ことばとSDGs(ことば文化特設サイト)
ことば文化に関する気になるトピックを短期連載で紹介していきます。
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- 2025年05月13日 『1. ことばとSDGs:なぜ「SDGs」という用語が流行したのか 游瀚誠(慶應義塾大学SFC研究所上席所員)』
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図1:2030アジェンダ前文に記された「地球を救う機会を持つ最後の世代にもなるかも知れない(外務省訳)」の一文(マーカーは筆者による)出典:United Nations(https://sdgs.un.org/2030agenda)
図2:SDGsアイコン英語版 出典:United Nations (https://www.un.org/sustainabledevelopment/news/communications-material/)
図3:SDGsアイコン日本語版 出典:国際連合広報センター(https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/)
近年、「SDGs」という用語が定着してきたように思われます(1)。それは、朝日新聞の「SDGs認知度調査」(https://www.asahi.com/sdgs/article/15212866)から分かるように、2017年における調査では、「SDGs」という用語の認知度は約12%(n=5,000)でしたが、今回(2024年1月)と前回(2023年2月)の調査で約9割(n=5,000)まで上昇したことが判明しました。これは、SDGsという用語の定着だけでなく、SDGsに高い関心があることも示しています。実は、SDGsという用語の認知度が高いことは、世界的にも珍しいのです。そのため、筆者も海外の友人から日本の高いSDGsの認知度のことで、「すごいね」と言われたことがあります。
「SDGs」は「Sustainable Development Goals」の略語であり、日本語では「持続可能な開発目標」と訳されています。また、持続可能な開発目標から、「持続可能な」という形容詞、さらに外来語の「サステナブル」という形容詞や「サステナビリティ」という名詞も日本語として定着してきました。
皆さんはそれらの用語を聞くと、どのような認識やイメージを持ちますか? 「地球や環境に良い行いをしよう」とか「大事な心がけだ」といった「エシカル(道義的)」な意味を持つ用語だと認識されているかと思います。例えば、ペットボトル飲料を買わずにマイボトルを持参することや、ゴミをポイ捨てしないといった心がけに、思わず「SDGsだ!」って、言ってしまうかもしれません。
では、ここで皆さんに問いたいと思います。なぜ「SDGs」や「サステナビリティ」といった用語を耳にすると、地球や環境(2)に良いことをしようとする「エシカルさ」を表す用語だと認識してしまうのでしょうか。辞書的な意味での「サステナビリティ」や「持続可能」とは「そのやり方が将来も継続できる」(もり・三省堂編修所 2017)なので、エシカルさを含む意味合いが本来必ずしもあるわけではありません。なのに、なぜ「エシカルさ」を表す用語として使われるのでしょうか。
なぜこのような質問をしたのかを、私自身の自己紹介を兼ねてお伝えします。私は、昨年度修士課程を修了し、今は一般企業で働いています。修士課程の研究テーマは「EV(電気自動車)の普及」でした。このテーマを選んだのは、年々暑くなる日本の夏を憂いて、地球温暖化を含めた環境問題をどのように解決すべきかを真剣に考えたいと思ったからです。環境問題は特定の地域だけが影響を受ける問題ではありません。地球温暖化に代表される国境を超える環境問題は、全世界が何かしらの影響を受ける問題でもあるので、全世界が「協力して」解決策を考えなければいけないところに、研究分野の魅力を感じていました。
そのような流れで、SDGsやサステナビリティという用語に出会い、日常的に触れ合うようになったのです。そして、後でも紹介するのですが、SDGsやサステナビリティという用語には、環境・経済・社会をバランスよく考えなければならないという意味が含有されているのですが、なぜか日本では環境の文脈ばかりで用いられがちです。そこで「なぜ日本では環境の文脈ばかりで用いられているのか」に疑問をもち、「ことば」という側面に着目してSDGsとサステナビリティについてお話ししたいと思ったのがこの連載の契機になります。
私の専攻は言語学ではないのですが、もともと言語にも興味を持っていたため、言語系の学会でも発表をしたりしていました。そのとき、とある学会で教養検定会議さんにお会いし、私の専攻内容と問題意識をお伝えしました。そこで、ぜひことばに興味のある皆さんとSDGsやサステナビリティについて考えたいということで、「ことばとSDGs」という大きな題名を付けさせていただきました。
私は、第1回と第2回でSDGsやサステナビリティという「ことば(用語)」自体に着目したテーマを担当します。第3回と第4回は「ことばとSDGsの関わりについて」というテーマを、私が学会などを通じて知り合った、言語学を専門にする鏡耀子さんと江村玲さんが執筆いたします。3人とも専門分野や興味関心は異なりますが、それぞれ異なる側面から「ことばとSDGs」について考えていきますので、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
2. 「SDGs」と「サステナビリティ」の概要
日常会話で、SDGsとサステナビリティが同義的に使われることよく耳にするのですが、ことばに強い関心があるみなさんならよく考えてみれば、SDGs(持続可能な開発目標)というのは「目標」のことであるのに対して、サステナビリティというのは「概念」のことであることはすぐに分かると思います。
朝日新聞のSDGsを解説するサイト(https://www.asahi.com/sdgs/article/14764522)
では、サステナビリティという概念は「社会・環境の持続可能性と経済の成長を目指す考え方や活動」であると定義されています。そして、その概念を実現するための具体的な「行動」を目標として示したのが、2015年9月に国連サミットで、加盟国の全会一致で採択された国連文書「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」(以下、2030アジェンダ)に記載された国際目標「SDGs」なのです。つまり、「SDGs達成のための取り組み=サステナビリティ」が正確な用語の使い方になります。
専門であった環境の立場からは、サステナビリティやSDGsが同義的に使われていることよりも、それらの用語によって環境に興味関心を持ってくれることの喜びの方が大きく、同義的に使われることはあまり気になりませんでした。しかし、サステナビリティやSDGsは環境のことばかりではないし、少しだけペットボトル飲料の購入を控えるなどの環境配慮行動から、「SDGsやサステナビリティに貢献する」という過大な使われ方をしている点でモヤモヤしていました。
なぜなら、みなさんご存知だと思いますが、SDGsには貧困削減・産業育成・雇用創出・保健・ジェンダー・居住・消費・エネルギー・環境保護・平和などの17もの「目標」があり、その目標をより具体的に掘り下げた169もの「ターゲット」があります。そのため、ありとあらゆることがSDGsに結びつき、サステナビリティという用語も、本来であれば幅広い事象に適用されます。
SDGsとサステナビリティが同義的に用いられていることもそうですが、環境の文脈ばかりで用いられていることも含めて、言語の立場から、「正確に用語を使わなければいけない」ために、「なぜそのような使われ方をしているのか」を観察・考察したいというロジックが働きました。そこで、環境と言語の知見から、用語の使い方などをみなさんと考えてみようと思います。
本記事のタイトルにSDGsを用いていますが、あくまでも先述したようにサステナビリティを実現するための具体例という位置付けであることを確認していただけたら幸いです。それらを踏まえて、本記事ではあえてSDGsとサステナビリティを区別して使用します。
3. 危機感の裏返しとしての「サステナビリティ」「SDGs」
それでは本題に入ります。第1回目は、SDGsという用語自体に着目して、「なぜサステナビリティやSDGsという用語が、近年流行し定着したのか?」を考えていきます。その問いに答えることによって、同義的に用いられていることや、環境の文脈ばかりで用いられることへの言語学的な疑問にも答えられるかもしれません。
実は「サステナビリティ(持続可能性)」という用語は、何十年も前から環境や途上国の開発に係る専門家や行政機関などの間で使われていました。このサステナビリティ(持続可能性)という用語を、発展途上国の研究をしている専門家の立場から観察してきた山田肖子先生は、自身が編著者をつとめた書籍で以下のような見方を紹介しています。
「「持続可能性」は、21世紀に入ってから顕著にグローバル社会での言葉のやり取りを通じた価値形成をもたらしている“流行り言葉”である。これほど分かりやすく多くの人に言及される言葉はないだろう」(山田編 2023:p. iv)
「流行り言葉」すなわち「流行語」は、我々が興味関心を持つから流行するのか、それとも流行してから我々が興味関心を持つのか、という一種の鶏卵論争を展開することができます。さらに山田(2023)は以下のように言及しています。
「「耳慣れないが、流行りっぽい」言葉というのは、多くの人に使われることによって、その言葉の意味自体が作られていく。しばしば、哲学者や思想家は、自らの考えを伝えるために、もったいぶった造語や一般的でない言葉を使うことがある。聞いたり読んだりする受け手は、煙に巻かれて、「よく分からないがご高説を賜った」という感じになってしまうかもしれない。一方、新しい考え方を提案したい人々は、耳慣れた言葉で平易に語ろうとすることで、受け手がその言葉に対して持っている経験やイメージ、社会に共有された通念に引きずられて、新しいはずの提案を古い思想枠組みの中に矮小化されることを嫌う。つまり、共通認識(価値観)が醸成され、それに沿った人々の行為、その行為を反映した社会の仕組み(制度)が生まれる可能性を秘めているのだ」(p. iv:下線は筆者による)
以前は、「持続可能な開発」や「サステナビリティ」は特定の専門家の間で使われていた「専門用語」という位置付けでしたので、意味が固定化されていました。しかし、サステナビリティを可視化しようとする位置付けで「目標」が作られ、それによって新たな用語である「持続可能な開発目標(SDGs)」が誕生しました。
そして、山田(2023)が述べているような「新しい考え方を提案したい人々」はSDGsを実現するために、まずはSDGsという「ことば」自体を先に知ってもらうという努力をしたと筆者は見ています。
また当たり前のように思われますが、サステナビリティはSDGsという用語を構成しているため、SDGsの流行によって、以前は専門用語であった「サステナビリティ」という用語も、自然とみなさんが知ることになったと考えられます。
現在の社会課題は、地球温暖化(気候変動)やパンデミック、紛争といった地球規模(グローバル)の問題のみならず、少子高齢化、物価高、ジェンダーなどの身近(ローカル)な問題も存在します。当たり前ですが、そういった社会課題があるからこそ、研究やビジネスが活性化されるのです。しかし、そういった社会課題は以前であれば、技術によって将来的にいずれは解決されるだろうと、楽観視されていた部分がありました。
確かに社会課題は漸次的に改善されていますが、結局のところ根本的な問題解決に至っていません。そして、「もしかしたら社会課題が漸次的に解決されていく前に、今の私たちの日常生活(=経済活動)が成立しなくなってしまう(=破綻する)のが先にくるのではないか」「それでは遅いから(図1)、抜本的に社会システムを変えよう」ということで、一度世界レベルで話し合って、「世界共通」の社会課題にはどのようなものがあるのかを洗い出したのがSDGsなのです。
新しい考え方を提案したい人々は、SDGsが市井の人々に周知されることで、「この課題とこの課題は繋がっているから、統合させた新しい課題解決のアプローチ(3)ができるのかもしれない」「そういったアプローチが増えていくことで持続可能な社会システムへと変革(4)できるかもしれない」といったことを期待していました。
このような期待を背負ったSDGsやサステナビリティという用語は、我々と専門家や行政機関(=新しい考え方を提案したい人々)との間を繋ぐ「共通言語」と言えるでしょう。その共通言語を通して私たち一人ひとりに「道義的責任」を訴え、意識変化ならびに行動変容を促進させるためには、SDGsやサステナビリティという用語が「エシカルさ」を表す用語だとすぐにわかるように周知させなければなりませんでした。
では次に、新しい考え方を提案したい人々がどのように周知の努力をして、今日の日本の高いSDGs認知度を実現したのかを見ていきます。
4. SDGsは国連初のコミュニケーション・デザイン
この見出しは、川廷(2019)のタイトルから取ってきました。川廷さんは広告会社である株式会社博報堂のCSR部門に所属していた社員で、SDGsという用語を日本国内で流行させたキーパーソンの1人です。
上で述べたように、SDGsは国連(5)という場所で採択されました。しかし国連という場所は、どこか各国政府のさらに上の存在というイメージがあり、我々からすればその場所で話し合われている内容は自分たちの生活とは無関係であると思われるかもしれません。そのため、SDGsやサステナビリティという用語を初めて聞いた時は「よく分からないがご高説を賜った」と感じられたのかもしれません。
一方で、川廷(2019)のタイトル通り、国際社会の縮図とも言える国連が、史上初めて我々一人ひとりとコミュニケーションを取ろうとしたのです。それは、国連は我々がSDGsを「よく分からないがご高説を賜った」と受け止めてしまわないようするために、「SDGsが何なのか分かるための」コミュニケーションを取ろうとしました。
そして、SDGsやサステナビリティ(という用語)が、私たちに浸透していった先にはどのような社会の変化があるのかを期待して、国連が戦略的に行なったコミュニケーション・デザインの結果が、今日の日本におけるサステナビリティやSDGsという用語の高い認知度なのです。
そのコミュニケーション・デザインの方法とは何でしょうか。それは、この特徴的なアイコン(図2)です。おそらく、みなさんがSDGsという用語を知るきっかけになったのは、街中で何度も目にするこのアイコンかもしれません。
では、なぜ国連はこのアイコンを作ったのか、そして、どのようにして作られたのか。さらに、なぜ国連は我々とコミュニケーションを取ろうとしたのか。川廷(2019)は以下のように紹介しています。
「国連採択文書の普及啓発の難しさをよく知る国連本部の危機感から、英国のプロボノ集団Project Everyone、映画監督でもあるリチャード・カーティス氏(Richard Curtis)、クリエイティブ・ディレクターのヤーコブ・トロールベック氏(Jakob Trollback)などが連携し、世界の著名人の協力を得たメッセージ映像「We the People」なども手がけるなど、国連の採択に合わせて全人類に向けてコミュニケーション・デザインしたのは前代未聞のことだった」
このような「国連本部の危機感」から取った「前代未聞のコミュニケーション・デザイン」というのは、これまでせっかく国連で話し合われたことが、市井の人々まで届ききれていないがゆえに、社会課題がなかなか解決されてこなかったと筆者は読んでいます。本来であれば国連文書(6)の中身を精読した方が良いのですが、読んだところ何をしたら良いのかというのが正直な感想です。
そのため、老若男女が一瞬で大体のことが分かる、さらに何をすれば良いのかが分かるアイコンを作り、そのアイコンが多くの人に共有されることで、そこからコミュニケーションが生まれ、さらに意識変化や行動変容が生まれると期待されたのです。それが、全世界に対してとった「国連初のコミュニケーション・デザイン」なのです。
このアイコンは英語版のほか、5つの言語(7)が国連公式で制作されました。日本国内でもさまざまな機関からアイコンの日本語訳が出ていました。それは、日本国内での関心が高いことも示しています。しかし、川廷(2019)は統一されていない翻訳版は「どの翻訳が良いのかと言う議論の対象」となり、かえって市井の人々までにSDGsが浸透しないと考えました。そこで、「責任ある公的機関が公式版として発信する」ために、所属していた博報堂が主導で日本語公式版(図3)のアイコンを作成することとなりました。
「これらの目標を達成するには、政府や国際機関がトップダウンで呼びかけるだけではなく、企業や社会でさまざまな役割を持つ人たち、また市井に生きる一人ひとりが、その目標を知り、理解し、実際の行動に移していくことが欠かせない。そのためには、しっかりと吟味した言葉でなければ、SDGsが持つメッセージの伝達力が弱まり、意味がぶれてしまい、普及の足かせになる可能性があるため、コミュニケーションを生業にし「生活者発想」を理念としている博報堂の社会責任として、SDGsアイコンに添えられた英語のキャッチコピーの日本語版を制作することを思い立った。」
さらに川廷(2019)では、日本語版制作にあたって英語からの翻訳をどのようにするのか、どのようにしたら伝わるのかといったことが、当事者視点から語られています。以下の表1に、それぞれのゴール(目標)をどう工夫して日本語版を制作したのかを簡単にまとめました。
目標 英語 日本語 日本語版の作業過程 1 NO POVERTY 貧困をなくそう ・直訳ではなく、行動を呼びかける言葉にした 2 ZERO HUNGER 飢餓をゼロに ・直訳ではなく、行動を呼びかける言葉にした 3 GOOD HEALTH AND WELL BEING 全ての人に健康と福祉を ・直訳では「健康」だが、そのほかに端的に多様な意味を込める日本語なかったため、呼びかける言葉にした 4 QUALITY EDUCATION 質の高い教育をみんなに ・直訳ではなく、行動を呼びかける言葉にした 5 GENDER EQUALITY ジェンダー平等を実現しよう ・直訳ではなく、行動を呼びかける言葉にした 6 CLEAN WATER AND SANITATION 安全な水とトイレを世界中に ・直訳「きれいな水と衛生」だが、トイレが衛生の代表的な場所としてターゲットに記述されているので、トイレという言葉を入れた 7 AFFORDABLE AND CLEAN ENERGY エネルギーをみんなに そしてクリーンに ・直訳だと「手頃な価格でクリーンなエネルギー」となるため現代のエネルギーのアクセスを確保した上で、再生可能エネルギーの割合を拡大させるプロセスという意味合いを込めた 8 DECENT WORK AND ECONOMIC GROWTH 働きがいも 経済成長も ・「ディーセント・ワーク(=働きがいのある人間らしい仕事)」という用語はすぐに理解できる人が少ない
・単純な「働きがい」は労働力が低下してしまう恐れから、「経済成長」あってのという意味を含有させた
・ILO(国際労働機関)駐日事務所は「ディーセント・ワーク」を定着させようという希望を持っていたが、今回の日本語訳に納得してもらった9 INDUSTY, INNOVATION AND INFRASTRUCTURE 産業と技術革新の基盤をつくろう ・直訳では「産業革新とインフラ構築」だが、新たなイノベーションと万全なインフラを作り出す元となる言葉「基盤」を用いた 10 REDUCED INEQUALITIES 人や国の不平等をなくそう ・直訳「国内外の不平等を減らす」ではあるが、個人の不平等の是正も強調させる言葉にした 11 SUSTAINABLE CITIES AND COMMUNITIES 住み続けられるまちづくりを ・ターゲットには「文化・自然遺産の保護・保全」から「災害による被災者を大幅に減らす」まで記されている
・多様なターゲットに対応するために、すべての人が自分ごと化できるように端的に示した12 RESPONSIBLE CONSUMPTION AND PRODUCTION つくる責任 つかう責任 ・そのままの翻訳「責任ある消費と生産」は企業のみに責任ある文言であると受け取られる
・購入後の商品を資源として分別し、無駄をなくすことは消費者の責任であることを実感してもらえるような言葉にした13 CLIMATE ACTION 気候変動に具体的な対策を ・直訳ではなく、行動を呼びかける言葉にした 14 LIFE BELOW WATER 海の豊かさを守ろう ・「水中と陸上の命または営み」というペアで表記されていることを考える
・生命の持つ意味に環境・社会・経済の三側面の調和で統合され不可分であるという、SDGsの主張を端的に表した言葉が「豊かさ」であると考え、それを用いた15 LIFE ON LAND 陸の豊かさも守ろう 16 PEACE, JUSTICE AND STRONG INSITITUTIONS 平和と公正をすべての人に ・主語の「すべての人」を強調させた 17 PARTNERSHIPS FOR THE GOALS パートナーシップで目標を達成しよう ・英語の翻訳を優先させた
・誰もが自分と相手とのパートナーシップが第一歩であると意識してもらう言葉にした
これらのことから、「なぜサステナビリティやSDGsという用語が、近年定着したのか?」という問いに答えるのであれば、我々一人ひとりに対して何をしたら良いのか、一目で見て分かるようなアイコンを国連が作り、そのことばを市井の人々まで浸透させようと、ことばのプロ集団によって考案された「自分に呼びかけていると感じさせ行動を促す日本語」(川廷 2019)による「新しい考え方を提案したい人々」たちの努力の成果と言えるでしょう。もちろんそれ以外にも、政府や経済界などによる様々な普及啓発活動があったことも大きいです。
ひとまず、今回あえて紹介したかったのは、「ことばを普及させたい」側の視点です。そのような点に着目すると、SDGsやサステナビリティは「コロナ」や「猛暑」「ジェンダー」などと同様に、専門家や行政機関といった「新しい考え方を提案したい人々」たちの努力の成果だと言えます。これらは言い換えれば、これまで専門家が警鐘をならしてきたことが、私たちの生活を脅かすものとなって初めて「ことば」が定着するということを示唆しているようにも思えます。
しかし、専門用語が一般化したことや新しい概念を伝える用語が定着したことによって、私たちは慣れてしまい、「何も変わっていない」「結局何をすれば良いのか」「ことばだけ」といった言説が用語に牙を向く時があります。また、用語が馬鹿にされたり、誤って使われたりすることによって、本来の用語が持つポテンシャルを低くしてしまう場合もあります。
SDGsやサステナビリティという用語も同様に、定着した後さまざまな課題が浮き彫りになりました。その課題とは何か。それらを第2回でお話ししたいと思います。
参考文献
川廷昌弘(2019)「SDGsは国連初のコミュニケーション・デザイン─SDGsアイコン日本語版の制作プロセスから考察する」『KEIO SFC JOURNAL』19(1), pp. 62-89.
もりひろし・三省堂編修所(2017)「続 10分でわかるカタカナ語第16回 サステナブル」(https://dictionary.sanseido-publ.co.jp/column/%E7%AC%AC16%E5%9B%9E-%E3%82%B5%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%8A%E3%83%96%E3%83%AB)(最終閲覧:2025年3月31日).
山田肖子(編)(2023)『「持続可能性」の言説分析─知識社会学の視点を中心として』東信堂.
注釈
(1)2021年に「SDGs」は流行語にノミネートされました。
(2)辞書的な意味での「環境」「環境問題」を、根を詰めて考えると、人類にとって「快適な」空間というものは何なのか、それをどのように自然と折り合いをつけるのか、そしてどう継続させていくのかなどという大きなテーマに筆者はぶつかりました。
(3)「システミックアプローチ」と呼ばれます。
(4)SDGsの本質は、既存の社会システムを抜本的に変える「変革(transform)」です。それは2030アジェンダのタイトルにも記載され、一番伝えたいメッセージです。川廷(2019)が国連広報センターの根本かおる所長から伝え聞いた話によれば、「(国連が変革という言葉を)世界大戦や大恐慌といった人間社会が危機に瀕している場面以外で使うことはなかった」そうです。
(5)国連と聞くと、「世界政府」というイメージを持たれる方が多いと思いますが、国連には各国政府の上に立つほどの強い権限はありません。そのため、加盟国のあらゆる国の「話し合いの場」であり、その中でも特に地球規模の課題について話し合いや解決策の模索をしている場が適当なイメージです。
(6)2030アジェンダで示された17個の目標についつい目が行きがちですが、2030アジェンダに記されている理念やSDGsが採択された背景について知ることも大事です。
(7)国連憲章が規定する国連の公用語は英語、中国語、フランス語、ロシア語、スペイン語の5ヶ国語ですが、安全保障理事会や経済社会理事会ではアラビア語が加わり、6ヶ国語です。
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- 2025年04月29日 『5月からの新連載のお知らせ』
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3月から4回にわたり、「言葉と文化のハロハロ、フィリピンを味わう」と題して、フィリピンの言語と文化を共有してくださった林さん、ありがとうございました。
さて、5月からの4回の連載は「ことばとSDGs」という現代的なテーマとなります。近年、よく耳にする「SDGs」や「サステナビリティ」という用語がなぜ広まったのか、その用語とことば自体がどのように関わっているのかなど、3人の若手執筆者がそれぞれの経験をもとに論じます。現代的なテーマということで、皆さんと一緒に考えるためにおしゃべり感覚の文体になっております。ぜひ肩肘張らずに、若手の親しみやすさ・意外さ・鋭さ・初々しさにご期待ください。
第1回 5月13日 游瀚誠
第2回 5月27日 游瀚誠
第3回 6月10日 鏡耀子
第4回 6月24日 江村玲