《第29問》
『わたしたちが孤児だったころ』には、主人公のバンクスと彼の養女ジェニファーのほかに、もう一人孤児が登場する。その人物の名前は次のうちどれか。
正解
不正解
- ウォルター・スコット
- サラ・ヘミングズ
- ジェームズ・オズボーン
- ウォルター・スコット
- サラ・ヘミングズ
- ジェームズ・オズボーン
- 解説
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この物語には三人の孤児が登場する。主人公のバンクスは上海の租界で暮らしていたころ、両親が謎の失踪を遂げ孤児となってしまう。その彼は第3部が書かれたとされる1937年4月の約3年前、あるパーティーで10歳の孤児ジェニファーの存在を知り、彼女を引き取ることになる。そしてバンクスがロンドンの社交界で出会い、両親失踪の謎を解明すべく向かった上海で再会するのが、もう一人の孤児サラ・ヘミングズである。
バンクスは初め彼女のことを、大方の人々と同じように、周囲の人物に対して有名でなければ尊敬に値せずと考えているような、「新種の鼻持ちならない俗物」であると見なしていた。しかし何度かサラと接するうち、外見とは裏腹のその心の孤独や、自分なりに世界に貢献したいという夢を知るようになり、次第にバンクスは彼女に惹かれていく。この二人の孤児は最初から、運命の糸で結ばれていたかのようにさえ思われる。
ところがサラから駆け落ちを持ちかけられたバンクスは、待ち合わせ場所に向かう途中で、両親の居場所が突き止められたという情報を信じ、彼女を待たせたまま、戦闘中の危険な住宅密集地域へ敢然として乗り込んでいくのである。一度は交わりかけた二人の人生は、ここで再び離れていく。過去形の作品タイトルとは違って、孤児はどこまでも孤児であり、その孤独な境遇に突然変化が訪れることはない。
イシグロ自身は言う。孤児とは幼少期の保護された状態から、より厳しい現実の世界へと放り出されたときの比喩であると(1)。それならば我々のほとんどすべては、ある一時期、たしかにそのような孤児的状況を経験しているのかもしれない。作品に出てくるノスタルジックという言葉は、その守られた過去を思う、甘く切ない感覚を形容するものである。
ちなみにa は第1部2章で、バンクスがある雨の午後、チャリングクロス・ロードの書店で手に取って見ていた『アイヴァンホー』(1819)の実在の作者(1771-1832)であり、この作品はまた、第2部8章でバンクスが子供時代に読んでいた本として言及される。c は作品冒頭に登場するバンクスの学生時代の旧友で、彼がジェニファーの存在を知ることになるパーティーに招待した人物でもある。
(注)
(1) Shaffer, Brian W. “An Interview with Kazuo Ishiguro.” Conversations with Kazuo Ishiguro. Ed. Brian W. Shaffer and Cynthia F. Wong. Jackson: University Press of Mississippi, 2008. 168.