《第80問》
2016年5月に亡くなった蜷川幸雄の遺志を継ぎ、同年12月に公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団の主催により上演された高齢者集団による群集劇『金色交響曲~わたしのゆめ、きみのゆめ』は、『ロミオとジュリエット』(松岡和子訳)の翻案であるが、これに出演した参加者は何人であったか。
正解
不正解
- 約1,600人
- 約300人
- 約10,000人
- 約1,600人
- 約300人
- 約10,000人
- 解説
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2016年12月7日、晩年の蜷川幸雄が企画していた高齢者集団が演じる『ロミオとジュリエット』が、その遺志を継ぐノゾエ征爾氏の脚本・演出による『金色交響曲~わたしのゆめ、きみのゆめ~』として上演された。当初、蜷川は、10,000人の参加者を募り、『ロミオとジュリエット』を老人のエネルギーに満ちた前代未聞の大群衆劇として創り上げようと目論んだが、その計画は彼の死によって頓挫してしまった。しかし、ノゾエ氏と埼玉県芸術文化振興財団の尽力により、最終的には約1,600人の高齢者が全国から参加し、蜷川の思いが一応の形となった。プログラムによると、「60歳から91歳 [中略] 関東圏はもちろん、北は北海道から南は宮崎、アメリカ在住の日本人といった参加者」が集ったとされている。
『金色交響曲』では、『ロミオとジュリエット』のヴェローナが、日本の老人ホームに暮らす高齢者達の「夢」として劇中劇の形で描かれた。その「夢」の空間には、「世界のニナガワ」の舞台で活躍してきたベテランや若手の俳優、蜷川が主宰してきた「さいたまゴールド・シアター」のメンバー、さらには歌手のこまどり姉妹までもが高齢者達とともに登場し、華麗なる舞台が展開した。その「夢」の舞台で、参加した高齢者達一人ひとりが『ロミオとジュリエット』の人物を演じ、歌い、舞い、そして各々の思いを叫んだ。現役を退き「老い」や「死」と向き合う高齢者達が、こまどり姉妹の存在に象徴される彼らの若かりし頃の日々へのノスタルジーと交差した「夢」に陶酔しながら、その精神の内に宿るいのちのエネルギーを発散させ、現役世代や若者を含む観客へと伝播してゆく媒体として、『ロミオとジュリエット』というテクストが機能していた。
第47問の解説にふれたように、蜷川は、1974年、ヴェローナの「民衆」を演じる多くの出演者を動員し、当時としてはたいへん大規模で斬新な『ロミオとジュリエット』を制作し、ヴェローナをアングラ演劇の地下的エネルギーに満ちた世界として描いている。2005年の舞台(藤原達也・鈴木杏ほか出演)では、背景に飾られた無数の遺影の眼差しが、躍動的な世界として表象される「ヴェローナ」を見おろし、観客もその遺影とともに舞台上に生じるいのちのエネルギーを享受した。蜷川は、「生」と「死」が交差する『ロミオとジュリエット』という芝居を、人間が生きる糧となるエネルギーを享受する場と考えていたのかもしれない。師匠のその遺志が、それを継ぐ者によって、『金色交響曲』という形を帯びて具現化していたように筆者には思えた。