《第74問》
戦後、日本は段階的に国際社会に復帰していったが、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)への加盟が大きなステップとなった。日本のユネスコ加盟はいつであったか
正解
不正解
- パリで第1回総会を開催した1946年
- サンフランシスコ平和条約を締結した1951年
- 連合国軍総司令部が解散した1952年
- パリで第1回総会を開催した1946年
- サンフランシスコ平和条約を締結した1951年
- 連合国軍総司令部が解散した1952年
- 解説
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国際連合の重要な機関のひとつであるユネスコは、1945年11月に採択され、翌1946年に発効したユネスコ憲章を基礎に創設をみた。教育使節団には、大戦終結後の1945年、国際連合憲章起草委員会(サンフランシスコ)に米国代表のひとりとして参画したギルダースリーブ女史と、ユネスコ創設準備委員会(ロンドン)に米国代表委員のひとりとして参画したストッダード団長とが加わっていた。米国の基本的政策文書『降伏後ニ於ケル米国ノ初期ノ対日方針』の「究極ノ目的」には、日本人の再教育は「国際連合憲章ノ理想ト原則ニ示サレタル」精神に則って進められるとある。日本のユネスコ加盟は1951年7月2日で、サンフランシコ平和条約の締結(1951年9月8日)の約2箇月前であった。日本の国際連合への加盟は1956年を待たねばならなかったが、ユネスコ加盟によって事実上、国際社会への復帰を果たしたといえる。