リベラルアーツ英語検定クイズカズオ・イシグロ > 2016年06月09日更新分(1/1)

《第18問》
『日の名残り』の原作でスティーブンスがミス・ケントンに言及する場面で繰り返し用いる英単語がある。それは次のうちのどれか?

正解

不正解

解説

スティーブンスがミス・ケントンを回想するさいに判で押したように用いる英単語とはprofessionalである。*1執事の品格や偉大さに拘泥するスティーブンスが元同僚を回想する場面でprofessionalを用いることは何ら不思議ではない。そもそも旅の途中でリトル・コンプトンに立ち寄るのもダーリントン・ホールで再び働いてもらうようミス・ケントン*2を説得するためなのだから、professionalが繰り返し用いられるのは当然のことかもしれない。問題はその頻度である。1つの段落に幾度も出てくれば(Remains P5, P155-56, P180)、彼らの関係がプロフェッショナルなものであることを殊更に強調してしまう原因が語り手スティーブンスにあるからではないかと邪推したくなる。そんな読者はこう勘繰るかもしれない―professionalが過剰に反復されることで、むしろそこから本来隠蔽すべきプライベートな感情が染み出してくるという逆説が語りで起きているのではないか、と。このように小説のなかで特定の語が過剰に反復されると、読者はその含みについて考え始める。土屋政雄氏の翻訳では、*3このprofessionalは、文脈に応じて「職業上の」(P7, P17)や「事務的な」(P171, P184)というように訳し分けられたり、時には「お屋敷のために」(P13)といったふうに意訳されたりしている。

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*1 原作から典型的な例を拾い出してみる(地の文での言及に限る)。“a good professional motive behind my request” (Remains P14), “overwhelmingly professional in tone” (P155), “predominantly professional in character” (P156), “essentially professional character” (P165), “a fine professional understanding” (P173), “our professional relationship” (P178), “a professional loss of some magnitude” (P180)
*2結婚してミセス・ベンとなったが、夫との関係がうまくいかず、家を飛び出して今はリトル・コンプトンにいる知り合いの家に逗留している(Remains P50)。
*3カズオ・イシグロ、『日の名残り』、土屋政雄訳、中央公論社、東京、1990
*括弧内の数字はページを表す。

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