「Ultima Online」(1997年)です。ただ、オンラインでプレイするには月額料金が必要で、パソコンの知識や多少の英語力も必要でしたから、中・高生がこのようなオンラインゲームをプレイしていたとは到底思えません。どんなに若くても大学生、実際には20~30代が中心ではなかったろうかと推察されます。国産のオンラインゲームは2001年からで、2002年にはあの「ファイナルファンタジーXI」も発売されています。「ドラゴン・クエスト」と並ぶ有名なRPGですから、日本国内のオンラインゲーム人口は確実に増えたはずです。
さて、ここまでくると、「ラグってる」という動詞が出現したと考えられる1999年頃の状況がなんとなく想像できるでしょうか。この時点では、日本語版のオンラインゲームはありません。「ラグってる」という動詞用法も、全て海外版のオンラインゲームについて述べたものでした。形容詞の「ラグい」は2001年10月に見つけることができましたが、その掲示板も、海外企業が作成した「GODIUS β」というゲームのβテスト版(注)についてのものでした。つまり、日本語の「ラグってる」や「ラグい」が出現した時期は、日本人プレイヤーが海外のオンラインゲームで遊んでいた時期だと考えられます。当然、海外のサイトで様々な情報を入手したり、英語でチャットをしたりしたプレイヤーもいたでしょう。そうなると、英語の影響が少なからずあったのではないかと想像せずにはいられません。
英語の”lag”には、名詞用法だけでなく “He is lagging behind the other students in his class.”(彼はクラスメイトに遅れをとっている)というような動詞用法もあります。この”(be) lagging”は「(一時的に)遅れている」と日本語に訳せるわけですが、これをネット回線にも適用して、”My internet is lagging.”(うちのネットが遅くなってる)とも言えるわけです。これを日本語化して「ラグってる」という動詞用法が誕生したのではないでしょうか。
さらに、ネットスラングでは”lag”を形容詞化した”laggy”という言葉もあります。残念ながら紙の辞書では見つけることができませんでしたが、ネット上で利用できる「Cambridge Advanced Learner's Dictionary & Thesaurus」には、「コンピューター用語」「インフォーマル」という注釈付きで、以下のように説明されていました。
A laggy computer, computer game, or internet connection is slow to react:
― “The laptop was laggy on some internet flash games.”
― “The camera movement in the game feels a little laggy.”
また、インターネットコミュニケーションを社会学的な観点から研究したKendall(2002)では、ネットに長時間ログインしているMudders達が、”lag”という言葉を使ってネット回線の遅さについて不平をこぼすことに触れた箇所があるのですが、その記述の中に、特定のプレイヤーに対して動きがラグい(laggy)と文句を言うことがあると書かれています。
Mudders also use this term to describe delay in communication brought about by the same causes. Mud participants periodically complain about “net lag” or say that a particular mud is “laggy.” (p.269)
英語の”laggy”がいつごろ生まれたのかは分かりませんが、2002年には出版物に記載されているくらいですから、「Diablo」や「Ultima Online」が盛んにプレイされた1997年か1998年には誕生していた可能性があります。当時のオンラインゲームは海外ユーザーの方が多かったでしょうから、英語の”laggy”が先に生まれ、それを日本人ユーザー達が真似して「ラグってる」と言い始めたのではないかと推察できます。もしくは、”lagging”から「ラグってる」という動詞用法が生まれ、それが「ラグい」という形容詞になったとも考えられます。さらに第三の可能性として、英語とは全く無関係に生まれたということも考えられますが、こちらは可能性が低いだろうと思われます。英語とは違い、日本語は「タイム・ラグ」という複合語で使用することが圧倒的に多いため、いきなり「ラグ」だけを取り出して動詞化したとは考えにくいからです。
5.英語由来の「ラグい」は、「エモい」のように定着するか?
連載1回目では「エモい」という形容詞を取り上げましたが、「エモ」いは「エロい」「ナウい」「グロい」に続いて、久々に定着した英語由来の形容詞です。茂木俊伸先生(熊本大学)は、2018年7月15日の ITmedia NEWS で「外来語形容詞四天王」と書いていらっしゃいますが、私は、この「ラグい」がいずれ第5位くらいの地位に躍り出るのではないかと個人的に考えています。その理由は、今後ますますオンライン需要が増え、オンラインゲームも盛んになると考えられるからです。冒頭で、Twitterでの使用例が着実に増加していると書きましたが、近年の使用例には数年前と大きな違いがありました。それは、ここ2,3年のツイートは、実際にプレイしているオンラインゲームの画像が一緒に貼り付けられているという点です(画像参照)。
「ラグい」が定着すると考える理由はもう一あります。それは、「ラグい」がゲームの動作やネット回線の遅さだけではなく、それとは異なる状況について述べる場合にも使用されはじめているからです。例えば、以下の例では「返事が遅い」という意味で使用されています。こうやって使用範囲が広がれば、それに比例して使用機会も増えるため、定着する可能性は高くなります。
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問い合わせの返事がめちゃくちゃラグいから不安で不安でしょうがないすぎる、、、
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(https://twitter.com/laaxxx___v/status/1308380224493559808)
ミュージシャンのボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した際に、受賞受諾の返事が遅かったことから、それをもじって「LINEの返事、超ボブ・ディランなんだけど。。。」というような表現が一瞬だけ流行りました。固有名詞をもじった流行語は、その固有名詞の流行が収まると一緒に忘れ去られるものですが、「ラグい」はそれとは異なりますし、実際に使用数も順調に増えています。このまま日本語として定着するかどうか、どうぞ温かく見守ってください。
【注】
「βテスト版」とは、正式版をリリースする前に、バグなどが無いかを確認するために限られたユーザーのみがモニターとしてプレイできる試作版のことです。このβテストをはじめ、オンラインRPGの世界観を鮮やかに映し出したアニメに、「ソード・アート・オンライン」があります。原作は小説ですが、アニメ版の方がVRMMORPGの世界がより分かりやすいと思われます。
【引用文献】
Kendall, Lori (2002) Hanging Out in the Virtual Pub: Masculinities and Relationships Online. Berkeley and Los Angeles: University of California Press.
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- 2021年02月23日 『若者ことば 辞書は読み物、日本語は生き物1.すぐに消えると思っていた「エモい」が、意外に長生きしている問題 尾谷昌則(法政大学)』
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すぐに消えると思っていた「エモい」が、意外に長生きしている問題
1.もはや「エモい」は単なる流行語ではない
若者は、ことばを生み出す天才です。そんな若者達が、最近あたりまえのように使用する言葉に「エモい」があります。しかし、私を含めた中高年世代はほとんど使用しない言葉でもあるため、「世代の断絶」を象徴する言葉の一つであるとも言えます。
この「エモい」は、英語の “emotion”(感情)という言葉に由来し、その語頭2文字にあたる「エモ」に日本語の形容詞接尾辞「い」を付けたことで生まれました。三省堂の「辞書を編む人が選ぶ 今年の新語2016」では、大賞こそ逃しましたが第2位にランクインし、その意味は以下のように説明されていました。
〔音楽などで〕接する人の心に、強く訴えかける働きを備えている様子だ。
「彼女の新曲は何度聴いても━ね」
その後も、一過性の流行語として消えることなく「エモい」は使用され続け、とうとう辞書にも掲載されました。これをいち早く採録した『大辞林』(第四版、2019年)では、以下のような語釈が与えられています。
(形)〔感動を意味するエモーション(emotion)から〕
(主に若者言葉で)心に響く。感動的である。 (『大辞林』第四版)
ここで紹介した「人の心に、強く訴えかける」「心に響く」「感動的である」という説明は、どれも人間の感情を表現したものです。しかし、感情というのは、抽象的で捉えどころのない概念でもあります。哀愁をおびた感動なのか、それともハッピーエンドで心が沸き立つような感動なのか、特に指定はされていません。となれば、時代劇の『水戸黄門』や『遠山の金さん』のように、最後のどんでん返しでスカッとするような感動についても、「エモい」と言えるのでしょうか。おそらく使えないのではないかと思います。
「エモい」は、流行語として多くの若者に使用されるようになりましたが、それに呼応して、語源を知らずに使用する若者も多くなりました。そのため、個人差が出てしまい、意味がかなり多様化してしまったと考えられます。
2.「エモい」のルーツは音楽にあり!
語源をたどると、「エモい」のルーツは英語の音楽用語にあります。パンクロックの一種にハードコアと呼ばれるジャンルがあるのですが、感情を吐露するように歌うバンドが1980年代に出現し、のちにエモコア(エモーショナル・ハードコア)と呼ばれました。
この1980年代は、ハードコアが多様化した時期でもありました。例えば、メロディを重視したメロコア(メロディック・ハードコア)、デスメタルの重厚さと暴力性を兼ね備えたグラインドコア、スカビートを基調としたスカコアなど、様々なジャンルとクロスオーバーしていった時期です。余談ですが、私は学生時代にバンドを組んでいて、スラッシュメタルとハードコアが融合したバンドS.O.D.や、日本のメロコアを代表するHi-Standardなどをよくコピーしていました。
感情を吐露するように歌うエモコアは、90年代には「エモ(emo)」と呼ばれるようになりました。さらに、感情を絞り出すように絶叫する「スクリーモ」と呼ばれる派生ジャンルも生まれるなど、日本でもその知名度が上がっていきます。1つのジャンルを表す言葉として「エモ」が定着したことで、感情を揺さぶるようなメロディや音楽性を形容する表現として、「エモい」という日本語がこの時期に生まれたと考えられます。
管見の限り、この言葉に触れた書籍で最も古いものは、2006年に出版された『みんなで国語辞典!』(大修館書店、p.5)で、以下のように記載しています。(2)の意味はちょっと不思議ですが、(1)は現在でも変わりませんね。
(1) 感情的だったりテンションが高くなっている状態。「今、すごいエモい」「君、言葉がエモいね」(栃木県・中3・男)
(2) 天然パーマの人のこと。「Y君はエモいと思う」(静岡県・高専3・男) (補注)「天然パーマ」がテンションの高い
髪型ということか?
若者言葉として2006年に記述されているわけですから、これが生まれたのはもっと早いはずです。ネットでいろいろ調べてみたところ、情報サイトNicheee!の記事「新語面してるけど「エモい」って結構前から使われてるでしょ?いつから使われているか調べてみた!」https://www.excite.co.jp/news/article/Nicheee_2180749/
で、1999年の使用例を見つけたという報告がありました。
ネット上で確認できる「エモい」の初出は1999年6月16日付の個人ブログ。
新宿HMVで行われた「the 3some」というフィンランドの3人組バンドのインストアライブのレポで登場している。
ブログの中では“ヴォーカルの息を吸う時しゃくりあげるような声が出る歌い方にエモい効果がある”との旨の記述があり、これが確認できた中ではネット上の「エモい」の初出となる。
(http://www.nicheee.com/archives/2180749.html)
残念ながら、この記事で紹介されていた個人ブログは見つかりませんでしたが、私がネット掲示板「2ちゃんねる」(現在の「5ちゃんねる」)を検索した限りでは、2002年に2件の「エモい」を見つけることができました。どちらも、バンドの音楽性について語ったものです。
(1) そういう名前のバンド。(中略)かなりエモいよ。
(2002/06/16 スレッドID:1023678418)
(2) 洋楽が中心になっていったなぁ。ウイザーとか、エモいのになった。
(2002/07/07 スレッドID:1026014742)
3.「エモい」の多様化
2000年代に入るとエモの人気がますます高まっていきます。しかし、人気が出たことで、多くのエモ系バンドが登場することになり、多様化します。やたらポップ寄りのバンドが出てきたりして、メロコアとの境界線が曖昧になったり、初期のエモバンドを知らない新規ファンが出てきて、旧来ファンとの間で「エモ」の守備範囲が徐々にずれていきます。今にして思えば、Jimmy Eat Worldなどがちょうどその端境期にあったバンドなのだろうと思います。2007年に彼らが発表したアルバム「Chase This Light」を初めて聴いたとき、私はエモ系だとは全く意識しませんでしたから。もちろん、これも人それぞれ見解が異なるかもしれませんが。
「エモ系」と呼ばれるバンドが多様化していったように、「エモい」という言葉も多様化していきました。例えば、以下では、エモとはかなり音楽性の異なるメガデス(「スラッシュ四天王」と呼ばれる有名なヘヴィメタル・バンド)に対して「エモい」と形容しています。
(3) メガデスの方がメタリカより、ロキノン的。メガデス超エモい。
(2008年2月23日 https://twitter.com/natokazu/status/747413582)
私はメガデスの大ファンなので、このツイートの意図はなんとなく理解できなくもありません。しかし、この分野の音楽に触れていない人が聴いたら、どこがどうエモいのかは理解できず、自分が知っているエモ系バンドを想像しながら、最大公約数的に「感動する/心を揺さぶる」と解釈しても仕方ありません。人によって琴線に触れるツボが異なるように、音楽性をどう解釈するかも、個人差が生じるのは当然のことです。
さらに、「エモい」は音楽以外にも使用されるようになっていきます。Twitterで検索してみたところ、「少年」や「技術」に対してだけでなく、アニメ、マンガ、小説などにも「エモい」という形容がされる例が見つかります。(4)は、正直いってどんな少年なのかは想像できませんが、それ以外はどれも「感動する/心が震える/えも言われぬ感情になる」というニュアンスが感じられます。
(4) おぅ!しかもエモい少年だw
(2007年6月4日 https://twitter.com/nana82/status/90489072)
(5) [科学は価値判断せず]エモい技術は促進され、エモくない技術は促進されないよ。多分。 (2007年9月20日 https://twitter.com/REVI/status/281186872)
(6) ARIA3期。エモいな。昔のアキラさん、伸江姉みたいで悪くねぇ。
(2008年2月7日 https://twitter.com/GIDORA/status/684083292)
(7) クッキングパパ読んでたらよくわからない感情に襲われた。何故か泣きそうだ。エモい(笑) 説教くさくないのに健全な感じ。こういうのに弱い自分が結構面白い。
(2008年3月17日 https://twitter.com/natokazu/status/772644425)
(8) 12国記とりあえず読了。面白い。ファンタジーは入り込むの時間かかるけど入れたらハマる。淡々としつつエモい文章も好き。やるな綾辻の嫁。
(2008年4月11日 https://twitter.com/makeinu_wonder/status/787200331)
4.「エモい」の一般化
さて、音楽用語としての「エモい」が、音楽性を表す以外にも使用されるようになったのは、非常に大きな変化だといえます。この変化がなければ、「辞書を編む人が選ぶ 今年の新語2016」に選ばれるほど有力な言葉にもならなかったでしょう。
もともとは一部の限られた場合にのみ使用されていた語が、やがてそれよりも広い範囲に拡大されるような現象は「意味の一般化」と呼ばれます。例えば、筆以外にも鉛筆やペンといった筆記用具全般を収納する「筆箱」は、意味が一般化した例と言えるでしょう。また、「瀬戸物」は愛知県瀬戸市を中心に生産されていた焼き物でしたが、現在では陶磁器全般を指すことばに拡大しています。若者言葉の代表格である「ヤバい」も、従来は危険な状態だけに限定されていたのに、現在では良い/悪いを問わず「ものすごい」という極端な状態全般を表すようになっているため、意味の一般化が起こったと言えなくもありません。
このような〈意味の一般化〉が、「エモい」にも起こったと考えることが出来るかもしれません。もともとは、バンドの音楽性を表す言葉であったものが、その音楽を聴いた時に湧き起こってくる感情――例えば「感傷的」「もの悲しい」「感極まる」「懐かしい」「しみじみとする」といった感情――を表すようになり、そこに新規ユーザーが加わることで個人差が大きくなり、徐々に旧来のユーザーが使っていた意味とは守備範囲がずれていったわけです。そして、それらが渾然一体となった最大公約数的な解釈が、冒頭で引用した「人の心に、強く訴えかける」「心に響く」「感動的である」といったものになったのでしょう。もちろん、感動した時ならば常に「エモい」が使えるとは限らないので、完全に一般化したとは言えないかもしれませんが、現在の「エモい」の使われ方を見ている(というか、検索して調べた)限りでは、かなり多様な感情をひっくるめて使用されている実情が浮かび上がってきます。
5.「エモい」の多用は語彙力低下につながる?
「エモい」は守備範囲の広い語彙であるため、様々な場面で使える便利な言葉です。その点では、「やばい」と似たような位置づけができる言葉でもあります。外国人から見れば、使用できる場面が多い単語はとても魅力的です。逆の立場で考えてみてください。英会話を学んでいる日本人が、ネイティブの先生に「この単語は、いろんな場面で使える便利な言葉ですよ」と言われたら、きっと嬉々として学ぼうとするでしょう。
しかし、世の中では、若者が様々な場面で「やばい」を使用することに対して、「「やばい」一語だけで済ませるのは、語彙力の低下につながる」と危惧する声もあり、それは残念ながら「エモい」についても同じようです。某サイトでは、「ヤバいは思考停止、エモイは感性の腐敗」とまで言い切っています。もし私が同じことを大学の講義で言い放ったら、学生から総スカンを食らうかもしれません。(ま、実際は、私が所属する日本文学科の学生は、言葉遣いに対する意識が非常に高い学生もいるので、総スカンではなく半スカンくらいだと思いますが。)
同じ語を多用することが思考停止や感性の腐敗につながるなら、「いい(良い)」などはどうなるのでしょうか。この語は、「エモい」や「やばい」をも包含する大きな概念を表しており、年齢を問わず多用されていると思うのですが、これで皆さんの感性は腐敗しているでしょうか。さらに、ビジネスの現場では「~させていただく」の乱用が問題視されることがありますが、これなどは中高年世代の思考停止を物語っているのではないでしょうか。便利な言葉だからこそ、ついつい使ってしまうのは、どの世代でも同じです。若い世代の言葉遣いだけやり玉に挙げて、上から目線で批評するのは、個人的には避けた方が良いように思います。
守備範囲の広い便利な言葉といえば、古語の「をかし」などはその好例と言えるでしょう。『枕草子』の中には「をかし」が400回以上登場しますが、それをもって「清少納言は語彙力が低い」と言う人はいないと思います。「をかし」を連発したからといって、清少納言の感性が腐敗していたなどとは誰も言えないでしょう。
現代の若者は、「やばい」や「エモい」以外にも、肯定的に評価・賞賛する気 持ちを表す言葉として、「イケてる」「かわいい」「萌える」「神ってる」「湧いた!」「きゅんです」「よき」「〇〇しか勝たん」「最&高」「最オブ高」「尊い」「えぐい」など、様々な語彙(というか表現法)を駆使しています。中高年世代とは異なる表現法であり、また、あまり親しくない人とは深く語り合うこともないため、中高年の皆さんはそれに気づいていないだけなのかもしれません。もし、こういった言葉遣いを見る際の色眼鏡を外すことができたら、逆に語彙が豊かになっていると言えるかもしれない、と気づくでしょう。
6.「エモい」が多用される理由
最後に、蛇足かもしれませんが、「エモい」を多用する二つの原因について触れたいと思います。清少納言が「をかし」を多用し、若者が「やばい」や「エモい」を多用する原因の一つに、私は、日本語における形容詞の貧しさがあると考えています。日本語に形容詞が少ないことは、柳田国男(1934)がいち早く指摘しています。言語学者の玉村文郎(1975)も、雑誌(90種)や分類語彙表を用いた調査を行っていますが、やはり日本語には形容(動)詞が少ないということを実証しています。そもそも日本語の形容動詞とは、形容詞の不足を補うために、漢語などに「なり」や「たり」を付けて日本語に取り込んだものでした(例えば、「静かなり」「堂々たる~」など)。日本語が形容詞の少ない言語であるため、必然的に、一つの形容詞が複数の意味を担うようになるのです。そう考えれば、新しく生まれた形容詞に皆が飛びついてしまうのも、仕方ないことのように思います。
「エモい」が多用されるもう一つの要因は、やはりその守備範囲の広さが考えられます。万人の心を揺さぶるような分かりやすい感動ではなく、自分の琴線に触れるささやかな感動といったものは、人それぞれツボが異なるものです。それゆえ、そういった感情面の個人差をうまく包み込む「エモい」は、便利な言葉なのでしょう。若者に限らず日本人のコミュニケーションの特徴として、よく「他者との意見の不一致を恐れる」ということが挙げられますが、「エモい」はそれに見事に合致した若者言葉であったと言えるかもしれません。不一致を避けるための言葉は、いわゆる「ぼかし言葉」と呼ばれ、その代表格は、断定することを避ける「~みたいな」「って感じ」「なんか、美味しいっていうか……」「美味しいかも~♪」のような表現です。断定を避けるために付加されるこれらの言葉を〈ネガティブなぼかし言葉〉と呼ぶなら、「ヤバい」や「エモい」は、断定することを避けるというよりも、むしろ他者と共感できる点を無意識のうちに増やそうとして使用される〈ポジティブなぼかし言葉〉と言えるでしょう。より詳細で具体的な描写をすれば他者との不一致が露呈するため、そこはバッサリと捨象して、全体的な評価を最大公約数的に表現しているわけです。大人からすると、「どこがどう良いと感じたのか、もっと詳しく説明してほしい」と思わないでもないですが、SNSなどでは写真付きで投稿されることも多いため、余計な言葉は不要なのかもしれません。そう考えれば、SNS世代の言葉と言えなくもないですね。
参考文献
柳田国男 (1934) 『新語論』 明治書院
玉村文郎 (1975) 「語彙論から見た形容詞」『同志社国文学』10、87-104. 同志社国文学会
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- 2021年02月22日 『新連載のお知らせ』
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年末から5回にわたり中国語の単音節性、声調、孤立語といわれる文の特性についてかみ砕いた説明をしてくださった木村英樹先生、ありがとうございました。4月から中国語に再チャレンジしてみようと思われた方も多いのではないでしょうか。ちくま学芸文庫に入っている先生の『中国語はじめの一歩』は中身ももちろんですが表紙も印象的。ぜひお手に取ってみてくださいね。
さて、明日からは尾谷昌則先生(法政大学)による若者ことば特設サイトが始まります。尾谷先生は学生時代からバンドメンバーとしてヘビメタなどロックに入れ込んでいた方で、初回のテーマ「エモい」にはその経験が生きています。