リベラルアーツ英語検定クイズカズオ・イシグロ > 2016年05月05日更新分(1/1)

《第14問》
『わたしを離さないで』のキャシーが枕を抱いてカセットを聴く場面がある。小説ではマダム(Madam)がドアの向こうで見ているが、映画版では誰が見ているか?

正解

不正解

解説

“Never Let Me Go”という曲をキャシーが聴く場面は、物語で最も重要な場面の一つで映画にも登場している。小説では、キャシーはその曲を聴きながら、枕を持って目を閉じ、曲を口ずさみながら踊る。すると、少し開いたドアの向こうにマダムが立っていて、その姿を見て、むせび泣くのである。映画では、キャシーがベッドの上に腰かけて目を閉じ、枕を胸に抱きかかえて身体を左右に揺らしているのを、ルースがドアの向こうで見ているのである。この二つの場面を並べてみると、まったく異なる解釈ができることが分かる。

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小説のなかで、キャシーはこの曲について、次のように解説する。「子どもを産むことはできないと告げられた女性がいて、でも、ずっとずっと彼女は子どもが欲しいと思っていて。そしたらあるとき奇跡が起きて、子どもを授かるの。その赤ちゃんをぎゅっと抱きしめて、歩きながら「赤ちゃん、私を決して離さないで・・・。」と口ずさんでいるの。」(P70)小説の後半部分でキャシーがマダムに、どうしてあのとき泣いていたのかを訊ねる場面がある。そのときマダムは、次のように答えている。「新しい世界が急速にやってくるのを見たのです。科学が発達した、効率のよい世界です。古い病気を治すために多くの治療法がみつかる。素晴らしい、でも恐ろしくて無慈悲な世界。そこへ小さな女の子が、目を固く閉じて、いつかは消えてしまうと分かっている、その古い世界を胸に抱いて、わたしを決して離さないで、と懇願している。それを私は見たのです。」(P272)クローン技術によって生まれた、いわば「新しい世界」の象徴であるキャシーが「古い世界」を胸に抱く構図が浮かびあがるだろう*1。一方、娯楽性に重きを置かざるをえない映画では、キャシーのトミーに対する恋愛感情の高揚をこの場面で表している。“Darling, hold me, hold me, hold me… and never, never, never let me go…”の部分が流れるが、特に、“hold me…”の所でキャシーは、枕をぎゅっと抱きしめるところから、「トミー、わたしを決して離さないで」と懇願しているのが分かる。それを見たルースは、対抗意識を燃やし、トミーとキャシーの間に割って入ることになる*2。

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*1たとえば、長柄裕美「カズオ・イシグロの作品にみる粘着性」、『地域学論集』、第4巻第3号(鳥取大学地域学部地域文化学科、2008年)、403頁。などを参照するとよい。
*2小説も映画もルースがトミーとキャシーの間に割って入るのは同じ。
*括弧内の数字はページを表す。

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