《第79問》
2016年夏のシーズンにロンドンのギャッリック・シアター(The Garrick Theatre)で上演されたケネス・ブラナー演出による『ロミオとジュリエット』で、デレック・ジャコビー(Derek Jacobi, 1938 - )が演じた人物は誰か。
正解
不正解
- 僧ロレンス
- エスカラス
- マキューシオ
- 僧ロレンス
- エスカラス
- マキューシオ
- 解説
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この作品では、78歳のデレック・ジャコビーがマキューシオを演じて話題となった。
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女性俳優が男のキャラクターを演じる、白人ではない俳優が白人キャラクターを演じる、身体的障害を有する俳優が健常者のキャラクターを演じる... こうしたことは現在ではごく普通で、ジェンダーやエスニシティー、健常や非健常といった日常的な社会の固定観念からシェイクスピア劇の人物達を開放してくれる。この観点からいうと、高齢の俳優が若者を演じることもさして珍しいことではない。しかし、ロミオやベンボリオーの親友として表象されるマキューシオという青年は、モンタギューやキャピュレットよりも若く、またその親戚である大公よりもはるかに若いという事実は、固定観念というよりは、テクストから導かれる普通の解釈であるように思える。その役をデレックが演じることで何が見えたのだろうか。
デレック自身は次のように述べている。
この年齢でマキューシオを演じようとは思っていなかったせいで、この人物は想像していたよりずっと滑稽な人物だということが分かった気がします。思っていたよりもずっと演じやすいんです。年齢の差という問題に直面して老いた政治家のような人物になってしまうのではと思ったのですが、マキューシオという人物は演じてみると決してそうはならないのです。マキューシオはマキューシオという人物にしかなりえません。彼の台詞がこんなに良いものだとは思ってもみませんでした。(Kenneth Branagh ed., Romeo and Juliet, London: NHB, 2016. Xx.)
筆者は2016年8月にロンドンでこの作品を観劇し、同年12月には東京でシアターライブの上演を見ているが、デレックが杖をつきながら演じるマキューシオはリアリズムの原理に忠実に描かれた写実的な人物というよりは、イタリアの伝統的即興劇に登場する道化アルレッキーノを彷彿とさせるコメディアン、つまり、転覆的世界の主(the Lord of Misrule)として機能していた。老齢の俳優というよりは、デレックというベテラン俳優の偉大な存在感が、喜劇的色彩の強い芝居の前半部分において劇世界全体のムードを大きく左右するオーラを放っていた。その一方で、マキューシオが「老齢」であることで損なわれることは特にないように思われた。彼の台詞を特徴付ける卑猥語やセクシュアルな言葉遊びも、マキューシオの「若さ」を強調するというよりは、その「滑稽さ」と彼が登場する場面の祝祭的ムードを醸しだしていた。
劇場で売られていたプログラムにみえるブラナーの解説によれば、フェデリコ・フェリーニの映画『甘い生活(La Dolce Vita)』(1960)に描かれるような、うわべの美しさの陰ですべてが腐敗しうるかのような戦後復興期のイタリアを特徴付けていた不穏な空気が、『ロミオとジュリエット』のヴェローナに潜む危険な暗流と響き合うという。デレックのマキューシオは、転覆的世界の主として、芝居世界のその不穏な空気を祝祭的な色合いで包み込む芝居前半の情緒演出において重要な役割を担っているように筆者には見えた。
テクストから自然に導かれる人物に関する常識的解釈さえ、名優の演技をして脱構築されうるものであることを、デレックのマキューシオは堂々と実証していた。