リベラルアーツ英語検定クイズロミオとジュリエット > 2016年11月17日更新分(1/1)

《第78問》
第一幕第三場でキャピュレット夫人に「結婚について、お前はどう思ってるの?」と訊かれたジュリエットは、「そんな晴れがましいことはまだ夢にも(It is an honour that I dream not of)」とこたえる。ジュリエットのこの台詞(英文)のなかで「粗悪な版」と称される第一・四つ折本(Q1, 1597)に由来する語句は次のうちのどれか。

正解

不正解

解説

LADY CAPULET How stands your dispositions to be married?
JULIET It is an honour that I dream not of. (1.3.66-67)  
(*テクストはNew Cambridge版)

この母娘のやり取りは現在ではこの形に定着した感があるが、じつはジュリエットの応答文にみえる “honour” は「粗悪な版」と称されるQ1(1597)のみに見える読みである。ちなみに「良質な版」とされるQ2(1599)では “houre” となっていて、後の四つ折本(Q3、Q4)でも、またフォリオでも、“houre” となっている(Q3、Q4、FはQ2に由来する)。原稿が秘書体(Secretary hand)と呼ばれる書体で書かれていたと考えるなら、Q2の植字工が “honor” を“houre” と読み間違えた可能性は十分に想定できることから、この箇所については、「良質」とされるQ2が誤りで「粗悪」とされるQ1が正しいのではないかというのが今日の編者たちの解釈である。
 では、 “houre” のままでは筋が通らないのかというと、必ずしもそうではない。周知のように、「結婚(marriage)」には「縁組み」という意味だけではなく、「結婚初夜の営み」(marriage rite)すなわち “sexual consummation” の意味も含まれるが、特に、第一幕第三場では、猥談を好む乳母が母娘の会話に介入することで後者の意味が前景化されている。したがって、キャピュレット夫人の “How stands your dispositions to be married?” という質問には、「結婚について、お前はどう思っているの?」という彼女自身が意図している意味の他に、自ずと、「結婚初夜の営みについて、お前はどう思っているの?」という二次的な意味も付加されることになる。すると「そんなとき(houre)のことは夢にもでてこないわ(It is an houre that I dream not of)」と解せるジュリエットの台詞は、純粋な少女らしい自然な応答として響くことになるだろう。(ジュリエット自身が “an hour of sexual consummation” の意味を積極的に前景化しているのではなく、コンテクストがそうしているのである。)
 さらに、Q2では、この母娘のやり取りに続く乳母の台詞はこうなっている。

An houre, were not I thine onely Nurse, I would say thou
hadst suckt wisedome from thy teate.

拙訳)あら、いや、「とき」だなんて。もし他に乳を与えた乳母がいたなら、お嬢様はそのお乳から知恵をもらったっていいたいところです。

乳母のこの応答は、いかにも猥談を好む彼女らしいものである。この “houre” の問題について、アーデン版(第2版)の編者(Brian Gibbons)は、ジュリエットの “houre” と乳母の “houre” を呼応させて意味を解釈しようとすると筋が通らないと述べ、新ケンブリッジ版の編者(G. Blakemore Evans)は、乳母のいう “houre” は「まったく、あるいはほとんど意味が解せない」と述べているが、この部分に至るまでの乳母の「猥談」によって観客の想像力の中で敷衍されてゆく「結婚(marriage)」の意味を考えれば、“houre” でもそれなりに筋が通ると考えるべきではないだろうか。もちろん “honour” と校訂すれば、台詞のもつ卑猥な響きを抑えることはできるが、それが原作に忠実といえるかどうかはわからない。
すでに多くの編者が指摘しているように、十八世紀の後半には、一時 “houre” が好まれる時代があったことはここで指摘しておくべきであろう。我が国の翻訳者は「身のほまれ」(小田島雄志)や「晴れがましい(こと)」(松岡和子、河合祥一郎)などと訳している。

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