《第66問》
第一幕第一場でパリス伯爵と縁談話をするキャピュレットは、伯爵とともに舞台を退場する際、「ここに名前を書いた方々のところへ行き、/我が家へ のお越しをお待ち申し上げているとお伝えしろ」と召使いに命じる。この場面でキャピュレットが完全に忘れてしまっていることは何か?
正解
不正解
- モンタギュー一族には情報が伝わらないようにという一言を添えること
- 召使いがこの任務を遂行する資質に欠けているということ
- マキューシオが招待されているということ
- モンタギュー一族には情報が伝わらないようにという一言を添えること
- 召使いがこの任務を遂行する資質に欠けているということ
- マキューシオが招待されているということ
- 解説
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キャピュレットは、自分がよく知っている人物の一人である召使いが文字を読むことができないという事実を完全に忘れてしまっている。召使いが文盲であるというのは、現代の私達の感覚からするとやや想定しにくいかもしれないが、識字率の低かったシェイクスピア時代の観客の常識に照らせば、この身分の者が文盲であるというのは、ほぼ当然のこととして捉えられていただろう。キャピュレットがそれを忘れてしまうという事実は、多くのことを物語っている。
より詳しい解説を読む問題45の解説で述べたように、この芝居に登場する他の貴族的な身分の人物達と比べても、キャピュレッㇳの性格は粗野で、その商人的な語り口調が彼の人物像を特徴付けている。問題63の解説で触れたモンタギューの話し方とキャピュレットの口調を比較すれば、その事実はさらに際立つであろう。このことを考えれば、キャピュレットにとって、大公の甥であるパリス伯爵とジュリエットの縁談を成立させ、自分が伯爵の義父となることは、モンタギューとの覇権争いにおいて優勢となるためにも極めて重要な大仕事であることがわかる。すると、第一幕第二場の冒頭場面は、商人のキャピュレットがお家の運命を賭けた一大勝負に臨んでいる場面と解釈することができる。'Let two more summers wither in their pride, / Ere we may think her ripe to be a bride' (1.1.10-11) や ' ... well-apparelled April on the heel / Of limping winter treads' (1.1.27-28) といった(おそらく予め準備していたと思われる)修辞的な言い回しを駆使している箇所からは、キャピュレットがかなり背伸びしている様子が伝わってくるし、また、やたらと連発される大げさな男性韻(masculine rhyme)を響かせた彼の口調からは、「男」を誇示してこの勝負に臨んでいる感が伝わってくる。
しかし、この場面に居合わせる人物は召使いに扮した道化である。つまり、キャピュレッㇳが大勝負に臨んでいるその間にコミック・レリーフを誘うからくりがそこに準備されている。退場してゆくキャピュレットが、この道化に招待客の名が記された紙を渡すという誤算は、彼が、伯爵の義父となるに相応しい威厳のある人物を演じ切ろうとするあまり、目下の現実を注視していないことを観客に強く印象付ける。換言すれば、この「誤算」によって、キャピュレットの所作や言動の演劇性が強調され、また同時にそのほころびが顔を覗かせてしまう。これが、次に用意されているコミック・レリーフの場面へと繋がるのである。
しかし、皮肉なことに、この喜劇的笑いを誘う「誤算」こそが、やがてモンダギュー・キャピュレット両家に悲劇をもたらすロミオとジュリエットの出逢いを引き起こすことになる。