《第24問》
『わたしたちが孤児だったころ』の主人公バンクスが、いつも仕事の現場に携えていくものは次のうちどれか。
正解
不正解
- 拡大鏡
- 双眼鏡
- 老眼鏡
- 拡大鏡
- 双眼鏡
- 老眼鏡
- 解説
-
バンクスはイギリスの寄宿学校に通っていた頃から、探偵になるという夢を持っていた。そのことを周囲には知られまいとしていたはずの彼であったが、なぜか14歳の誕生日に友人から拡大鏡を贈られる。紙で何重にも包まれたそれは、彼らがバンクスをからかうためにわたしたものであった。しかし彼はこのときとても喜んでいたのであって、その後探偵となった彼は、いくつもの事件でこの拡大鏡を使ったという。プレゼントされたときにはすでにかなり時代を経ていた、非常に倍率が高くて驚くほど重い、1887年にチューリッヒで製造されたというこの拡大鏡は、いくつかの意味でこの物語において重要なアイテムである。
より詳しい解説を読む
バンクスが両親の謎の失踪を調査するために、イギリスから上海へと空間をいわば水平に移動していくとき、それは彼が幼少期を過ごした過去へと時間を垂直に遡行していくことと重ね合わされていく。そこでもちろんバンクスはこの拡大鏡を手にしているのだが、それは本作の文庫版解説で作家の古川日出男が形容するように、「記憶の拡大鏡」ともいうべきものだろう(※1)。彼はそれでもって自分自身の記憶のひだに深く分け入っていこうとする。しかしその記憶とはすでに遠い過去のものであり、修復できないほどに荒れ果ててしまっている。
またこの拡大鏡とは、語り手バンクスのある種の「危うさ」を象徴するものでもある。先述の通りこれは彼をからかうために贈られたものであった。そして彼自身、拡大鏡は人気のある探偵小説で扱われるほどには重要な道具ではないかもしれない、と認めながらも、それでもある種の証拠を集める際にはやはり有用なものであると主張して、いくつかの重大な事件でそれを使用したと述べるのである。作品の前半に対して、後半でのほとんど非現実的な展開を考えると、この大時代な拡大鏡とは、語り手バンクスの錯乱した誇大妄想的な精神のメタファーなのかもしれない。
(※1)
古川日出男「もう、よせよ。忘れた振りなんかするなよ」カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』(入江真佐子訳)早川書房、2006年.535.