リベラルアーツ英語検定クイズカズオ・イシグロ > 2016年09月08日更新分(1/1)

《第25問》
『日の名残り』のスティーブンスは回想の中でダーリントン卿に仕えていた事実を二回否定している。否定した本当の理由としてスティーブンスが挙げているものは次のうちのどれか。

正解

不正解

解説

旅の道中でスティーブンスがある屋敷に立ち寄った場面とファラディ氏の友人夫婦がダーリントン・ホールに訪ねてきた場面の二か所で、スティーブンスは過去にダーリントン卿に仕えた事実を否定している(The Remains of the Day 126, 130)。この二つの出来事を回想しながら、スティーブンスは「卿についてのたわごとをこれ以上聞きたくないから(my wish to avoid any possibility of hearing any further such nonsense concerning his lordship)」(132) こそ「些細な嘘(white lies)」(132)をついたのだと言う。興味深いのは、この嘘をついたエピソードが回想される章の構造である。エピソードが語られる直前に、先の設問で問うた偉大な執事の条件として「高徳の紳士に仕えること」がスティーブンスによって加えられる。スティーブンスも、偉大な執事について自身の定義を修正した事実と二度も嘘をついたエピソードとの因果関係に触れてはいるものの(119, 123)、自己を弁護する気持ちが定義の修正につながった可能性には触れていない。しかし、スティーブンスがこのように語る「二日目―午後ドーセット州モーティマーズ・ポンド」と題された章の構造はその可能性を示唆する。章の初めで偉大な執事の定義に「高徳の紳士に仕える」という要件をわざわざ付加したのは、同じ日にたまたま立ち寄った屋敷の運転手との会話でおもわず卿に仕えた事実を否定したからであり、逆に言えば、卿こそ高徳の紳士の鑑なのだから、卿に仕えた事実を本気で否定するはずがない、という自己正当化の論理がスティーブンスに「高徳の紳士」という新たな要件を引き出させたと考えられるのである。否定したのはあくまで卿に関する「たわごと(nonsense)」を耳にしたくないからだというのがスティーブンスの言い分であるが、肝心の「たわごと」が何かはこの章では語られず、次章まで待たなければならない。

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