《第41問》
『日の名残り』でスティーブンスが涙を流していると思われる場面が2つあるが、そのことは他の登場人物の科白から推測できる。ではその登場人物とは誰と誰か。
正解
不正解
- ミス・ケントンとミセス・モーティマー
- ルーイス氏とデュポン氏
- ダーリントン卿と元執事
- ミス・ケントンとミセス・モーティマー
- ルーイス氏とデュポン氏
- ダーリントン卿と元執事
- 解説
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本作のように、語り手と主人公が同一である場合、主人公の仕草や表情は、ふつう当人が語らないので、他の登場人物の発話から推測するしかない。本作では、スティーブンスが泣いていることが他の登場人物の発話から伺い知ることができる。1つ目は、父の死に目にあえないまま接客を続けるスティーブンスに、ダーリントン卿が「泣いているように見えるぞ(You look as though you’re crying)」(Remains 110)と声をかける場面である。直後に「私は笑ってハンカチを取り出し、さっと顔をふいた(I laughed and taking out a handkerchief, quickly wiped my face)」(110)という描写が続くことで、読者はスティーブンスが涙を流していることに気づく。ダーリントン卿の科白がなければ、スティーブンスがハンカチでふいたのが汗なのか涙なのか分からない。2つ目は、スティーブンスが元執事の男性との会話で、ファラディ氏のもとで仕える現在の自分の仕事ぶりがかつて自らに課した基準に到底及ばないことを嘆く場面である。元執事の「さあ、ハンカチがいるだろ?(Here, you want a hankie?)」(255)という発話によって、スティーブンスが泣いていることが読者に知らされる。むろん、読解のポイントは、そうした技法そのものにあるのではなく、偉大な執事という理想像を自ら体現しようと感情を押し殺していたはずのスティーブンスがはからずも涙を流してしまう、という語り手の変化に読者が気づくことにある。過剰なまでに自らの職業倫理にこだわる語り手に読者がしだいに人間味を感じ始めるのは、語り手本人の語りだけでなく他の登場人物の発話によって、スティーブンスがけっして自ら脱ごうとしないプロ意識のスーツが開(はだ)ける瞬間を垣間見ることができるからではないだろうか。