《第37問》
キャピュレット夫人の年齢について言えることは次のうちどれか?
正解
不正解
- 極めて曖昧である
- 28歳前後である
- 40歳前後である
- 極めて曖昧である
- 28歳前後である
- 40歳前後である
- 解説
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松岡和子訳『ロミオとジュリエット』(筑摩書房)の「解説」の中で、中野春夫は、キャピュレット夫人は「第一幕第三場の台詞からすると、まだ二十七歳か二十八歳の女盛り」(p. 238)であると指摘する。これは多くの批評家もまた指摘するところであり、その根拠は、同場面にみえるキャピュレット夫人の次の台詞である。
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キャピュレット夫人……
……そう言えば私も、まだお前の年頃でお前を産んだのよ。
しかし、中野氏も指摘するように、ブルックの原話では、夫人は「老婦人」として登場する。それを、シェイクスピアは、「女盛り」で「仇討ちにはやる猛女と化」したかのように改編したと一見そう思えるのだが、じつは必ずしもそうとは断言できない。というのも、第五幕第三場の夫人の台詞に、このようなくだりが見えるからである。
キャピュレット夫人 ああ、この死に顔は
老いゆく私を墓場へと急がせる弔いの鐘。
つまり、ブルックの原話が表象する「老婦人」像は、間違いなく『ロミオとジュリエット』にも継承されている、ともいえるのである。このことを考慮すると、シェイクスピアは、キャピュレット夫人の年齢を極めて曖昧なものとして描いていると言える。ちなみに、現代の映画や舞台で、キャピュレット夫人の配役として二十七歳か二十八歳の若い女優があてられることは極めて稀である。キャピュレット夫人を演じる役者は、「女盛り」を演じることができると同時に、墓場へと向かう「老婦人」をも演じなければならないのであって、ただ若いという資質だけで演じることが可能な単純な役ではない。
年齢が曖昧な人物を登場させるた例は、『ハムレット』にもみられる。『ハムレット』の第一幕では、デンマーク王子ハムレットは成熟した大人、つまり王位を継承できる年齢を意味する三十歳にはまだ達していないことが、何度も繰り返して使用される ‘young Hamlet’ という言葉によって示唆される。しかも、仮に精神分析が有効であるとすれば、劇前半のハムレットは、思春期の青年に特有の心理的様相を呈しているといえるかもしれない。しかし、第五幕になると、ハムレットが生まれてから三十年が経過したと明言されているのである。このことは、シェイクスピアは、少なくとも、リアリズムの原則を意識して芝居を書いてはいないことを如実に物語っている。
後期のロマンス劇をみれば、そのことがよりはっきりする。ロマンス劇は、長い年月の経過という背景を登場人物達に与えている。つまり、一人の役者が、芝居の前半では、意気盛んな女/男盛りを演じたかと思えば、後半では、老齢に達した人物を演じなければならない設定になっている。『お気に召すまま』の第二幕第七場でジェイクイーズが、‘one man in his time plays many parts’ といみじくも述べているように、シェイクスピアの想像世界においては、登場人物は、決してある固定された人物像を与えられているのではなく、流動的な人物像を演じなければならい主体である、といえるのかもしれない。
キャピュレット夫人のような初期の作品に登場する脇役(?)にも、すでにその人物造形の原理が応用されていたと解釈して良いかもしれない。