《第40問》
『充たされざる者』のブロツキーが「木曜の夕べ」のステージに立った時、身体を支えるために使っていたものは?
正解
不正解
- アイロン台
- スーツケース
- チューバ
- アイロン台
- スーツケース
- チューバ
- 解説
-
「木曜の夕べ」の本番、ブロツキーはアイロン台を松葉杖のように使いながらステージに登場する(488)。彼は会場に来る前に事故に巻き込まれてしまい、足を切断しなくてはならなかったのだが、実はその足も義足であり本当の足は何年も前に失われていたことが明らかになる。そしてブロツキーにとってはこの過去の「傷」(wound)が彼の心の大部分を占めており、それを「癒やす」(console)ことが彼の生活にとっての重要事項となっているのである。
「木曜の夕べ」に出演して元妻のコリンズ(Miss Collins)を取り戻そうとしていることも、ブロツキーにとっては音楽やコリンズが彼にとっての「癒やし」(consolation)だからである(313)。さらに、傷の癒やしにとらわれているブロツキーの姿はライダー自身のものでもあることが示唆されており、「傷を抱えていることが、ブロツキーとライダーをつないでいる」という指摘もある。1)
だが結果的に彼の目論見は達成されることはない。ステージ上では移動中にアイロン台が開いて転倒するなど苦労しながらも、ブロツキーは何とか指揮台までたどり着く。演奏が始まると人々は鬼気迫る彼の指揮に戸惑いながらも魅了されてゆくが、それもつかの間のことであり、やがて演奏は猥雑な領域へと踏み入って会場を喧噪に導いてゆく。そして「木曜の夕べ」での演奏を終えた彼にコリンズは、実はブロツキーは傷から癒やされたいのではなく「あなたが愛しているのは自分の傷なのよ」(499)と痛烈な言葉を浴びせるのである。
1) Lewis, Barry. Kazuo Ishiguro. Manchester: Manchester UP, 2001. 114.