《第34問》
『わたしを離さないで』 のキャシーは、ヘールシャムが廃校になるという噂を聞いた日の夜、ノース・ウェールズ(North Wales)を訪れたときのことを思い出す。キャシーが回想するものは次のうちどれか。
正解
不正解
- 浜にうちあげられた船
- 失ったカセット
- 風船をもった道化師
- 浜にうちあげられた船
- 失ったカセット
- 風船をもった道化師
- 解説
-
キャシーは、介護人(carer)の仕事は自分の性分に合っていると語る。自分の仕事に誇りを持つというモチーフは、これまで『浮世の画家』、『日の名残り』、『充たされざる者』、『わたしたちが孤児だったころ』などにも描かれてきた。介護人は、幼少期を過ごしたヘールシャム(学校と寄宿舎が併設した施設)やコテージ(ヘールシャムを卒業した後に入居した居住施設)のように常に多くの人がいる環境と違い、一人で過ごす時間が圧倒的に長くなる。「何時間も一人で地方から地方へ、介護センターから介護センターへ、病院から病院へ運転したり、車中泊したり、不安なことや楽しいことを分かち合う人もいない」(P207)という労働環境を嫌う者もいるが、キャシーはうまくやりくりをしていると話す。ある朝、いつものように駐車場に車を停めて歩いていると、ヘールシャム時代の同級生であるローラ(Laura)に会う。しばらく二人は、ルース(Ruth)の初めての提供(donation)が上手くいかなかったという噂やローラの近況などについて話をする。しかし、ヘールシャム閉鎖の噂に話が及ぶと、急にキャシーは二人の心的距離が近くなったように感じる。キャシーは、一年ほど前から「ヘールシャムはホテルチェーンに売られる計画がある」(P212)という噂を耳にするようになっていた。
その日の夜、キャシーは数日前に訪れた、海辺の町ノース・ウェールズを思い出す。午前中は、激しい雨だったが昼過ぎになると陽が射し、キャシーは車の方へ歩いていた。すると、一台のバンが駐車し、道化師の恰好をした男性が車から降りてくる。そして、後部ドアを開け、ヘリウムガスが入った風船の束を取り出す。男性は、片手でその束を持ちながら、もう一方の手で何かを模索していた。近づくと、その風船には顔が描かれ、耳がついているのが見える。ようやく探し物をみつけた男性は、ドアを閉めるとキャシーの何歩か先を歩き出した。道化師は、しっかりと風船を拳に束ねているのだが、キャシーはそのうちの一つが手から離れて空へと昇っていくのではないかと心配する。これは、ヘールシャムを中心につながっていた友人たちを風船に擬え、ヘールシャムを失うことで、つながりが切れてしまうのではないかという不安を投影したものとも捉えられるだろう。