《第77問》
『ロミオとジュリエット』でファースト・フォリオにはない部分はどれか。
正解
不正解
- プロローグ
- 薬売りのシーン(第五幕第一場)
- 楽師達のシーン(第四幕第五場の終り)
- プロローグ
- 薬売りのシーン(第五幕第一場)
- 楽師達のシーン(第四幕第五場の終り)
- 解説
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十四行のソネット形式で芝居のあらすじを簡潔に要約しているプロローグは、現在では『ロミオとジュリエット』の冒頭を飾る不可欠な一部分となっている(Emma Smith, Making of Shakespeare’s First Folio, Bodleian Library, 2015, pp. 19-20に指摘される通り)が、フォリオにはない。すでに述べたように、フォリオはジョン・スメジックが出版したQ3(1609)を底本としているのだが、そこにあるプロローグがフォリオには印刷されていないのである。そして、この欠落は、後のフォリオ(F2~F4)にも継承されている。
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理由は定かではないが、フォリオの製作者にとって芝居のプロローグはさして重要な部分とは認識されなかった可能性が高い。それを示唆するのがフォリオの『トロイラスとクレシダ』に窺える一つの興味深い事実である。現存するファースト・フォリオには、じつは『トロイラスとクレシダ』のプロローグが印刷されているものとないものが存在する。また、『トロイラスとクレシダ』の本文が丸ごと欠落しているものもある。(さらに加えて言うと、そもそもフォリオの目次にはこの作品が載っていない。)一体なぜか。理由はフォリオの製作過程で『トロイラスとクレシダ』の本文の一部がすでに印刷されてしまった時点で、その出版権利を所有していたヘンリー・ウォリー(Henry Walley)という人物が、権利をフォリオ結社に譲渡するのを渋ったため、少なくとも一時的に印刷が中断したからと考えられている。
『トロイラスとクレシダ』の掲載は不可能と判断したジャガード達は、印刷する予定ではなかった『アテネのタイモン』をその空白に差し込むことで事態を打開しようと試み、印刷が始まった。しかし、間もなく、『トロイラスとクレシダ』の版権問題が解決し、印刷が再開した。すると、それまでに印刷されてしまった(『アテネのタイモン』が含まれる)版もそのまま残されたが、『トロイラスとクレシダ』の印刷が再開した後に刷られた版には、当然のことだが、『トロイラスとクレシダ』が収録された。しかし、今度は、印刷の進行中に『トロイラスとクレシダ』の本文がくる直前のページに空白が生じてしまう問題が生じた。そこで、ジャガード達は、底本に存在していた芝居のプロローグを入れて空白のページを埋めることで問題の解決を図った。現代の本づくりとは違い、「完全な版」が出来上がる前に刷られた紙が破棄されることはなかったので、フォリオのこの部分には異本が存在するのである。(以上のことは、Peter W. M. Blayney, The First Folio of Shakespeare, Folger Shakespeare Library, 1991に最も詳しく解説されている。)
この例から言えることは、少なくともフォリオを編んだ側からみれば、芝居のプロローグとはさして重要ではなかったということである。フォリオ製作にヘミングとコンデルがどのように関与していたのかは分からないが、仮に彼らもプロローグの削除を容認していたなら、芝居をする役者達にとってもプロローグはそれほど重要ではなかったのかもしれない。しかし、『ロミオとジュリエット』の場合、芝居の結末を予告するプロローグがある場合とない場合とでは、観客/読者の心的反応に大きな違いが生じる。