《第38問》
『ロミオとジュリエット』には晩餐会の様子が演じられる華麗なシーンがあり、初演でも様々な小道具が使われたと思われる。そのうちで、初演の舞台では使われなかったと考えられる小道具はどれか?
正解
不正解
- ビールを飲むマグ
- ワインを飲む杯
- お茶(紅茶)を飲む茶器
- ビールを飲むマグ
- ワインを飲む杯
- お茶(紅茶)を飲む茶器
- 解説
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今では英国の食卓といえばいつも連想される豪華な茶器は、当時の社会には存在しなかった。茶器が使用されるようになったのは、十七世紀中葉かもしくは十八世紀である。しかも、それが登場した当初は、現在のように持ち手のついたティーカップではなく、日本の茶器のように持ちの手のない丸型のものであった。イギリスで紅茶の輸入が始まったのは、1600年に設立された東インド会社を通じたオランダとの貿易によってであるとされるが、シェイクスピアの作品には紅茶への言及は一つもない。1660年9月25日の日記に、サミュエル・ピープス(Samuel Pepys)が 'I did sent for a cup of tea (a China drink) of which I never had drunk before' と記していることは有名である。このことからも分かるように、シェイクスピアが活躍していた時代には、紅茶や豪華な茶器は、宮内大臣一座の役者達も、また、公設劇場の観客も、想像だにしなかったアイテムである。
より詳しい解説を読む一方、ビール(シェイクスピアでは 'ale' という呼び方が一般的)は、昔からイギリスの伝統的な飲み物であり、また、一般家庭でも作られる飲み物であった。人々は、タンカード(tankard)と呼ばれる木製ないしは青銅製の持ち手のついたマグカップのようなものでこれを飲んでいた。タンカードは、シェイクスピア時代の芝居でもしばしば小道具として使われた。公設劇場の観客の中にも、手にタンカードを持ち、陽気にビールを飲みながら芝居を観ていた人々も多くいたであろう。ビールは大衆的な飲み物であったことから、おそらく、身分の低い者達 ―『ロミオとジュリエット』の晩餐シーンでは、道化や楽師等がそうである ― も、タンカードを手にもって舞台に登場していたと考えられる。ルネッサンス時代の食卓では、ビールは、また、日々の大切な栄養源でもあり、多くの料理にも使われていた。ビールのある食卓は、まさに幸福の象徴でもあった。
一方、ワインもイギリスでは貴族社会において中世から飲まれていたが、特に、ルネッサンス時代になると、オランダやスペインのワインが輸入されるようになり、それらは貴族や富豪の間で人気があった。‘Rhenish wine’ という言葉がシェイクスピアの芝居にはよく出てくるし、また、フォールスタッフが好む「サック」と呼ばれる飲み物は、スペイン産のワインにシェリー等を加えた(当時の感覚でいう)高級品である。豪華な杯でワインを飲むというのが、当時は貴族的な身分を象徴していたことから、『ロミオとジュリエット』に描かれるキャピュレット家の晩餐シーンには、間違いなくワインの杯が小道具として使用されていたであろう。